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第2話 テンパリングちょこれーと

 青君はうちの和菓子屋がある通りの斜め向かいのところにある洋菓子店「FUKAMI」のとこの子で、同じ年、同じ保育園に通っていた。  保育園にクラス替えはないし、互いに自営業を営む家だったから、ゼロ歳の頃からずっと一緒にいた。本当にずっと一緒。まさに幼馴染。  気が合ったし、分野は違うけれどどっちも自営業ってことで共通点も多かったんだと思う。ケーキみたいにポップでカラフルな青君といるとすごく楽しかった。  何をするのも一緒。合い言葉みたいに「僕らは親友だよね」っていつも言って笑って走って、転がって。保育園の友だちも先生も、自他共に認めるまさに「親友」だった。ただ、お互いの家はあまり良く思ってなかったのかもしれない。洋菓子屋と和菓子屋が対立っていうよりも、うちのばあちゃんと青君のばあちゃんの仲が悪かったんだ。うちの和菓子屋「宇野」はそれこそ大昔からある店で、深見さんちは後から入ってきた洋菓子屋。甘さも違うし、見た目も違う。うちのばあちゃんはケーキが大の苦手だったから、俺と青君が仲良くしてるのも好ましくなかったんだろう。  でも、ばあちゃんが心配しなくても、平気だったんだ、かも。そのうち「親友」ではなくなってしまったから。  小学校に上がって、クラスが三つになり、俺たちは別々になった。違う教室、違う友達、それに違う習い事。俺は英会話と水泳。たしか、青君はダンスと体育、じゃなかったっけ。  生活のリズムが変われば、会う機会はグンと減る。減って、減って、その結果、二年生になる直前の頃にはいつの間にか会話もしなくなってしまった。  あ、そしたら、あのバレンタインにもらったチョコは小学一年だったから、あのチョコをもらった時が、俺と青君の交わした最後の会話になるのか。  昔の青君はよく笑う分、すごく泣き虫で、節分の豆まきの時にも号泣してたっけ。それは年長クラスになっても変わらなくて、転んで膝をすりむくともうグズグズ鼻を鳴らしてた。  大丈夫だよ。俺が手当てしてあげる。  そう言って、消毒液が乾くのを手伝うために傷口にフーって息を吹きかけるだけで、青君はぴたりと泣き止んだ。涙を瞳にいっぱい溜めて「へへっ」って笑うんだ。俺がフーってした時だけ笑う。先生が手当てをしても、他の子が「大丈夫?」って声をかけても笑わない。それがすごく「特別」に感じられて嬉しかった。  でも、それは子どもの頃の話。  今の青君からはきっと誰も想像できないだろ。  明るくて活発で、ケーキみたいにカラフルでポップなのは変わらない。でも、もう泣き虫な青君はどこにもいない。 「ねぇねぇ! みっちゃん! 昨日、深見君にチョコもらったって、ホント?」 「え? なんで、小坂さん、知って……益田か」  あいつ、また余計なことをたくさんくっつけて噂にしてないだろうな。尾びれ背びれ、あと、尻尾に耳に、その他諸々。視線を益田に投げると、バカみたいにウインクしてた。女バスと男バスって仲が良いから、あいつ、皆に言ってないだろうな。小坂さんにだけにしとけよって、変なことを言いふらすなよって、目付きだけで釘を刺したけど、あいつのことだから釘なんかじゃ止まらないかもしれない。 「で! 深見君!」 「あー、うん。友チョコを……」 「いいなぁ! めっちゃうらやましい!」  深見青葉(ふかみあおば)、一緒にいた頃は青君って呼んでた。  キャラメル色の髪がよく似合う、モテ男子高校生になった青君。ふわふわのゆるパーマに、日本人にしては茶色の瞳、それに、大きな口を開けて、くしゃっと笑った顔が可愛くて、でも、カッコよくて、サッカー部とかでワーキャー言われてそうなのに、実際はクッキング部に所属している。