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傲慢この上ない行為だとわかっていながらクロは自分を止められなかった。 「や……やめて、クロさん……」 パイプベッドに仰向けにされた海は懸命に弱々しい声を紡ぐ。 微熱燻る首筋に顔を埋め、小さなか弱い体に覆いかぶさっていれば、先程を上回る怯えが痛いくらいにひしひしと伝わってきた。 それでもクロは。 「あ……待って、やです……いや……っ」 不埒な意図持つ両手に愛撫されて服を着たまま海は身を捩じらせる。 記憶喰いに思い出を奪われた海にとってクロは今日初めて会う他人。 見知らぬ重みに拒否反応が出る。 竦み上がった心が悲鳴を上げる。 これは恐怖でしかない。 「……海」 その呼び声に、海は、頑なに背けていた視線をぎこちなく彼に傾けた。 白衣を無造作に羽織り、黒いネクタイを緩め、黒縁眼鏡をかけたマッドネスの一員という青年。 一縷の期待も空しく冷えていく肌をそれでも温めようと愛撫を繰り返していた掌が海の頬に宛がわれた。 ああ、そうなんだ。 この人も僕と同じなんだ。 忘れられて、寂しくて、哀しくて。 どうしようもなくて、傷ついて。 「海」 ……海は泣いた。 同じ痛みを共有していると気づいて、思い出せない自分が罪深く思えて。 行き場に彷徨って、マットレスの上でずっと強張っていた海の手がクロの頬にそっと届いた。 露になった双眸から涙をぽろぽろ氾濫させながら、泣いていないクロの透明な涙を拭うように、彼の頬を指先でなぞった。 海にはクロが泣いているように感じられたのだ。 そんな海の優しさにクロは。 「……ごめん、海」 涙する海をゆっくりと抱き起こし、片手で顎を掬い、片方の親指で氾濫する涙を受け止めた。 「……クロさん……」 不意にクロの視線の先で海は大きく瞬きした。

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