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第7話 アクリルパネルに映る影

 ドライブは、結果だけ言うと、大失敗だった。ミツキさんの運転は、本当にスムーズで、程好く暖められた車内は快適で、揺り篭みたいな振動も相俟って、俺は睡眠不足もあり、思いっ切り寝入ってしまったのだった。目的地で肩を揺すられ起こされるまで、眠っている事にすら気付かなかったくらいで。起こされて、俺は、必死に謝った。ミツキさんは、相変わらず快活に笑ってくれたけど、俺は、かつてない程落ち込んだ。だけど、いつまでも落ち込んではいられない。何とか、失敗を挽回しようと、俺は意気込んでいた。  目的地は、意外な事に、水族館だった。何とか先回りして入場券を二人分買う事には成功したが、何故か、ミツキさんには複雑な顔をされてしまった。そして、今に至る。 「あ、今、通り過ぎたあの背中が黄褐色のサメがレモンザメで、あの向こうの岩陰に居る背中に斑点があるサメがホシザメ。それから……」  世界の海ゾーンと言われる水槽の前で、ミツキさんは嬉々としてサメの名称を教えてくれた。サメだけじゃなくて、色んな魚の名前を知っていて教えてくれたのだが、俺は全く覚えられなかった。いや、正直に言うと、難しい名前のせいだけじゃなく、ミツキさんの意外な姿に、俺は、視線を奪われていた。きらきらと目を輝かせて水槽に張り付くミツキさん、と言うのが、正直、余りにも意外過ぎたのだ。 「詳しいんですね……」  一通り説明が終わって、それでも、泳ぐ魚達を夢中で見ているミツキさんを見つめながら、俺はぽつりと感想を口にした。もっと気の利いた事を言えれば良かったのに、そんな事しか言えない自分がもどかしかった。でも、俺の言葉が気にならなかったのか、ミツキさんは、はにかむと、ごめん、と小さく謝って来る。俺は慌てて首を振ろうとしたが、急いで俺の隣に戻って来たミツキさんは、ゆったりと花が綻ぶように微笑った。 「ごめん、夢中になって。水族館が、本当に、好きなんだ」  胸が、潰れるかと思った。今まで見たどんな笑顔より、その表情は綺麗で、煌めいていたから。 「そうなんですね」  そう答えながら、俺は、ふと、ミツキさんが、ここに俺以外の誰を連れて来たのだろう、なんて愚にもつかない事を考えてしまっていた。どうしようもない奴だ、俺は。並んで水槽を見ている振りをしながら、水槽のアクリルパネルに映るミツキさんを、つい眺めてしまう。その姿は、俺が知っているミツキさんとは違って、何とも言えない、幻想的な雰囲気を醸し出していた。薄暗い水族館のライトのせいかもしれなかったが、こんなに近くに居るのに、まるで、本当に遠い世界の人のようで、切なくなる。 「ナオは?」  暫くして、ミツキさんがぽつりと呟いた言葉は、一瞬、何の事を言っているのか、分からなかった。 「ナオは、水族館、好きじゃ無い?」  顔を覗き込まれながら問われて、慌てて首を横に振る。ミツキさんの表情が、薄暗い中でも輝くのが分かった。 「お、俺も、好きです」  貴方の事が、と言う言葉は、一生懸命飲み込んだ。俺は、本当に、悲しいくらい、ミツキさんが好きだった。 「良かった。じゃあ、魚は、何が好き?」 「えっと……亀とか、後、イルカとか」  聞かれて、迷ってから答えると、にこりと微笑まれる。直ぐに、あ、魚じゃない、と思って焦ったが、ミツキさんは気にしないようだった。びっくりするぐらい優しげなその笑顔は、目の毒だな、と思った。 「良いね。僕もイルカは好きだから、外の水槽に行こう。確か、イルカのショーもあったし、時間、確認しようか?」  するり、と二の腕を取られる。え、と思ったけど、何も言えなかった。だって、誰かに何かを言われるよりも、ミツキさんに嫌われる方がずっと怖かったから。幸いにして、水族館では、皆が水槽に夢中で、俺達が腕を絡めている事に注目する人は、居ないようだった。ミツキさんの腕は、切ない程、温かかった。

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