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第11話 お饅頭に願いを込めて
「みっちゃん!」
その声に呼ばれた本人だけじゃなくて、小坂さんを筆頭に女子がパッと顔を上げて振り返る。先生たちが出入りする前の扉じゃなくて、後ろの扉のところに寄りかかってニコッと笑う、まるで何かのジャケットとか、モデルとかタレントのプロフ写真みたいな青君がいた。
ホームルームは今終わったばっかなのに、F組のが特別早かったんだろうか。今日のうちのクラスのだってそんなに遅くはなかったはずなのに、もうすでに青君がいる。
「手、あるから、部活休みでしょ?」
「え? あ、うん」
「そしたらさ!」
突き指だから、別に練習を見学するくらいのことはできるけど、まだ三月になったばっかりの体育館は動かずにじっと座っているには少し寒すぎるから帰ろうと思っていた。
青君に部活を休むことは話してないのに。きっと益田が言いふらしたんだろ。あいつ、この怪我のことだってすでに言いふらしてたし。青君は心配性だからあんまり気を使わせたくないんだよ。
「うちの部、遊びに来ない?」
「え?」
クッキング部はその名の通り、料理をして食べている。見学なら座ってられるし、運動部と違ってのほほんとした手作りお茶会みたいなものだからって。で、作ったものを一緒に食べてから帰れば、小腹が空くことも心配しなくていいって笑っている。
そこにいったら、あの日、青君と一緒に帰ってた子もいるのか……な。
「食べ放題だよ?」
いや、いいんだけどさ。いてもらってもいいんだ。あの子はきっと青君のこと好きだと思う。なんとなくそういう気がする。でもあの子だけじゃなくて、クッキング部に所属している皆が青君のことを好きなんだろう。
その中にいるっていうのはけっこうしんどいものがあるとは思うんだけど。でも、それだけが理由で行けないんじゃない。
「あーごめん、ちょっと無理かも」
「え、ぁ、何か用事が?」
「うん」
ちょっと、放課後は無理なんだ。
「あ、そっか」
「ごめん」
せっかく誘ってくれたのは嬉しいし、青君の手料理を食べられるのも嬉しいんだけど。
「あ! じゃあ明日は?」
「……ごめん」
明日がダメなら明後日は? 明々後日は? そのどちらも無理なんだ。続けて首を横に振った。
「ごめん」
行きたくないんじゃなくていけないって、表情でもわかるように「ごめんなさい」って顔をして見せた。クッキング部の女子全員が青君狙いだとしても、俺なんて邪魔だと思われてそうだとしても、そういう理由じゃなく、本当にちょっと無理なんだよ。来週には突き指なんて治ってしまっているから、練習できるのは今しかない。
「何か、用があるの?」
「あー……うん」
和菓子作りを手伝うことなら今も時々しているけれど、でも、ひとりで作ったことはまだない。好きだったら作りまくってただろうけど、俺は餡子がどうしても苦手だから、自分で作ってみたいと思ったことはなくて、お饅頭もちゃんとできるかどうか。
「ホントごめん」
ちゃんとしたものを渡したい。青君がショコラを俺に用意してくれたみたいに、俺もちゃんとした美味しいお饅頭をあげたいんだ。
夜には店の厨房を閉めてしまうから部活後には練習できない。それでなくても練習後にそんな時間も体力もないと思う。だから今、この突き指をしている間で作れるように練習しないといけない。
「ごめん」
そして、できたら驚かせたくて、青君がせっかく誘ってくれたのを断る理由もちゃんと言えず、ただただ謝るしかできなかった。
和菓子屋の息子なのに、和菓子が好きじゃない。それがとても不満だったばーちゃんが大喜びしていた。
俺が自ら率先して和菓子を教えて欲しいって父さんに頼んだだけで、もう前のめりで何を作るんだってうるさくて、あんまり言いたくなかったし、作り方ならわかってるから口出し無用でお願いしたかったけど、材料だって勝手に揃えて準備はしちゃうし、ちょいちょい顔を出してくるから落ち着かないし。
青君のほうがたぶん上手だと思う。チョコでもお饅頭でも、青君が作っているのなら、それが野菜炒めだろうと、なんだろうと、調理姿に見惚れてしまうかもしれない。
クッキング部の女子がぽーっとしながら眺めているところが簡単に思い浮かぶ。餡を生地に包むのだって、青君の細長い指でなら簡単にできそうだ。
「あ、やぶけた」
長くて関節のところが骨っぽい指先。手の甲も骨が目立ってて、ごつい感じなのに、笑顔が柔らかいからなのか、手も、指先も優しそうに見える。
「あんたは見た目だけなら器用そうなのにねぇ」
チラッと横目で誰かを確認してから、あからさまに口をへの字に曲げて膨れっ面になると、お母さんが笑って、厨房のステンレスの台に頬杖をついた。
悪かったな。見た目だけで。
「もう、今は話さなくなっちゃったみたいだけど、幼馴染の青君、洋菓子屋さんの息子さん。あの子は器用だったわよね。見た目、不器用そうなのに」
知ってるよ。今はクッキング部の部長してて、大人気でカッコよくてモテ男子になってるよ。
「どうしたの? お饅頭を作りたいなんて」
「……別に」
なんか俺とは雲泥の差すぎて言い出せなかった。青君との仲が元に戻りましたとか、いちいち親に報告することでもないだろうから。それに青君のほうが絶対に上手に作れるお饅頭を俺が作って、その器用な彼にプレゼントするとか言いたくない。なんか照れるから。
「ふっくらしたお饅頭っていうのはね」
「わかってるよ」
皮がパンパンになって、今にもはちきれそうなくらい。そして艶があって綺麗な表面をしている。
「そろそろ夕飯だからね」
餡子好きじゃないけど作りたい。そして、ちゃんとお饅頭が出来たのなら―――
「わかった。区切りのいいところで片付けます」
「綺麗に掃除しときなさいね。お父さんがうるさいわよ」
「うん」
お饅頭ができたら、あのショコラを食べたい。
まだ、あのチョコレートがひとつ、残ってるんだ。
最後のひとつになったら、ちょっと勿体無くてずっと食べられずにいる。それをご褒美として食べたいなぁって思っている。
ちょっとした目標。 ホワイトデーに青君の好きな饅頭を作ってあげて、もしも笑顔で食べてくれたら、このショコラを食べようって考えたんだ。
「でも、充」
「……」
「餡子、とっても美味しそうよ? 少量で作るの難しかったでしょうに」
喜んでくれるだろうか。喜んで、あの満面の笑顔をしてくれますように。
「あ、できた」
願いを包むように生地で餡子を包んだら、すごく上手な円の形をしたお饅頭ができた。
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