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第9話 あそこが痛い、ここも痛い
なんで痛いんだ。
「けっこう痛いでしょ。かなりひどいけど、突き指だね。右利き?」
「……はい」
「ラッキーだったね、左で」
青君がモテるのはわかってた。わかっていたけど、なんでかあのツーショットを見たら、胸がたまらなく痛くなった。痛くて痛くて、二倍くらいにまで腫れ上がった親指のことはあまり気にならなかったくらい。
そして翌日である今日、親に病院で診てもらえって言われてもまだ痛みが強いのは胸のほうだった。
「湿布出しておくから」
胸にそれを貼っても、痛みは和らがない。だって、これは怪我でも病気でもなくて、ただの……なんなんだろう。
「ありがとうございました」
一礼して診察室を出た。親指の付け根はずっとズキズキと痛いけど、これはただの捻挫だから我慢するしかない。湿布で気を紛らわせて、固定してできるだけ動かさないようにしながら治るのをじっと待つしかない。
そしたら、この胸の痛みもじっと我慢し続けていたら、消えるのかな。治んのかな。
青君の好きな人。
ほら、その言葉を胸のうちで呟くだけで、ちょっと下がるこのテンションも、じっとしてたら気にならなくなってくるのかな。
湿布みたいな何かで誤魔化せて、覆い隠せるものがあればいいのにって、そう思ったけど。
「……」
何を覆い隠したいんだろう。この、ズキッと来る胸に俺は何を。
――みっちゃんって好きな人、いる?
足がピタッと止まった。この前、青君に訊かれた質問が急にズキッとしてくる胸のところから、いきなり聞こえてきて、驚いて足が止まった。
「……」
なんで急にそんなことを思い出すんだよ。びっくりして、青君のその時の表情とかも一緒に頭の中ですごくクリアに再生されてたりするから焦ったじゃん。自分の頬に触ってみたら、病院の中が暖房効きすぎだったのかもしれない。自分の指先の冷たさにも驚くほど、頬がものすごく熱い。
なんなんだ、これ。頬のところだけやたらと熱くて、ペタペタと自分の指先を温めるため、きっと赤くなっているだろう頬を冷ますため、手の表と裏に交互にしながら触っていた。
ちょうどそこでスマホが振動する。
――みっちゃん! 手の怪我! 大丈夫? 骨は? 全治何ヶ月? 大丈夫?
「青君だ」
文字だけなのに、焦っているのがすごく伝わってきた。大丈夫? って、二回訊かれてるし、全治何ヶ月って、月単位になってるし、骨って、どういうこと? 俺、骨折してるとか思われてる?
あまりに慌てている文字がおかしくて、ひとりなのにちょっと吹き出して笑ってしまった。
――大丈夫だよ。ただの突き指だから。
あ、そっか、今、昼休みなのか。俺は午前中に診察が終わったら学校に行くようにって親に言われてたけど、これは、もう午後ってことでいいよね。と、思った瞬間から、歩くスピードがグンと落ちたりして。
整形外科はおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいて、混んでいたせいで診察が終わるまでにかなりかかってしまったけれど、おかげでのほほんとした待合室で、のんびり待っていられた。
向こうに、青君のところに俺からのメッセが届いたかもしれない。また返信があるかもって、手に持ったままだったスマホが振動して、画面には青君の名前がある。
「も、もしもし?」
『ただの突き指ってホントッ?』
文字で感じる以上に慌てた声が耳に飛び込んできて、楽しい。
「ホントだよ。っていうか、ただ部活中にボールが当たっただけで折らないって」
『だって! 三倍にもなったって』
なんだ、それ。三倍って、どんな手になってるんだよ。でも、たしかに手の大きさが三倍になってたら慌ててお昼休みに電話をしてしまうかもしれない。
今、青君はどこでこの電話をかけてるんだろう。お昼にうちのクラスに来て、もう変に勘ぐっていない益田が尾びれに背びれに尻尾までくっつけた俺の突き指のことを聞いて、慌てて電話をかけてきてる。モテ男子の青君の焦って慌てた顔、見てみたかった。
「平気だよ」
『本当にっ?』
「うん」
あの子、は見たことあるのかな。
『マジで焦ったよ。学校休みっていうだけでもびっくりしたのに』
あの子、昨日、青君と。
『みっちゃん、あんま学校休まないじゃん。ぁ、あれだよ? 保育園の時だってほぼ毎日一緒に行ってたじゃん? だから』
「青君って、好きな人とか、いる?」
昨日、一緒に帰っていた女の子は見たことあるんだろうか。青君の焦った顔とか慌てた顔とか、びっくりした顔とか、その他色々。
『……え? なんで、急に?』
「昨日」
心臓がうるさかった。なんでだろう。病院内が暖かくて、今、外が急に寒いから? 心臓がおかしくなったのかもしれない。さっきまで痛かった親指のことなんて気にならないくらい、ドクドクと心臓が動いている音が内側で大きく響いてうるさいくらい。
「昨日」
一緒に帰ってるとこを見たんだ。女の子、可愛い感じの子。あの子は、彼女?
言葉が喉奥のところにあるのがわかる。でもさ、俺はそんなことを聞いて、知って、どうしたいんだろう。どうすんだろう、そんなことを知って。別に俺に青君に彼女いるとか関係ない、よね? いたって、青君はそのまま青君じゃん。
「昨日、帰ってるとこを」
そう思うのに、心臓が思いきり飛び跳ねて、胸のところで暴れている。ちょうど、昨日痛いと感じた場所を内側から誰かがドンドンってノックしているみたいに、鼓動が暴れている。
『え? ぁ、もしかして、島さん?』
「!」
知らない名前なのに、青君の声がそういった瞬間、心臓がすごく高くジャンプして、喉のところで息が詰まる。
『え? えっ? 島さんって、あれだよ? 同じクッキング部の子』
「……え?」
ぐっと詰まった呼吸に眩暈がする。窒息してしまう。
『みっちゃんにチョコチップたっぷりのお菓子作ろうと思って、昨日の帰りに一緒に行ってもらったんだ。材料買う時ってふたりで一緒にって決まってるんだよ』
部費をくすねたりしないようにって、ルールになっているらしい。
「あ、そう、なんだ」
いまさっき、窒息してしまうかと思ったのに。
「そっか。そうなんだ」
今、平気になった。
『平気? 痛い? 突き指って、大変なんじゃないの? 俺、やったことないけどさ』
「んー……」
平気になって楽になったらさ。
『みっちゃん?』
「けっこう、痛い、です」
胸が痛くなくなったら、今度は突き指がすごく痛く感じられて、ちょっと困ってしまった。一番痛かったところが治ったせいで、ちょっとびっくりするほど親指が痛くてしかたなかった。
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