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第5話 電話
ミツキさんから電話があった時、俺は、途轍も無く、挙動不審だったと思う。意味も無く部屋の中をうろうろしてしまうくらいには。つくづく、一人暮らしで良かった、と思う。でも、実は、電話は、初めてでは無かった。メールに始まり、SNSでのメッセージ、そして、電話。びっくりする事に、ミツキさんは、あの日から、本当にまめまめしく連絡をくれていたのだ。比べてはいけない、と思いつつ、今まで付き合って来た子達とは、全く違っている事に、正直な所、まだ、嬉しさより戸惑いの方が強かった。
「ナオも連休なんだ? じゃあ、明日は、デートしようか?」
自分からミツキさんに電話を掛けるなんて事は到底考えられない事だったが、ミツキさんの方から、こんなに気楽に電話がある事も、本当に考えられない事だった。だからこそ、大慌てだったって言うのに。漸く落ち着いた所でそんな事を言われて、また、混乱してしまう。俺は、意味も無く立ち上がって、そして、また座った。
「デート、ですか?」
俺が繰り返すと、ミツキさんは電話の向こうで苦笑したみたいだった。
「予定が入っていた?」
「ま、まさか!! 超、暇です!!」
探るような声音に、俺が慌てて早口で言うと、ミツキさんは今度は朗らかに笑い声を届けてくれた。本当に、鈴を転がすよう、と言うのはこう言う声を言うんだろう、と俺がぼーっと考えていると、ミツキさんは俺の最寄駅を聞いて来た。
「確か、一番近い駅が、K駅だっけ?」
「あ、はい、そうです!」
正確に言うと、都電の駅の方が近かったが、仕事に通う時も遊びに行く時も利用するのはK駅だった。K駅までは自転車だ。
「じゃあ、K駅の西口駐輪場は、分かる?」
正に、思い浮かべていた所を言われ、即座に答える。
「はい、分かります!」
「その前で、待ち合わせようか?」
そう言われて、俺は自分の耳を疑い、ついでに自分のスマートフォンすらも疑って、まじまじと見てしまった。待ち合わせデート。クローズドの俺からすると、いや、今まで付き合って来た子達の事を考えると、本当に有り得ない事だったのだ。今まで付き合って来た子達とは、デート、と言えば、せいぜいが食事くらいで、後は言わずもがな、だった。なのに、ミツキさんは、普通に、健全にデートをしよう、と言って来たのだ。多分、俺の認識が間違っていなければ。
「ナオ〜? 聞こえている〜?」
「はっ、はい! 聞こえてます!! 聞いてます!」
慌ててスマートフォンを耳に当て答える。ミツキさんは困ったように続けた。
「分からなかったら、」
「分かります! そこ、利用しているんで!」
「ああ、良かった。それなら、話が早いね。時間は……九時半だと、早い?」
ああ、ミツキさんの発言を遮ってしまった! 俺が内心焦っていたのに対し、ミツキさんは特に気にした素振りも無く確認して来る。
「だ、大丈夫です!」
「うん、じゃあ、K駅西口駐輪場前で、九時半に。また明日ね〜。お休み~」
「はい! お休みなさい!」
いつも通りに最後の言葉を言われ、電話が終わった。ツーツー、と言う音を確認してから終話ボタンを押して、ほっ、としていたら、軽快な音がしてSNSでメッセージが来た事を知らされる。見ると、明日の待ち合わせ場所と時間、そして、絵文字とスタンプいっぱいの可愛いメッセージが、有った。ミツキさんだった。『楽しみにしてる♡』と締め括られていて、俺も慌てて『よろしくお願いします』と言う言葉と共に、気に入って使っているクマのスタンプを押しておいた。
「うわあ。うわあ……」
声を出しながら、俺は人生で初めて、床をゴロゴロ転がる、と言う事をしてしまった。初めての、事ばかりだった。こんな風にメールやメッセージのやり取りをしたり、電話をしたり、そして、デートをしたり。
デート、デートだ。正直に言うと、デートらしいデートと言うのは、クローズドの俺からすると、初めての事だった。ゲイである事を、誰にも知られないようにして来たから。いや、正確に言うと、そうして欲しいと、今まで付き合って来た相手の子達には、言われて来たから。俺も、そうするのが、普通だと思って来た。なのに、ミツキさんは、そうじゃない。デートしてくれる!! どうしよう、嬉しい!! 年甲斐も無く浮かれてしまうのが分かって、どうしようもなくなる。落ち着かなくて、起き上がると、スマートフォンを何度も見返しながら、また、部屋の中をうろうろしてしまった。ああ、今日は眠れないかもしれない。
暫くして、はた、と気付いて、俺は大慌てした。明日、何を着て行けば良いんだろう!? どうしよう!? 既に店は閉まっている時間だった。俺はスマートフォンを置くと、必死になって、クローゼットの中を引っ掻き回し始めた。適当に合わせてみては、駄目出しをして、の繰り返しだった。そのせいで、結局、寝たのは、午前一時を回っていた。けれど、余りにも興奮し過ぎて、上手く寝付けなかったのは、言うまでも無い。
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