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第17話 フリーな春休み

 屋上で、昼飯食べたら、熱が出た。 「……ぁ、字余り」  ぽつりと呟いた声が自分の部屋に響く。昨日が終業式だった。で、今日から春休み。でも、俺は病人のため学校は休み。少しだけ先乗りで春休みに突入だ。  春休みって、なんか一番微妙な気がする。夏休みほど長いわけじゃなく、冬休みほどたくさんのイベントが待ち構えているわけでもない。俺の中で一番地味な休みが春だ。これで花粉症もあったら、もっと地味というか引き篭もりだろう。今でも、かなり引き篭もり化が進んでいるけれど。 「はぁ……」  青君から逃げるため、お昼はできるだけ人が寄り付かさそうな寒々しいところばかりを選んで食べてた。そしたら、熱がボンっと出た。あまりにも高熱すぎるからって、母さんに連れられて病院に行ってみたら、インフルエンザだった。  あれ、鼻にぐいと入れられるの苦手なんだ。でも、苦手ですって躊躇する暇もないくらいに、あっという間にやられてしまった。  インフルエンザで、一週間学校は休まないといけなくて、その一週間のうちに俺たちは春休みに突入した。  薬を飲んだから、もう翌日には熱も下がって、体調もずいぶんと楽になったけれど、外出はできない。インフル菌をばら撒いてしまう。 「……はぁ」  それに、斜め向いには青君の家とお店があるんだ。遭遇する確率はゼロではない。だから、インフルですっていうのを大々的に掲げながら、ずっと部屋に篭っている。もう、そろそろ飽きてきたけれど、仕方がない。  外と唯一の交流手段、スマホの電源は復活させた。  青君からは何度かメッセージが来てたけれど、ごめんね、大丈夫、て素っ気ない返事をして済ませている。避けてるって、ありありとわかる、その短い言葉にきっともう青君もムカついてる頃だろう。  だから、昨日はメッセージが来なかった。  それでいいんだ。  だって、男の幼馴染に好かれてたってイヤだろうし、困るだけだから。それが女の子の幼馴染なら別だろうけどさ、男じゃ、いらない設定にしかならない。  もしも、逆だったら? なんて、熱が高かった時、部屋で寝込みながら、ふと思ったんだ。  もしも、青君が俺のことを好きだったら? なんて、今、平熱に戻った俺は想像するだけで、なんだか青君に申し訳ないような気がするけれど、もしも、そうだったら。 ――みっちゃん。  青君が俺のことを好きだったら、すごく嬉しいだろうなぁって、そんなの想像したって悲しいし寂しいだけなのに思ったんだ。 「はぁ……」  ずっとこんなふうに溜め息は限りなく出てくるのに、どうして、俺の中にある気持ちは外に逃げていってくれないのだろう。もう俺はこのまま死んでしまうかもしれないって思えたくらいの高熱は下がって、インフルだって治せる薬はあるのに、どうして、この気持ちをなくす薬はないのだろう。  あと、もうひとつ。  きっと三年になって、新学期が始まったら、青君のことをどうしたって見かけることはあるだろう。その時に動揺しない心臓と、何も感じずにいられる、痛くも、熱くもならずにいられる薬が出ていてくれたらいいのに。 ――ピンポーン 「!」  ほら、ただのチャイムなのに、これにすら飛び上がる心臓じゃ、新学期が始まって、疎遠どころか、素っ気ない態度の俺に怪訝な表情をするかもしれない青君に、もたない。心臓がきっとぺしゃんこに潰されてしまう。  店の出入り口とうちの玄関は別れていて、外から、母さんが話しかけているのが聞こえた。  益田だった。益田と、小坂さんかもしれない。同じクラス、同じバスケ部っていうことでお見舞いに来てくれたらしい。下から「あらぁ」なんて母さんの外行きの声が聞こえてきた。  そっか、見舞いに来てくれたのか。っていうか、暇つぶしだったりして。益田は彼女いないし、可愛いのに小坂さんも彼氏いないし。春休みはイベントがない分、彼氏彼女持ちは自分たちのイベントを詰め込んでたりする。だから、前言撤回だ。春休みが地味なんじゃなくて、フリーだと地味、な場合もあるのかもしれない。  