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第8話 回転寿司とゲームセンター

「んー、美味しい。ナオも、ちゃんと食べてる?」  ぱくぱく、と手早く、でも優雅に、ミツキさんは箸を操りながら皿を空けていた。皿が積み重なるのを、呆然と見ていた俺は、ミツキさんに言われて、慌てて、鰤を頬張った。あ、美味しい。 「はい……、頂いています」  イルカやアシカのショーを見て、ミツキさんのリクエストで、もう一度、水族館の館内全体を巡った後、昼ご飯には大分遅い時間に、ミツキさんが連れて来てくれたのは、何と、地元の回転寿司屋だった。回転寿司屋なんて、久し振りに来た。高級路線だけれど、それでも回転寿司屋は回転寿司屋だ。何て言うか、本当にミツキさんのイメージからは、かけ離れていた。ミツキさんは、てっきり、有機野菜を使ったサラダ中心の生活かと思っていたのに。そうじゃなかったら、お洒落なカフェとか。と言うか、水族館の後に、魚って。俺は抵抗は無いけど。ミツキさん、水族館が好き、って言ったのって……。いや、深くは考えないでおこう。  俺は、ミツキさんがお勧めと言って取ってくれた鰯を続いて口にした。本当に、甘くて柔らかくて、独特の臭みはあるが気にならない程度で、美味しかった。 「しっかり食べて。ここはお兄さんが奢ってあげるから、好きな物を好きなだけ食べて良いよ。ふふ、何てね」 「は、はい。あの、えっと、でも、お金は……」 「今その話する〜?」  俺が鰯をしっかり咀嚼して飲み込んだ後に、おずおずと口を挟むと、途端に、ミツキさんは、不満そうに唇を尖らせる。俺がすると面白い顔になるだろうに、ミツキさんがすると、何でも言う事を聞きたくなる顔に思えるから不思議だ。 「あ、すみません……」  思わず謝ると、ミツキさんは手の平を俺の方へと向けた。生命線が二本くっきりと見える。生命線が複数見える人はどんな人だっただろうか。高校時代のバレー部の先輩に手相マニアが居て、教えてもらった筈だったが。どうしても思い出せなかった。 「良いから、食べる事に集中。生しらすとかどう? 美味しいよ」  ミツキさんは、アオリイカを板前さんからカウンター越しに受け取りながら提案して来る。俺は、一先ず考えるのを止めて、店の黒板を見た。そして、躊躇いながら言う。 「あの、秋刀魚、食べても良いですか?」 「秋刀魚ね。時期物だもんね。僕も食べたい! お兄さん! 秋刀魚、二皿お願い!」  俺の言葉に頷くと、直ぐにカウンター越しに注文するミツキさんは、天真爛漫で、素敵だった。  回転寿司屋の隣がゲームセンターと言うのも、面白い。正確には、色々な商業施設が集まっている中に、回転寿司屋とゲームセンターが有るのだが。駐車場を共有しているのは、集客には、確かに好都合と言えた。  ミツキさんは、本当に意外だったが、回転寿司屋で18皿も食べていた。俺が15皿だったのに。この細い身体の何処に入るんだろう。本当に、不思議だ。  直ぐに帰るのかと思ったら、腹ごなしの為にちょっと歩こう、と言われた。連れて来られたのは、ゲームセンターだった。ミツキさんのイメージとは、やっぱり、大分かけ離れた所だった。いや、リズムゲームは似合うかな。アイドルの曲が、似合いそうだ。俺は今時のアイドルを知らなかったけれど。今、流行っている曲すら、うろ覚えだ。 「シューティングゲームは、得意?」 「ゲーム全般、苦手で……すみません」 「あのねえ!」 「は、はい!」  聞かれて、俺がまた思わず謝ると、ミツキさんは仁王立ちになり、き、と俺を見上げた。すごく可愛らしい仕草だし、本当に可愛らしかったのに、何故か気圧されて、俺は直立不動になる。 「そうやっていちいち謝らない! 苦手か嫌いか、はっきり言う! それだけで良いんだよ」 「は、はい!」  怒られてしまった。怒らせてしまった。俺は、冷や汗が吹き出るのを感じた。ぴし、と背筋が伸びる。俺の様子を暫く厳しい顔で眺めていたミツキさんは、一転して、ふ、と微笑うと、小首を傾げた。 「じゃあ、クレーンゲームは?」 「あ、得意です」  本当に得意だったので、こくこく、と頷くと、ミツキさんの目がきらきらと輝きを見せた。ああ、綺麗だな。 「本当!? じゃあさ、僕、取って欲しい子が居るんだけど」  そう言いながら、ミツキさんは俺の腕を取り、引っ張って行く。