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「うみゅ~……」
血生臭い陰惨たるラボの隅に丸まったそれは相変わらずべそべそ泣き続けていた。
「ままぁ~……」
ママ?
これ、母親と離されて、泣いているということですか?
実際、小さな猫耳魔物には母というものがいた。
だがその母はすでに死んでいた。
腐肉を喰らってでも乳をやろうとした、下級魔物の死体を食い漁った、我が子の眠る巣へ帰ろうとした。
そこを別の下級魔物に襲われて喰い殺されていた。
『まま、まま』
そんなことを知らない我が子は母を呼び続けた。
巣を出て荒涼たる魔界を彷徨った。
そんな最中に空中をふわふわ舞うほにゃららの肉塊を見つけ、好奇心旺盛よろしく、じゃれつくつもりで……。
今に至る。
「母親も人型なんですかねぇ」
そんなことを知らない銀は両腕を組んで首を傾げる。
実のところ母親は人型ではなかった。
下級魔物で人型からは程遠く、魔界の至るところで蠢くものと変わりなかった。
父親はーーーーー
「うう~」
猫耳魔物はべそべそし続ける。
いきなり人間界に釣り上げられ、初めて人間と遭遇して、パニック状態に陥っているようだ。
「まま~」
もうどこにもいない母を呼び続ける猫耳魔物。
自分を抱いて暖めてくれた〈かいな〉を思い出して、隅っこでみゃうみゃう泣いていたら。
ひょいっと抱き上げられた。
「うるさいですよ、お口、縫ってあげましょうかね、ねぇ?」
物騒な言葉を吐きながら銀は素っ裸の猫耳魔物をあやし始めた。
突然、知らない〈かいな〉に抱かれて艶々した体はさらに強張ったが。
「ねぇ、お口を縫われるの、嫌でしょう? ふと~い針で、ぶすっぶすっぶすって、そんなの嫌でしょう、怖いでしょう、ねぇ?」
銀は物騒な台詞を歌のように紡ぐ。
両腕にすっぽり収まる小さな体を揺らして背中をぽんぽん叩く。
しばしぽんぽんしていると、強張っていた体が、ゆっくり緊張を解いていった。
「……うにゃ」
「それとも溶接しちゃいましょうか、じゅぅ~~って、ねぇ?」
銀縁眼鏡のレンズの奥、濡れた光を常に帯びる妖しげな双眸が血生臭い微笑を孕む。
淑女のように肌理細やかな肌。
酷薄さを漂わせる悪女じみた嗜虐的唇。
銀は猫耳魔物を抱いて陰惨たるラボを歩き回る。
血塗れのケージからは薄闇の中で爛々と光る眼達が主を目で追う。
「銀って、いうんですよぉ、僕ぁ」
「……まま」
え、今、何て言いました?
僕のことをまさか〈まま〉って、そう、呼んだんですか?
「まま」
そう言ってそれはそれは小さな猫耳魔物は銀の胸に顔を埋めた。
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