下で母さんがインフルだからせっかく来てくれたけれど、移せないので、ごめんなさいねって謝っているのが聞こえる。  ちょっとくらいいいんじゃない? なんて、インフル菌をまだ持っているかもしれないくせに思ってしまった。だって、暇だし。小坂さんは本当に心配してくれてるだろうけど、益田は絶対に暇だからうちで漫画を読み漁るつもりなんだろう。フリーの春休みは本当にフリーすぎて退屈なんだ。  そしたら、青君の春休みって、どんななんだろう。  あの、クッキング部の女子が隣にいる春休みなのかな。あ、そう思うと、心臓が痛くなるから止めておこう。片想いはまだ全然消えてないから、そんな姿を想像するのは心臓によくない。青君の隣には―― 「あらぁ、深見さんとこの青葉君じゃない」 「っ!」  母さんの外行きの声が告げた名前にベッドの上から飛び上がって起きた。  今、え? 青君って言った? 深見さんとこの青葉君じゃないって、そう言った? 何? 青君も益田たちと一緒に来てるの? は? なんで? だって、俺、けっこう冷たい態度を取ったのに。  そっと、でも急いで窓の外をカーテンの隙間から覗き込んだ。 「……ぁ」  玄関先で話してるらしく、ちょうど青君がいるのが見えた。あと、益田の肩のあたりも一階の屋根から見え隠れしている。 「あらぁ、懐かしいわねぇ」  ちょ、母さん! 母さんってば! 絶対に、絶対に「どうぞ」なんて言ったらダメだからっ! 青君んちだって食べ物を扱ってるんだ、絶対にあげちゃだめだろ。っていうか上げないで、ちゃんと断って。 「でも、ごめんなさいねぇ。インフルエンザを移しちゃったら大変だから、来てくれたことはちゃんと伝えておきますね」  ほっと胸を撫で下ろすと、玄関先では益田がすごく残念そうな声を出して、小坂さんは元気に返事をしていた。  そのまま渋々と帰っていくのをカーテンの隙間から見送っている。  青君の背中が見えた。学校の制服じゃないから、なんか、ちょっと印象も違っている。というか、普通にカッコよかった。  いいなぁ、小坂さんなんてきっと舞い上がってるんだろうなぁ。あの深見君の私服を見ちゃったって頬を真っ赤にして嬉しそうにしているかもしれない。ちょっと間近で見かれて余計に楽しいに違いない。  カーテンの隙間から、キャラメル色の髪がどんどん遠ざかっていくのを見送った。 「……バイバイ」  ぽつりと呟くと寂しかった。 ――見舞いに来てくれたのに、顔出せなくてごめん。一週間インフルで自宅待機だけど、それ終わったら、部活にも顔出せるからさ。それと。  益田にメールを送った。見舞いに来てくれてありがとうって、それと、青君のことを伝えておいた。ちょっと喧嘩をしたんだって。本当は喧嘩なんてしてないけれど、嘘だけれど、そうとしかいえないから、喧嘩してて顔を合わせたくないから、申し訳ないんだけどって、そこまででとりあえず切って送ると、益田がすぐに返信をくれた。 ――了解。まぁ、そのうち仲直りできるだろ。わかった。  ごめん、青君、益田。嘘ついた。でも、男同士だから言えないんだ。男の俺が、男の青君を好きになるって、きっと、こういうことなんだろうって、そう思うと、またひとつ、どうしても溜め息が零れてしまった。  俺の高校二年から三年になる春休みはそんな感じで、地味で、引き篭もりで、とくに楽しいこともなく、桜が咲き始めたことをテレビで眺めて終わった。  そして、俺の片想いもそこで終わるはずだった。 「いってきまぁす」  新学期、三年生、青君からのメールは来てるのかどうかわからない。スマホはずっと電源を再びオフにしていて、やりとりは家のパソコンでのみ。一番連絡をよくとる益田は事情を知っているから、そっちに顔を出してくれたし、部活で会うからあまり不便だとは思わなくて、けっこういけるものなんだなって新発見をしてみたり。  空を見上げると、綺麗は水色が広がっている。新学期を迎えるのに絶好のお天気だった。

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