ミツキさんの接触は、余りにも自然で、抵抗する気にもならなかった。時折、全く知らない人に振り返られる事もあったが、そう言う時は、いつの間にかミツキさんの手は離れて行っていた。それが、俺は、とても、淋しくて仕方が無かった。 「コレ、なんだけどさ~」 「コレ、ですか?」  クレーンゲームの前で立ち止まると、ミツキさんは、ぺたり、とガラスに張り付いた。本当に、張り付いていた。高い鼻が潰れているのも気にならないのか、熱心に中を見つめるミツキさんは、正直に言うと、面白かった。俺もガラスの中を覗き込む。中にはウサギの縫いぐるみが有った。あの日、差し出されたハンカチのウサギ柄に似ていた。どきり、と胸が跳ねる。 「可愛いよね〜。僕は、ウサギ全般が好きなんだ。将来的には、ウサギを飼おうと思っているんだけど、ナオは、ウサギ、好き?」  俺を振り仰いで問い掛けて来るミツキさんは、蕩けた顔をしていた。可愛いけれど、何処か、コミカルで、それから、目だけは真剣な色が有って。 「……、はい、好き、です」  貴方の事が、と心の中で付け加える。目を逸らさずに言えたのは、殆ど、奇跡のような物だった。ミツキさんは、柔らかく微笑うと、「ウサギ可愛いよね」と小さい声で呟く。可愛いのは貴方だ、とは、俺は思っても口には出せなかった。 「じゃあ、今度はペットショップデートでも、しようか」 「はい!」  次を提案されて、次が有る事を暗に示されて、俺の気持ちは一気に上昇した。自然、答える声も大きくなる。ミツキさんは、思わず笑顔を浮かべてしまった俺の面白くも何とも無い顔を暫く見つめて、そして、何かを、ぽつり、と呟いた。 「え、と、すみません、聞き取れなかったんですが」 「ううん。コレ、取れそうかな?」  ミツキさんはウサギの縫いぐるみを指し示しながら、聞いて来る。俺は、クレーンの位置と縫いぐるみの位置を確認して、大きく頷いた。 「行ける、と思います。でも、心配だから、お金を崩してきます」 「あ、僕の希望だから、お金は、僕が出すよ。さっき崩したしね」 「え?」  じゃらじゃら、と小銭を取り出して、ミツキさんは期待を込めて俺を見上げた。 「はい、お願い!」 「は、はあ……」  片手いっぱいに百円を入れられて、俺は、複雑な思いでそれを見つめた。  比べてはいけない、と思うが、今まで付き合って来た子達と、ミツキさんは、本当に、何もかもが違っていた。今まで付き合って来た子は、食事の時に、俺がお金を出すのは、当然の事だった。少なくとも、今までは。付き合ってもらっている、と言う感覚があったから、俺も、それが当然だと思っていた。なのに、ミツキさんは、どの場面でも俺にお金を出させないようにする。もしくは割り勘にしようとする。今まで付き合って来た子とは、経済力が違うからかもしれないが、俺は、自分が尊重されているような気持ちを抱かされた。初めての感覚だった。  百円で縫いぐるみを良い位置に調整し、次の百円で俺は縫いぐるみを落とす事が出来た。本当に、クレーンゲームは得意なのだ。 「すごい! ナオ! 本当に上手いね!!」  これだ。俺をこんな風に手放しで褒めてくれる人は、今までは家族以外に居なかった。嬉しさより、戸惑いの方が強いが。それでも、胸をくすぐられる思いがする。  がこん、と音を立てながら、ミツキさんが縫いぐるみを取り出し口から取り上げた。そして、一度天高く抱え上げると、にっこり微笑って、勢いよくぎゅーっと抱き締めた。その愛くるしさと言ったら! 筆舌に尽くし難い物があった。思わず、スマートフォンを取り出してしまうくらいには、可憐で可愛かった。 「ナオ? 何で写真撮ってるの?」 「あ、いや、その……」  指摘されて俺がしどろもどろになっていると、ミツキさんは、ぷう、と頬を膨らませた。こんな顔が似合う人、本当に実在するんだな、と思った。 「撮るならポーズ取るから、言ってよ! はい、どの角度がこの子が一番可愛く写るかなあ」 「あの、それ、すっごく、可愛いです」 「本当に? ちゃんと可愛く撮ってね?」  ぱしゃ、とカメラの音がする。結局、ミツキさんのスマートフォンも合わせて、かなりの枚数、写真を撮った。勿論、俺のスマートフォンに残された写真には、ロックを掛けたのは、言うまでも無い。

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