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第9話 折り重なるデートとキス
前回のデートがミツキさんのデートプランだったので、今回は、俺がデートプランを考える事になっていた。でも、そんな大層なプランなんて考えられなくて、映画を観て、俺のお気に入りの喫茶店で食事をして、最後に夜景を見に行く、と言う何とも言えないオーソドックスなプランになってしまった。
映画は、何にするか最後まで迷ったけど、ミツキさんの「これ観たい!」の一言で決まった。結構、面白かった。いや、はっきり言うと、すごく胸に来る映画で、俺は後半、号泣してしまって、ミツキさんに、あのウサギ柄のハンカチを渡される、と言う失態を犯した。恐縮し切りの俺を見て、ミツキさんは、何か小さく言った後に、ぽん、とまたあの時のように、頭を撫でるように叩いただけだったけど。
喫茶店では、ミツキさんは、目を輝かせて楽しんでくれていたようで、ほっとした。ランプの飾りが薔薇の模様だったり、窓の装飾に葡萄が使われていたり、優美で繊細な内装なのだが。食器も、その雰囲気に合った繊細で可愛い物が使われている。ただ、それだけじゃなく、店の隅々に何処か昭和の香りを感じさせる物品や絵画が置いてあって、そのレトロな雰囲気が気に入っている店で、本当にここに連れて来て良かったと思えた。俺の、秘密のお気に入りの店だったのだが。
「ねえ、シェアしようよ」
注文するに当たって、全く聞き覚えのない言葉を言われて、俺は戸惑うばかりだったが、要するに、分け合って食べようと言う事らしかった。ミツキさんは二つじゃ絶対に足りない、と言い張って、三つ頼んだのだが、確かにそれで丁度良かった。ミツキさんは大柄な俺よりもよく食べるのだ。オムライスと、クラブサンドと、グラタンを頼んだのだが、本当に、どれも美味しかった。ミツキさんと、二人で食べたからかもしれない。
「うーん、デザート、食べたいけど……」
メニューを見ながら、悩むミツキさんは、ほっそりして見えるのに、一体何処にあの量が消えているのだろう。本当に、不思議だ。
「ナオ、もう、お腹いっぱい?」
問われて、お腹をさすってみる。いっぱい、では無かった。
「八分目って所ですかね」
「本当!?」
「あ、えっと、シェア、しますか?」
「うん!」
にこにこと嬉しそうな顔をされて、俺も嬉しくなった。分け合って食べた、レモンソースの掛かったチーズケーキは、甘酸っぱくて、美味しかった。
夜景を見に行った丘の公園で、この日初めて、俺はミツキさんとキスをした。本当に、触れるだけの、優しいキスだったけど、今までしたどんなキスよりもドキドキした。
次のデートは、ミツキさんのプランで近代美術館に行った。正直、芸術は全然分からなかったけど、ミツキさんが事細かに説明してくれるので、すごく勉強になった。ミツキさんの知識量は、膨大だった。
俺は、思い切って、その日、ミツキさんに質問をしてみた。
「ミツキさんは、その、何をされている人なんですか?」
きょとん、とした顔をされて、内心すごく焦る。聞いては不味かっただろうか。しかし、ゆっくり首を傾げたミツキさんは、のんびりと声を出した。
「言ってなかったっけ? 僕、会社を経営してる、って」
「えっ!? 社長さんですか!?」
「まあ、一応、そう言う事になるのかな。デザイナーを取りまとめて、ブランドを出してるんだけど」
ブランド名を言われて、疎い俺でも知っているその名前に驚いた。
「これとか、これとか、全部ウチのデザイナーの作品なんだよね」
そう言いながら、自分の着ている洋服や鞄を指し示す。なるほど。だから、そんなに素敵だったんだな、と思う。いや、ミツキさんは何を着ても素敵だけど。
「自分で広告塔になるのが、一番手っ取り早いでしょ? まあ、コマーシャルはコマーシャルでお金掛けているけど。本当、宣伝費って馬鹿にならないんだよね〜」
溜め息を吐くミツキさんは、真剣な表情を浮かべていて。いつもとは全く違うその表情に、俺は、どきり、とした。ミツキさんは、びっくり箱みたいに、予想の出来ない所がある。
一転して、にこ、と可愛らしい微笑みを浮かべると、ミツキさんは首を傾げた。
「ナオは?」
「は、はい!」
「ナオは何をしている人?」
「あ、区役所職員です」
ミツキさんが教えてくれたので、俺も素直に自分の職種を口にする。ミツキさんは目を見開いて俺を見て来る。
「うわー、そうなの!? ブラック代表じゃ無いの?」
言われて、苦笑が溢れる。確かに、役所仕事は場所や部署によってはブラックだと言われている。よく知っているな、と思った。世情に疎い俺からすると、世の中の事を、ミツキさんは、よく見ている人なんだな、とも思う。
「ウチの区は、そこまででも……俺の働いている課がそうなのかもしれませんけど。残業代も出ますし」
「そうなんだ〜。へえ、でも、区役所かあ。うん、真面目なナオっぽいね」
「え、えっと……」
思わぬ事を言われて、俺が戸惑っていると、ミツキさんは、ふふ、と小さく微笑った。
「褒めてるよ」
「あ、ありがとうございます」
楽しそうに微笑われて、俺は、戸惑いながらもお礼を口にした。
その時、不意に、真顔になったミツキさんに腕を掴んで引き寄せられる。俺が目を白黒させている横を、自動車がすごい速度で通り抜けて行って、更に驚いてしまう。
「危ないなあ。ああ言う運転は、しないようにしないとね?」
車通りの多い道だったが、それ以降は、気を付けて歩いていたので、ミツキさんと腕を絡める事は無くて、俺は、ほんの少しだけ、残念に思った。
夕食は、またも、意外なチョイスで、もんじゃ焼き屋に行った。ミツキさんは、本当に意外な事に、もんじゃ焼きの焼き方にこだわる人で、手伝いも含めて、俺に一切させてくれなかった。ミツキさんが焼いてくれたもんじゃ焼きは、味付けがしっかりしていて、絶妙な焼き加減で、美味しかった。おせんべいと言う、おこげより大きな物も作ってくれて、それも、パリパリしていて美味しかった。東京に住んで長いのに、実は、もんじゃ焼きは初めて食べたと、後で白状したら、ミツキさんは、何でも知っています、って得意そうな顔で俺を仰ぎ見た。その顔も、好きだな、と思った。
その日もキスをした。路地裏で。何度かお互いに啄んで、深いキスになるのかな、と思ったら、ミツキさんが「ここでは、ここまで」と止めたから、俺は大人しく引き下がるしか無かった。本当は、ちょっとで良いから、もっと触れていたかった。ミツキさんの唇は、ふんわりと柔らかくて、甘い良い匂いがするから。本当は、それだけじゃなかったけど。
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