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第6話 待ち合わせにて

 待ち合わせ場所でも、俺は、本当に挙動不審だったと思う。だって、デートだ。本当に、デートをするのだ。それも、ミツキさんと、だ。さっきから繰り返している動作を、もう一度する。時計の確認だった。九時十八分。待ち合わせは九時半だ。まだ十分に早い。でも、俺はとにかく落ち着かなかった。今度は、うろうろと足を動かしてしまう。まだ店を開けていないショップのショーウィンドウに自分の姿が映るのが分かって、ちら、と見遣る。そして、落胆する。ああ、いつもの冴えない俺だ。嫌になる。背ばかりが高くて、大して格好良い訳でも無い。服装は、白いシャツにブラウンのセーター、そして、デニムパンツ。足元は黒のスニーカー。無難だ。限りなく無難だった。見られなくは無い格好だけれど、ミツキさんと並んだら、きっと見栄えは良くないだろう。いや、ミツキさんだったら、誰が隣に並んでも、相手が霞んでしまうんだろうけど。  もう一度、時計を確認した所で、たたた、と軽快な音が聞こえて、俺は顔を上げた。ミツキさんだった。ミツキさんは、明るいカーキ色のパーカーに黒のレザージャケット、ネイビーのチノパンをロールアップして穿いていた。足元はごつめのブーツで、手にはブーツと同系色のバックを持っていた。はっきり言って、すごく素敵だった。駆け寄って来る姿を、呆然と見つめてしまう。 「ごめん、ちょっと遅れた!」  目の前に来ると、ぱん、と両手を合わされ謝られて、俺は酷く狼狽えた。ぶんぶん、と顔の前で手を振って否定を示す。は、と気付いて、大急ぎで言葉でも否定した。 「全然! 早いくらいです!」 「そう? でも、待たせちゃったでしょう?」  ミツキさんは、俺よりも背が低い。自然、上目遣いになる。その仕草は、本当に可愛いし、本当に可憐だった。心配そうな表情で言われ、俺は、ばたばたと意味も無く手を振ってしまう。 「俺が早過ぎたんで!」 「そう? 良かった。ああ、今日のナオ、可愛いね。お洒落して来てくれたんだ」 「え……?」  聞き間違いだろうか。俺が可愛いなんて。有り得ない言葉が聞こえて、俺が止まっていると、ミツキさんは、ただ、にっこりと微笑った。あ、やっぱり聞き間違いだった。俺が、自分の耳の都合の良さに恥ずかしさから身悶えていると、ミツキさんは、走って来た方向を指差した。 「じゃ、行こうか。あっちの角に車を停めたんだ。駐禁取られたくないから、急いでくれると嬉しいな」 「え?」  俺が戸惑っているのに気付かなかったのか、ミツキさんは、腕を回して、軽く俺の腰を押す。当然、押された俺は足を踏み出すしか無い訳で。もつれそうな足に慌てて指令を送って、ミツキさんの誘導に従って行った先には、黒いセダンが有った。ガチャ、と助手席のドアを開けられて、びっくりする。 「はい、どうぞ、乗って」  続けて言われた言葉に、更にびっくりした。そして、どきり、と胸が高鳴った。それは、俺が、一度はされてみたかった事と、一度は言われてみたかった台詞だったからだ。 「み、ミツキさん、車、運転されるんですね」  思わず口からは言葉が漏れていた。言って、改めて、そうだ、と思った。ミツキさんが運転出来るなんて、俺は考えてもみなかったのだ。そもそも、黒のセダン(しかもハイブリッド車だ)は、ミツキさんのイメージとは、かけ離れていた。もし乗るなら、外車とかスポーツカーもしくはコンパクトカーとかってイメージだったのに。それも、助手席のイメージだった。 「車ぐらい運転するよ。免許証は、身分証ってタイプだとでも思っていたの?」  心外だ、と言う顔で俺を見たミツキさんは、ちょっと頬を膨らせていて、焦ってしまう。怒らせてしまっただろうか。でも、そんな顔も、可愛いな、とぼやっと思う。 「す、すみません……」 「あはは。良い良い。素直でよろしい」  俺が急いで謝ると、ミツキさんは軽快に笑ってくれた。ああ、やっぱり、ミツキさんの笑い声は、鈴を転がすような音色だ。ちょっと聞き入ってしまっていたら、ミツキさんは、いつの間にか運転席に回っていた。ガチャ、と運転席のドアの開く音がする。何と無く落ち着かなくて、俺は、思わず口を開いていた。 「あ、あの! 俺、運転します!」  俺の言葉に、ミツキさんは、車のルーフに左手を掛けて止まった。じ、と見つめられ、どきり、とする。ミツキさんは、そんな仕草も、絵になる人だった。いや、どんな仕草も、だ。 「ナオが? ……免許証は、ゴールド?」 「あ、はい」 「ペーパードライバー?」 「……に、近いです」 「だと思った。都内住まいならそうだよね〜。運転は、任せて。僕の大事な車に傷でもつけられたら困るから」  真剣な顔で言われて、俺は息を飲む。余計な事を言ってしまった、と思った。冷や汗が背中を伝った。 「な~んてね。今日は高速を走るし僕が運転するよ。都内は慣れてるから。ナオが運転したいなら、今度、広い道路を行く時にしよう。さ、乗って」  両手を、ぱ、とコミカルに広げたミツキさんは、にこり、と笑顔を覗かせる。俺は、知らず息を止めていたらしい。肺に一気に空気が入って来て、こほこほ、とむせ込んでしまう。今度は、何も言わず大人しく助手席に納まった。なるべく静かにドアを閉めてミツキさんに向き直る。 「……す、すみません」  つい、口からは謝罪の言葉が漏れていた。一瞬、手を止めたミツキさんは、困ったように笑うと、何故か、俺の頭を、ぽん、と叩いた。それは、あの付き合う事になった日の仕草と全く一緒で、そして、とても、優しい物だった。 「はい、シートベルト締めて。安全運転で行くけど、何があるか分からないからね」 「はい……」  言いながら、ミツキさんは俺の方に身を乗り出して来る。ふわ、と甘くて何処か酸っぱい香りが鼻をくすぐった。あ、ミツキさんの匂いだ。俺がそう思いどぎまぎしていると、何と、ミツキさんは、甲斐甲斐しく俺のシートベルトをしてくれていた。ひえ、と口から声が漏れる。 「シートベルト、良し、と」  楽しげに言うと、ミツキさんは自分もシートベルトを締め、もう一度、同じ言葉を繰り返した。 「こっちも、シートベルト良し。じゃあ、行こう」  そう言いながらハンドルを握り、ギアを入れ替え、車を出す。驚く程スムーズな発進だった。本当に、運転に慣れているらしい。ミツキさんと運転、と言う相容れない物に戸惑っている俺に気付かないまま、ミツキさんはダッシュボードに手を伸ばした。 「ごめんね、眩しいから、着けさせて」  そう言いながら取り出したのは、サングラス、だった。どきり、とまた俺の胸は跳ね上がる。蔓を開いて耳に掛ける、その一連の仕草に見惚れた。正直に言うと、初めて、ミツキさんを、格好良い、と思った。ぼーっと見つめる俺に気付いたのか、ミツキさんは、そのままの姿で俺をちらと見ると、にこ、と微笑った。ミツキさんは、可憐で可愛くて、そして、格好良かった。どきり、どきり、と激しく胸が打って、苦しかった。素敵な人は、どんな格好をしても様になる物だと言う事を、俺はミツキさんで改めて思い知らされた。

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