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22-銀の飼育日記⑧
燃え盛る炎。
センスを競い合うビルディング、高層迷路のように入り組んだ夜の街中で行き交う悲鳴と怒号。
雪のように舞い降りる灰と無数のA4コピー用紙。
夜の闇よりも濃い漆黒の翼が翻る。
銀は両腕を伸ばした。
愛しい子を抱きしめるために。
「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉ!!」
着膨れした格好で窮屈そうにほにゃらら相手にメスを振るっていた銀はいきなりラボを訪れたグラマラスを渦巻き丸眼鏡越しに一瞥した。
「なんですか、騒々しい、アレの日ですか」
えらく騒々しく突入してきたグラマラスはクリーチャー創作中だった銀を無言でその場から引き剥がした。
ケーブルや配管が剥き出しの曲がりくねった通路を足早に進み、自分のラボへ連れて行く。
瀟洒なテーブルセットとは逆方向にある、無駄なくらいどでかい大画面液晶テレビ。
その前に立たされた銀は。
丸眼鏡の奥で常に濡れた光を帯びる妖しげな双眸を見開かせた。
<ド、ドラゴンです、映画やゲームなどで、そう、空想上の世界では目にしたことのある、しかし現実では存在し得ないはずのモ、モンスターが日本国に現れた模様です……!>
銀の目の前に写し出されるのは、今日の昼、通ってきたばかりの街並み。
逃げ惑う人々。
色鮮やかなネオンと共に不吉な炎が転々と眩げに咲き誇っている。
「ドラゴン?」
「さっき全体像が写ったわ」
「まさか、」
<あー! いました、あそこです! カメラ! ほら、カメラぁぁぁ!! このグズ、とっとと向けろやぁぁ!!!!>
ビルとビルの狭間、まるで崖っぷちで翼を休める大型猛禽のように、彼は、アスファルトより遥か上空で身を潜めていた。
サーチライトが一斉に当てられる。
光の輪の中で彼は飛び立った。
崩れ落ちる建造物。
翻る漆黒の翼。
「みるく」
なんですか、これ。
どういうことですか。
あの子、どうして、あんなに怯えているんですか?
「これ、なんでしょう、グラマラス」
「私が聞きたいわよ」
「みるく、怯えています」
「あんたを探してるんじゃないの?」
銀は隣にカツッと立ったグラマラスを見やった。
<恐らくマッドネスの新たなる産物かと予想されます……! 創造主は麗しき冷酷王子なる隻眼のDr.アイレスか、白衣の魔女なる年齢不詳の悩殺ぼでぃDr.グラマラス、もしくは残念紳士なる血塗れ変態Dr.銀か、あと……えっと名前出てこねぇや……とにかくマッドネス襲撃と思われまーす!!!!>
「このままだとヒロインが来るわ、」
「荒くれお姫様が来たら、」
「みるくが、」
「酷い目に」
銀は再び破壊目的とは異なる目的でもって地上へ顔を出すことを決意した。
みるくを助けなければ。
イヴレス、貴男は、一体何を。
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