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第12話 可愛いあの子
からん、とベルの音がして、誰かが店に入って来るのが分かった。その姿がはっきり見え、俺は目を見張った。トウマさんだった。
「よお。久し振り」
トウマさんがミツキさんを見掛け手を挙げる。
トウマさんは、ミツキさんと、すごく仲良くしていた人だ。この、三年間、ずっと。ここ最近は、姿を見ていなかったけど。二人の姿を見て、俺は、いつももやもやしていた物だ。胸が、どきん、とする。指先が震えていた。
「トウマ! 旦那はどうしたの?」
ミツキさんは、全く慌てた様子も無く、自然にトウマさんを迎え入れた。そして、バーテンダーに、トウマさんが飲むのだろうウイスキーの水割りを頼む。ああ、と思う。俺は、ここに居て良いのだろうか? どうしたら良いんだろう?
「昨日から月曜日まで出張で不在」
「ふうん、それで独り寝が淋しくて、ココに来ちゃった訳だ?」
そろり、立ち上がり、俺は何処に行こうか店を見渡す。ボックス席はいっぱいだった。空いているのは、カウンター席だけだ。せめて、もうちょっと離れた所に行こう。
「って、こら、ナオ、何処行くの?」
そう思って足を踏み出した所で、首根っこを掴まれた。ミツキさんにしては、本当に珍しいくらい、乱暴な手付きだった。ぐえ、と漏れそうになる声を精一杯飲み込んで、ミツキさんを振り返る。
「あ、あの、お邪魔か、と思って……」
「誰が言ったの、そんな事?」
呆れたような顔で、ミツキさんは俺を見上げる。上目遣いが、本当に可愛いなあ、と思った。
「あの、えっと、でも……」
俺が良く分からない声を出すと、ぐい、と力強く二の腕を引っ張られて元の席に座らされる。相変わらず、ミツキさんは、力が強かった。
「ナオは、ここに居て良いんだよ。居なきゃ駄目」
「は、はい……」
珍しいミツキさんの強い発言に、俺は勇気を貰って、腰を落ち着けた。カクテルグラスを弄びながら、ちら、とミツキさんとその向こうのトウマさんを見る。トウマさんは俺を見ると、ふうん、と意味深に小さな息を吐いた。
「お前、趣味、変わった?」
「何それ。僕は、僕より可愛い子以外は相手にしないよ」
俺は、ずうん、と重たい気持ちになる。じゃあ、今、俺が、こうやって付き合って貰っているのは、どう言う理由なんだろう、と思う。ミツキさんは、あの時、嘘みたいに、沢山、可愛いって言ってくれたけど……。でも、あれは、あの場の流れと言うか何と言うか。
「ナオ」
「は、はい!」
呼ばれて、素直に答えた後、顔を上げると、ちゅ、と唇に何かが当たった。何か、なんて決まっている。ミツキさんの唇だ! 俺は、自分の顔が真っ赤になって行くのが分かった。まさか、こんな所で、キスをされるなんて!
「ね、こんなに可愛い子、なかなか居ないでしょう?」
ミツキさんが、俺の肩を抱きながら、トウマさんに自慢げに言うのを、何処か遠くの事のように聞いてしまう。可愛い、って俺の事だろうか? いや、まさか。可愛いのは、ミツキさんだ。ああ、でも、さっきの得意げな顔は、ちょっと格好良かった。
「確かに、まあ、本当に、純情って言うか何て言うか、なるほど、そう言う基準か……アンタ、変なのに捕まったな」
「変なのって何!? 聞き捨てならないね。喧嘩したいなら受けるけど?」
ミツキさんは、トウマさんと居ると、どうやらよく喋るようだった。俺と居る時より、断然よく喋っている。ああ、羨ましいな、と思う。俺もトウマさんのように、ミツキさんの特別になりたい、と思った。切なくて、胸がぎゅうと締め付けられる。胸を押さえていたら、トウマさんに心配されてしまった。
「いや、そんなつもり、全然ねーし。って言うか、ナオ君、だっけ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ!」
大慌てで否定する。ぱたぱた、と意味も無く手を振る俺を見てか、ミツキさんは、ふんわりと可愛い笑顔を見せた。
「ふふ、本当に、ナオは可愛いね」
言われて、俺は即座にこう答えた。
「ミツキさんの方が、ずっと、ずっと、可愛いです」
「ありがとう。でも、まあ、」
ミツキさんが、ぽつり、と呟いた言葉を、俺は拾い切れ無くて、ちょっとだけ不安になったけど、にっこり、とあの眩いくらいの笑顔を見せられて、俺は、また、胸がいっぱいになった。やっぱり、ミツキさんは、堪らなく可憐で可愛くて、すごく素敵な人だ、と思った。
「ナオの、本当の可愛さは、僕だけが知っていれば良いからね」
可愛いあの子 おわり♡
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