6 / 123

第6話 イヤホンはんぶんこ

 急接近した彗星はそのまま通り過ぎることなく、ここに留まっています、なんて、英訳したくても、彗星は留まらないから、まずこの例文が成り立たない。 「え? みっちゃん、ストーム好きなの?」 「うん。カッコよくない?」  彗星、っていうのは冗談だけれど、青君との幼馴染関係が復活した。今は昼休みで、はるか彼方の銀河、じゃないけど遥か遠くにあるF組から、ほぼ毎日やってくるモテ男子にA組の皆が驚いてそわそわする時間。そりゃ、そうだよ。一般的、特に特徴もない普通男子高校生の俺のところにモテ男子がにこやかにやってくるんだから。  それこそキラキラ輝く光を纏った彗星のごとく、って感じだ。 「そっかぁ、みっちゃんがストーム」 「悪かったな」  うちのクラスに顔を出しては、クッキング部で前日に作ったものを分け与えてくれたり、普通に会話だけの時もある。面白い動画を見つけたとか、そんな他愛のない会話をすることもけっこう多くなった。  今日はどんな音楽を聴いてるのかって訊かれて、ストームっていうロックバンドだって答えて、今、驚かれているところだ。教室には入らず、廊下に出て、窓際で立ち話をしている真っ最中。 「なんで? 悪くないよ」 「青君みたいな男子のほうがロックとか似合いそうだもんな」  色白で地味そうな黒髪、背は平均よりもほんの少しだけ、下。そんな一般高校生がストーム好きって微妙かもしれないけれど。茶髪にチョコレート色の瞳、大きな口に低い声、きっと歌だって上手いだろ。っていうか、たしか歌上手かったと思う。お遊戯会の時、青君の声だけよく聞こえていた。すごく上手だなぁって褒めると、頬をピンクにして嬉しそうにしてたっけ。 「えぇ? みっちゃんがロックとか、カッコいいじゃん」  一緒にいると仲が良かった頃のことをたくさん思い出す。あれもこれもって、思い出しては驚くんだ。 「あ、じゃあ、さ、これ知ってる?」 「?」 「ちょっと待って……えっとね、これ」  ほら、また驚いた。っていうか、驚かされた。 「……カッコよくない?」  青君の声が少し遠くに感じるのは、その声と俺の耳の間にイヤホンがあって、そこからストームの曲が流れているせいだ。重低音がすごくかっこよくて、凛々しくて、ボーカルの掠れた声が演奏の印象と全然違うのに、こうして聞いているとよく合う。それは耳が心地良いって感じるほど。 「あ、ほら、ここで、演奏がさ」  白いコードを視線で辿っていくと、青君に、繋がっている。 「ギター、カッコいいよね」  今、同じ曲を聴いてる。 「これの動画見たことある? ボーカルとギターが並ぶんだけど、すっごいカッコいいんだよ」  音に合わせてキャラメル色の髪が揺れていた。少し視線を伏せて、音を堪能している横顔は大人びていて、毎日一緒に泥だらけになって遊んでいた頃とは全然違う。前はふっくらしていて、俺が笑って名前を呼ぶとまんまるなほっぺたがピンク色になって可愛かったのに。今は―― 「みっちゃん?」 「!」  ガン見、しすぎだ、俺。 「あんま、好みじゃない?」 「え? ぁ、歌? 知ってる。これ、カッコいいよ、うん」  焦った。なんか、見惚れてた。あの頃とは全然違う、丸みが消えた頬を眺めて、その横顔がカッコいいなぁなんて見惚れてた俺は慌てて視線を逸らした。  だって、びっくりするだろ。  色々違うから、たまにびっくりしてしまうんだ。  手、指、声、他にもいろいろと、子どもの頃ずっと一緒にいた青君とは違うから、その違いを見つける度にハッとしてしまう。 「今度、ライブとか一緒に行ってみたいね」 「うん、そうだね」  そこでチャイムが鳴った。イヤホンをパッと手から外して、青君の手の中に押しこめる。骨っぽい手、大きな掌。一緒に泥団子を作ってた頃とは全然違う手。 「そうだ。今度、クッキー焼くんだ。みっちゃん食べるでしょ?」 「あ、うん」  顔をあげるとチョコレート色の瞳と目が合った。子どもの頃によく覗き込んでは不思議がっていた、俺よりもずいぶんと明るい色をした瞳。 「よかった」 「?」 「なんか、怒らせたかと思った」  でも、今はちょっと覗き込んで、その茶色をじっくり見つめることはできそうもない。 「怒ってなんか」 「そ? 急に俯くから、これはあんまだったのかと」  モテ男子って言われるだけのことはあるんだろうな。小坂さんもカッコいいって騒いでたし、こうしてまた仲良く話すようになると余計にわかるんだ。女子人気の高さ、みたいなのをあっちこっちで感じる。人の視線だったり、一緒に歩いていると声をかけられることの多さだったり、こういう時の……カッコよさ、だったり。 「それか、イヤだったのかと思った」 「え?」  何が? そう尋ねようとしたら、今度は青君が俯いてしまった。急いでイヤホンをくしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込むから、きっと細いイヤホンコードは中でこんがらがってしまっている。 「それじゃ」 「あ、うん」  俺のほうが気になるよ。何? なんで、そんな急に。でもそれを訊きたくても、もう紅茶のシフォンケーキみたいな背中は足早に遥か彼方のF組へと戻っていってしまった。 「あ、これ……」  思わず呟いてた。これ、青君知ってて、昼休みに言ったのか? 部活の帰りにコンビニに寄ったら、レジの横のプリンターの上、ふと見上げたらストームライブチケット情報が載っていた。  行けないこともない、かな。遠いけど、片道二時間かかるけど。ストームのライブ。 「……」  取ったら、行くかな。 ――今度、ライブとか一緒に行ってみたいね。  そう言ってたし。俺、いつもクッキング部の差し入れもらっちゃってるし。青君が作ったものをもらえるのって、相当ラッキーらしいしさ、きっと欲しい人がたくさんいるのにもらってしまってるんだから、お礼をしたほうがいいよな。 「発売……は、三月、か」  ライブの開催日は四月。まだまだ先。四月に入ってから。もう三年になってるんだ。後、数ヶ月あるけど、でも、そのチケットが一般発売される日にちをしっかりと覚えている自分がいる。チケット、取ろうかなって。  チケット、サプライズで渡したら、青君すっごい喜ぶんだろうなって思いながら、発売日を忘れないようにって繰り返し頭の中で復唱していた。

ともだちにシェアしよう!