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extra 1 夢の部屋

「どうぞ、入って」  招き入れられた瞬間、声を上げなかった自分を、正直、褒めてやりたい。 「好きな所に座っていて。今、ココアでも入れるから」  促され、恐る恐る足を踏み入れる。ああ、すごい。夢の国みたいだ。俺は感動で打ち震えていた。  ミツキさんの住むマンションは、1DKと小ざっぱりした間取りだったが、その広さは俺の部屋とは比べるまでも無い。そして、何より、玄関を抜けて部屋に入った途端現れた可愛い物尽くしに、俺は、ただただ圧倒された。  随所に置かれたウサギの置物や縫いぐるみ、ラグやティッシュケースも勿論可愛いかったが、何と言っても素敵だったのは、その色使いだった。パステルカラーのカーテンやソファーカバー、テーブルクロスやチェアカバー、他にも沢山の愛くるしい物で彩られていて、俺は、ただただ呆然と立ち尽くすしか無かった。ああ、この部屋で暮らしたい!! 「ナオ。座っていて、って言ったのに、いつまで立っているつもり?」  ミツキさんに声を掛けられるまで、俺は本当に立ち尽くしていたらしい。慌てて謝ろうとして、思い留まる。ミツキさんは、俺がむやみやたらに謝るのを良しとしないのだ。 「あの、えっと、」 「うん? 何?」  にこにこと笑い掛けられて、俺は、これを言っても良いのか、暫し悩んだ。 「あの、……可愛い、部屋、ですね!」  口にした後、気持ち悪がられないだろうか、と不安になる。いや、大丈夫な筈だ。一般的な男子は、この部屋を見たら、そう感じる筈だ。多分。 恐らくは。 「ふふ、ありがとう」  そう言って、ミツキさんが、この部屋で笑うだけで、もう、何て言うか、可愛いの暴力だった。はうあ、と意味不明な叫び声が俺の口からは漏れていた。ああ、写真が撮りたい!! 俺の可愛いコレクションに是非追加させて欲しい!!  ば、と思わずスマートフォンを取り出す。すると、ミツキさんが、がし、と俺の腕を掴んだ。 「とりあえず、座ろうか?」  可愛い笑顔な筈なのに、気圧されてしまって、俺は小さく頷いた。不安を感じながらも、薄い緑のカバーが掛かったソファーに手を置く。ああ、本当に、俺なんかが座って良いのだろうか? 「良いから、座る!」 「は、はい!」  俺の迷いが分かったのか、ミツキさんが、ぴしり、と言う。その声は、驚く程鋭くて、俺は驚いてソファーに腰を落としてしまっていた。あ、座ってしまった! けど、思ったよりも硬い! ああ、でも、やっぱり可愛い!! 「はい、ナオはココアね」 「あ、ありがとうございます」  ウサギの絵の描かれたマグカップを手に握らされ、思わず受け取ってしまう。急いでお礼を言ったら、ミツキさんは器用にも、右の眉尻を少し下げた。 「熱いから、ちゃんと冷まして飲むんだよ」 「はい!」  ココアの熱さが指先からじんわりと伝わって来て、俺は自分が随分冷えていた事に、今更気付いた。今日は、ちょっと薄着をし過ぎたかもしれない。 昼間は暖かくなると天気予報で言っていたので、一枚、羽織る物を持って来るのを怠ったのだ。 「あ、美味しい」  ココアは、甘くて温かくて美味しかった。思わず口から零れる。俺は、実は甘い物が大好きだった。美味しくて口元が緩む。  ふと、顔を上げると、ふう、とミツキさんがマグカップを吹いていた。それだけの仕草だと言うのに、もう、何て言うか、どう表現したら良いのか、可愛いが零れ落ちていた。目を見開いて、俺はその光景を目の奥に焼き付けようと思った。  途端に、大きな溜め息がミツキさんの口からは漏れる。 「ナオ、気持ちは分かるけど、少し、落ち着こうか?」  クッキーのような形のローテーブルにマグカップを置くと、ミツキさんは俺の頭を、ぽん、と撫でるように叩いた。 「ナオが可愛い物、大好きなのは、分かるけど……」  言われて頷き掛けて、は、とする。ミツキさん、今、何とおっしゃいましたか? 「まあ、僕もノリでここまで突き詰めちゃったからね。