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第13話
「ははは、面白かった。すっきりもしたしのぉ」
ふぅ、と少年が息をついたそのとき、彼の背後に、燕尾服を着た青年が唐突に現れた。
「ちょっと、あなた」
青年は透き通るような声をしている。癖がまったくない銀色の髪。金色の瞳には、鋭い光が宿っていた。ガラス細工みたいに、繊細なつくりをした美しい顔は、表情がない。
少年の肩が、びくりと跳ねた。
「うわぁっ! わわっ、神ちゃん!」
「あの世行きの霊体を勝手に救済するなと、あれほど言いましたよね。また、たくさんの嘘をついて……チャンスを与えていいと、わたしは言っていませんよ。福利厚生をつけていない理由は、わかっているでしょう? あなたが真面目に仕事をしないから、バイト扱いをしているのです。残業手当だって、残業していないのだから、つくはずもない」
神と呼ばれた青年が、静かに言った。
「五年に一度くらいの可愛い悪戯なんじゃから、見逃して?」
少年はへこへこと頭を下げる。
「見逃しません」
青年がさっと手を挙げると、ちゃぶ台がみかん箱に変化した。
「こうして何度、家具を没収されたら気が済むのですか。どんどん給料を安くしているのに、懲りないですね。いっそ無給にしたいところですよ」
みかん箱と青年を代わる代わる見てから、打ちひしがれたように、少年はわなわなと震える。
「うわぁぁぁぁんケチぃぃぃぃ!!」
愛らしい目に、涙をたっぷりと溜めている。
青年が軽いため息をついた。
「そんなに愛が見たいのですか? 愛を感じたいと?」
「うう、だってだって、わし、寂しいんじゃもん。太郎も正芳も喜助も……みんな天国に行っちゃって、わしだけこんなふうに働かされるなんて、酷いじゃろ! 他の天使とだって会ったことがないし、話したことすらないし!!」
少年は床に突っ伏し、えぐえぐと泣きじゃくる。
「寂しいよぉ。寂しいよぉ。狭間ショッピングに悪戯電話するのも飽きたよぉ」
少年の前に、青年がしゃがんだ。
「まったく図々しい。あなた、天国に行きたいです? 行ったら昔の恋人たちからボコボコにされますよ。よくもまぁ十二股なんてかけられたものだ」
肩を震わせながら、少年は顔を上げた。
「わし、絶倫じゃから」
泣いているかと思えば、頰を赤らめ、はにかんでいる。
「照れないでください、気色悪い。ああ、天使同士は会わせないようにしているのですよ。徒党を組まれたら面倒ですしね。あなた、真面目に働かないのならば、地獄へ落としますよ。過去の所業を悔い改めて、しっかり役目を果たさない限り、天国には行かせませんからね」
青年は立ちあがった。
「じゅうぶん働いたじゃろ? もういいじゃろ?」
青年の足に、少年が縋りついた。その腕を、青年は蹴り飛ばす。
「隙を見てはサボるくせに、馬鹿を言わないでください」
「わしだけ低賃金、重労働を課せられるなんて、せこいじゃろぉぉ!!」
床へ仰向けに寝転がり、駄々をこねるように、少年は手足をばたつかせる。
「わしだけ、って、あなた、どれだけ呆れさせる気ですか。天使となる素材、魂は、悪人のものでないといけないのですよ。死んでまで労働させるのだから、善人にはさせられません。悪人はまず天使となり、生前に背負った罪を償うのです。あなたが天使となった日に、そう告げましたよね。あなた、自らが犯した、数々の罪を忘れていませんか? たくさんの人を騙し、盗み、陥れ、殺しましたよね」
少年は途端に暴れるのをやめ、ささっと正座した。
「は、反省しとるよ、わし。本当に反省しとるもん。貧しさを言い訳にしてたって、今ではようわかっとる」
顔を青ざめさせながら、少年は何度も頷いている。
「そうですか。では、しっかりと仕事をしてください。次の霊体は、あの世行きのバス停に、きちんと案内すること。自らの欲のために勝手に本体へ戻すのは、やめてくださいね」
疲れを滲ませたようなため息をつき、青年は話を続ける。
「ああやって戻されたら、六十年は魂を吸い出せないんですから。本当に困りますよ」
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