青君が入部したおかげで、風前の灯だったクッキング部は今や大人気部となった。  俺とは大違い。バスケ部だけれど、日焼けとかちっともできない色白でさ、俺が女子なら大喜びなんだろうけど。  青君は……めちゃくちゃモテ男子へと変貌を遂げ、俺は背もさして大きくなく、いたって普通の、どこも突出したところのない一般的男子高校生へと成長した。   あと、なんだっけ。そうだ、その青君が作った料理、お菓子、を食べられた女子はもれなくその他女子の痛いくらいに突き刺さる羨望の眼差しっていうおまけが付く――らしい。そのくらいのモテっぷり。 「痛くてもいい!」  ほら、だから、小坂さんも自分の体をぎゅっと両手で抱き締めて、今も全く刺さっていない羨望の眼差しに耐える芝居をしている。 「美味しかった?」  すごく綺麗に光ってて、五つ入ってたんだけど、ひとつしか食べられなかった。 「あ、うん。美味しかったよ」 「いいなぁぁっ!」  だって、本当に綺麗な表面だったんだ。あまりに綺麗だからもったいなくて。 「みっちゃん、チョコ好きだもんねぇ。っていうか、ケーキとか大好きだもんねぇ」  俺もチョコのテンパリングやったことあるけど、あんな艶出せたことがない。何が違うんだろう。何かができてないんだろうな。  昔からそうだった。俺は和菓子よりも洋菓子のほうが好きで、ケーキとかクッキーとかすごく作ってみたくて。  で、青君は和菓子のほうが好きだったっけ。よく羨ましがられてた。おやつが毎回和菓子だってことに。 「みっちゃん、女子に嫉妬されちゃったりして」 「あはは、俺、男だよ」 「でもさ」  そこで呼び出された。 「宇野くーん!」  教室の入り口のところでうちのクラスの女子が顔を真っ赤にして、俺を呼んでいる。なんだろうって思いながら、風邪引いてるのかなって心配したくなるほど、頬を赤くした女子の視線を追いかけると。 「え?」 「よっ」  そこには、青君がいた。  何? なんで、ここに再び青君が? 「あのさ、英語の辞書持ってない?」 「辞書?」  忘れてしまったんだって。で、クラスが違うから、英語の授業が次にないだろう、うちのクラスに借りに来たんだって。 「あ、ちょっと、待ってて」 「うん」  びっくりした。目の前にあのキャラメル色が飛び込んできてびっくりした。 (深見君じゃん!)  振り返って自分の机に戻ろうとする俺に、内緒話っていうか、口だけを一生懸命にパクパクさせながら、小坂さんが無音でパニックに陥っている。モテ男子、深見君が突然出現したことに大慌てだ。そのバタつき方がすごくて、俺はそっちに驚きながら、机の中から辞書を出してまた青君の元へと。 「サンキュー」 「ううん」  分厚い辞書を差し出すと、骨っぽくて大きな手が受け取った。  当たり前なんだけど、違ってないほうがおかしいんだけど、保育園の頃とは全然手の形も大きさも違うんだなぁって実感できるくらい、男っぽい手になってた。 「チョコ、どうだった?」 「へ?」  手ばかり見ていた俺は突然の問いに驚いて顔を上げて、ミルクチョコレートをふた粒発見……じゃなくて、瞳と目が合う。 「あ、うん。すごく、美味かったよ」 「そっか、よかった」 「!」  ドキッと、してしまった。 「ごめん。借りてく、あ、宇野は放課後用事とかある?」 「え?」 「待ってて、返しに来るからさ」 「え? あのっ!」  これがモテ男子の笑顔ってやつなのか。くしゃっと笑った顔に、同じ男なのにドキッとしてしまった。  保育園でゼロ歳から五歳までずっと毎日一緒に泥んこになって遊んだ青君の、なんか、笑顔にドキッとして、それに驚いて、何も言えず、二日連続で紅茶のシフォンケーキ色をした背中をただ見送っていた。

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