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第12話 楽しそう?
「え? チョコのお返しが饅頭なの?」
小坂さんが目を丸くしてびっくりしていた。飴でもマシュマロでもなく、もちろんちょっとしたプレゼント系でもなく、お饅頭っていうのは珍しいかもしれない。
「青君、和菓子好きなんだ」
とくにうちのお饅頭、というか、うちの餡子がすごく好きみたいで、それだけ延々食べていたいって、餡子が苦手な俺にしてみたら想像しただけで胃の辺りがずーんと重くなるようなことを割りと本気で思っていたりする。そのくらいの甘党。
「へぇ、意外」
「そうだよね。俺は小さい頃からよく知ってるから、なんか、青君がパウンドケーキとかカップケーキを嬉しそうに食べてることのほうが意外なんだけど」
「……」
「な、何?」
じっと覗き込まれて、小坂さんの大きな瞳の眼力にちょっと気おされてしまう。
ふたりで百円均一のお店に来ていた。駅ビルに入っているお店で俺も何度か足を運んだことはあるけれど、手前の文房具のところくらいしか用事がなかったから、そこからふたつ奥の棚にラッピンググッズがこんなにあるなんて知らなかった。もっと、雑貨屋とかで買うものなのかと思ってたんだ。そりゃいくら探しても俺には見つけられそうにない。行くべき場所は雑貨じゃなくて百均だったんだから。
バレンタインの時はここが大賑わいだったんだって。だから、ホワイトデー前日なんてきっとたいしたラッピングのは残ってないかもって、小坂さんが心配していた。
でもホワイトデーだからなのか、ラッピングの場所にイベント的な感じで看板は出ているけれど、誰もいないし、グッズもしっかり残っていた。
「みっちゃんと深見君って幼馴染なんだっけ?」
「うん」
「よく知ってるなぁって」
まぁ、そりゃ、子どもの頃は毎日一緒にいたからね。家だって歩いてすぐのところ、保育園も一緒、自営業、共通点がありすぎて一緒にいるのが当たり前みたいに思っていた。
もちろん、そんなことは当たり前なんかじゃなくて、会わずに、話さずにいようと思えばいくらでもそうなってしまうんだけど。
「今もすっごく仲良しじゃん」
ほぼ毎日一緒にお昼休みに話をしているところを見ている。とても楽しそうに笑っていて、ちょっと意外な感じがするって言われた。
「は? 俺?」
「うん。ほら、みっちゃんって綺麗系じゃん? カッコいい系だし」
びっくりだ。自分がカッコいい系とか綺麗系だなんて、これっぽっちも思ったことがないから、いきなりそんなことを言われて答えに困ってしまう。
「え? 俺が?」
「うん。黒髪でしゅっとしてて、少し切れ長の目元とか美人系だし。色白いし」
それ、俺の気にしてるところなんだけど。色白なんて男子にしてみたら褒め言葉でもなんでもない。女子にしてみたら羨ましいんだろうけど。日焼けできることが俺にとってはとても羨ましい。
「カッコいいみっちゃんの意外な一面っていうか、意外にクール系じゃないっていうか」
「えー……なにそれ」
褒められてるんだか、けなされてるんだかわかりにくい。
「いいじゃん、ギャップ萌えってやつだよ」
や、何そのギャップって。それに、誰に対しての萌えが発動するんだよ。
「それで? ラッピングどうするの?」
「あ、うん」
そうだ。話し込んでる場合じゃない。結局、益田がちょっかいを出してきたり、小坂さんに用事があったりで、部活が休みの日にラッピングの買い物ができなくて、どうしようかと思ってたんだ。そしたら、神様が気を使ってくれたみたいにホワイトデー前日に部活が休みになった。顧問の先生が休みで、監督がいないんじゃ練習はできないってことで、今しかないって慌てて、小坂さんに付き合ってもらっている。。
益田に見つからないように、わざわざふたりでこっそりスマホでやりとりして、学校から少し離れたところで待ち合わせなんかしちゃったりして。益田はバカだけれど勘がいいのか、俺と小坂さんが何かこそこそしているって気が付いてしまって、誤魔化すのが大変だった。言ってもいいんだけど、絶対にうるさいだろうし、口が空気みたいに軽いから、絶対に青君に話してしまう。できることなら驚かせたい。
「簡単なほうがいいかなって」
青君が恐縮しないくらいの、でもそれなりにラッピングがしたいなって。
「青いリボンで、あ、あと、袋じゃなくて箱にしようかなと」
「……」
「箱はこれ、かな」
せっかく丸くフカフカに作れるようになったんだから、潰れて欲しくなくて、箱に入れたいんだ。そしたら豪勢に見えてしまうかもしれないけれど、饅頭だから逆さにして皮が剥がれてしまうのもいやだし、箱を簡単にリボンでくくればいいかなって。
「みっちゃん、すごく楽しそう」
「へ?」
じーっと見つめられて、なんか、ものすごく顔が熱くなっていく。大きな瞳から何かビームでも出ているのかもしれないって思うくらい、見つめられるほど、顔が熱くなる。
「そ、そう?」
「うん」
楽しそうな顔してたかな。いや、楽しみ、ではあるかもしれない。青君が喜んでくれたらなって思うから。
「うん、すっごく」
二度、たしかにしっかりと頷かれて、ただの友チョコのお返しなだけなのに、色気も何もないお饅頭なのに、どうしてかとても照れ臭くて。っていうか、色気ってなんだよ。友達に送るだけなのに色気も何もないだろ。
「よかったよね。また仲良くなれて」
俺って、そんなに嬉しそうだった? なんだろうびっくりするくらい、そこで実感した。また幼馴染になれたことに嬉しそうにはしゃいでいる自分をそこですごくしっかりと感じてしまって、なんか、急にやかんのお湯が一気に沸点を越えたように、勢いよく湯気と、ピーッ! っていう水蒸気の立てる音が聞こえた気がして、今、手に持っている箱を握り締めてしまいそうになる。
「……みっちゃん?」
「!」
声をかけられて、ぎゅっとしてしまった箱。
「あ、深見君」
まさか見つかると思ってなかった。百均にいるなんて思わないじゃん。駅前だけれど、ふたりで買物しながら、うちの生徒の誰ひとりとして見かけなかったのに、なんで寄りによって青君なんだ。しかも見つかった。手元の箱もきっと見られてしまった。
「青……君」
隣にはこの前見た女子が並んでいた。立ち止まった青君を見上げて、それから、ちらっとこっちを見る。ほんの少し顔を傾けただけで、サラサラした艶髪が揺れて、細い肩を滑っている。
この前は暗くてここまでしっかり見れなかったけれど、とても可愛い子だった。
「みっちゃん、何してんの?」
そっちこそ、何、してんの?
「あ、えっと、これは」
端のところが少しだけ寄れてしまった。それと同時にラッピングを買っているところを知られて、ちょっと気持ちも端の分がクシャリと潰れた感じ。
「ただの買い物、かな」
あぁ、バレてしまった。
「えっと」
「みっちゃん!」
長い脚。顔もカッコいいけれど、身長もあってスタイルもいい青君が大股で近づいてきたと思ったら、もう目の前で、そして、ふわりと首筋に温かいものが触れた。
「これ、マフラーしてて」
「え? は? なんで?」
「いいから! してて!」
顔半分埋もれるんだけど。なんで? っていうか、今、店の中だから正直言ってマフラーは暑いんだけど。青君が使っていたマフラーをぐるんぐるんに巻かれて、まるでムチウチになってしまった人みたいになりながらも、会った時から不機嫌そうな青君を見上げていた。
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