気持ちは、分かるよ」  ミツキさんは俺の太腿を撫でながら、優しく笑う。が、俺はそれどころじゃ無かった。 「おおお、俺は、べべべ、別に、か、か、可愛い物が好き、だなんて、そんな!!」  しどろもどろに声を出すと、ミツキさんは、ぴ、と親指と人差し指を拳銃のような形にして、空気で俺を撃ち据えた。当然、撃たれた俺は、胸を押さえるしかなくて。この仕草がこんなにも似合う人、居るんだ!! 「はい、嘘は吐かない」  けれど、漏らされた言葉は驚く程冷たかったから、さーっ、と頬を冷や汗が伝う。ミツキさんに嫌われる。そう思うと、指先まで凍えるようだった。 「あ、あの……」 「可愛い物、好きでしょう?」 「あ、そ、その、」  俺が冷や汗をかきながら目を彷徨わせていると、ミツキさんは、俺の太腿をちょっとつねって来た。あ、地味に痛い。 「好き、でしょう?」  今度は、両頬を両手で掴まれ、しっかり目を覗き込まれて、俺は、知らず頷いていたらしい。ふわり、と花が咲くようにミツキさんが笑顔を見せてくれたから、胸が熱くなる。 「素直な子は、大好きだよ」 「は、はいっ!」  俺は、好き、と言われて、真っ赤になった。  ミツキさんは、いつも、惜しみ無く言葉をくれるけど、その度に、俺は、狼狽えてしまう。余りにも慣れない言葉、と言うのもあるけど、それが他でも無い、ミツキさんの口からもたらされる、と言う事が、信じ難くて、嬉し過ぎて、でも、照れ臭くて。  だから、いつもは言えないのだけど。お返ししなくては、と思って、俺は、精一杯、頑張って口を開いた。 「お、おお、俺も、ミツキさんが、す、す、好き……」  です、は口の中に消えた。ああ、恥ずかしい!! 穴が有ったら入りたい!! むしろ、穴を掘って埋まりたい!!  すると、ミツキさんが両手で顔を覆ってソファーに寄り掛かってしまって、俺は、狼狽えた。ぷるぷる、と震えてすらいて、俺の最大限の告白は、そんなに可笑しかっただろうか、と不安になる。それとも、気持ち悪かったのだろうか? 「み、ミツキさん?」  名前を呼ぶと、ちらり、と顔を見せてくれる。その顔は、真っ赤で。え、と思う。何が何だか分からないが、つられて俺まで赤くなってしまった。 「もう! 可愛過ぎ! 反則だよ!」  ミツキさんは、事あるごとに俺を、可愛い、と言うけど、それはむしろ、ミツキさんの事だと思う。だって、頬を赤く染めて上目遣いで俺を見るミツキさんは、筆舌に尽くし難い程、可憐で可愛かったのだから。 「そう言う可愛い事言われると、襲いたくなるから、本当に、駄目だよ!」  全然可愛く無い事を考えられていたようですけど!!  俺は、言われた内容に、びっくりして、それから嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったくて、ひえ、と何とも言えない声を口から漏らしながら両手で顔を覆うしか無かった。 「ナオは、本当に、自覚が無さ過ぎて、嫌になる」 「き、気を付けます!!」  指の間から垣間見えた、ぶつぶつ、と口を尖らせるミツキさんも、すごく可愛かった。ああ、写真撮りたい!! 可愛いコレクションを増やしたい!! 「で、写真、撮りたいんだっけ?」  俺の心の叫びが聞こえたのか何なのかそう言われて、俺は、急いで手を下ろすと、こくこく、と首を縦に勢いよく振った。あ、頭がくらくらする。 「良いけど、撮り終わったら見せてね?」 「はい!」  良い子よろしく、俺はしっかりはっきり返事をしたのだった。  パシャパシャ、と部屋の中でシャッターの音が響いていた。  このウサギはピンクで、こっちは薄緑。可愛いなあ。あ、この角度も良いかもしれない! いや、こっちの角度の方が全容が分かって良いかな? 「ナオ……いつまで撮っているつもり?」  ミツキさんに呆れた声で言われ、俺は、もう一枚撮った後、仕方無くスマートフォンをしずしずと下ろした。ああ、あの棚の所もアップで撮りたかったな……。 「本当に、可愛い物が、大好きなんだねぇ」  しみじみと言われ、俺は顔に血が集まるのが分かった。幾らもう全部バレているとは言え、俺みたいに185㎝もある大男が可愛い物が大好き、なんて、指摘されるのは恥ずかしいし、指摘した相手からすると気持ち悪い以外に無いだろう。出来る限り小さくなりながら、俺はミツキさんの隣に納まった。 「す、すみません」  思わず口からは謝罪の言葉が出ていた。途端に、ミツキさんは渋面を作る。 「悪い、なんて、言っていないでしょ?」 「はい、でも……気持ち悪い、ですよね?」  俺がそう言うと、ミツキさんは苦笑した。 「何でそう思うの?」  聞かれて、逆に、驚いてしまう。だって、気持ち悪い以外に、どう思うだろう。俺は、不意に、昔を思い出して、胸がぎゅっと絞られる感覚がした。 「そう、言われましたから……」  言って、思い出す。昔の恋人から言われた言葉、同級生から言われた言葉、そして、父親から言われた言葉を。 「ナ~オ!」  がし、とやたらに力強く両頬を掴まれて、俺はいつの間にか俯いていた顔を上げさせられた。ミツキさんの可愛い顔が、どアップで、どん、と見えて、どきり、と胸が跳ねる。ああ、睫毛が今日もくるんとカールしていて本当に可憐だ。 「ナオは、そのままで、良いんだよ」  言われて、俺は息を飲んだ。こつん、とミツキさんの額が俺の額に当たる。ふわり、とそこから熱が伝わって来て、俺は、何故だか無性に泣きたくなった。 「ナオは、確かに、大きいし、見るからに男だけど、それが何だって言うの。だから、可愛い物を好きになっちゃいけない、なんて事、無いよ。そんなの、そっちの方がよっぽどおかしい事だ」  ミツキさんは、穏やかな声で続けた。本当に、穏やかな声で。まるで、俺の心の奥深くまで浸透するような、そんな声だった。 「ナオが、可愛い物が大好きな、可愛い子だって、僕は、ちゃんと知っている」  可愛い、と言われて、俺は否定しようと口を開き掛けたが、ちゅ、とその口を何かが塞いだ。何か、なんて、ミツキさんの唇以外、有り得ない訳だけど。 「ナオは、可愛いよ。誰が、何と言おうと、僕には、可愛い子だ」  ぼろり、と何かが落ちた。ぼろり、ぼろり、と目の前が霞んで行く。 「今まで、堪えて来たんだね。よく、頑張ったね」  ミツキさんの可愛くて可憐で素敵な顔をちゃんと見たいのに、何かで滲んで見えなくなって、俺は、本当に、もどかしくて堪らなかった。  それが、一体全体、何がどうしてこうなったのか、本当に、誰か、ちゃんと、説明して欲しい。  いや、本当は分かっている。俺の左右の目の雫を拭っていた唇が、顔中を動いたかと思うと、唇を塞いで来て、それから、口の中を目茶苦茶に愛撫されて、そして、今に至る訳だ。経過は分かるけど、気持ちが追い付いて行かなかった。ミツキさんは、時々、こう言う事がある。 「ナオ……」 「んあっ、や、ミツキ、さん……」  耳朶を嬲られて、俺は、ぶるぶる、と震えるしか無かった。口からは弱々しい声が漏れる。目を開け、振り仰いで見上げたミツキさんは、驚く程、雄の顔をしていた。ぞくぞく、とする。この顔を、俺がさせているのだ、と思うと、俺の下腹部は、簡単に熱くなってしまう。 「可愛い。本当に、ナオは、何でこんなに、可愛いのかな……」  ミツキさんは、言いながら、俺の乳首を乳輪ごと捉え、その意外と大きな手の平でなぞった。服の上からなのに、的確過ぎる!! 「本当に、全部、頭から丸かじりしたいくらい、可愛い……」  そう言われて、俺は、霞む頭で、全部食べて欲しい、と思った。ミツキさんの身体の一部になれるなんて、そんな幸せな事が、他にあるだろうか。 「食べて、ください。残さず、全部……」  思わず、口からもそんな言葉が漏れていた。ミツキさんは、ゴクリ、と意外と目立つ男らしいしっかりとした喉仏を上下させると、熱い息を吐いた。 「ナオ……好きだよ……」  言いながら、唇を寄せて来る。俺はしっかりと目をつぶって、それを受け止めた。

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