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第18話 桜、舞う

「おーい! 充!」  インフルで数日早く春休みには入ったけれど、でも、たった数日。しかも部活で学校には来ていた。それでも、新学期、高校三年生初日、自分と同じ制服がこんなにいるのを見て、ものすごく久しぶりに学校へ来た気がする。  今年は暖かくなるのが遅かったみたいで、テレビでも桜の開花はいつなんだろうって毎日予想の日にちが引き伸ばされていた。  おかげで、地球温暖化にもかかわらず、新学期やら入学式があっちこっちで行われるこのシーズンにこの辺りでは桜が満開になった。  うちの実家でも桜色の和菓子が店頭にたくさん並んでいて、これを青君が見たら目を輝かせるのかなぁ、なんて、ほんの少し思ってみたりして。  俺の片想いは少しずつ小さくなっている、のだと、思う。というか、思いたい。会ってもいない、顔も声も聞いていないのに、想いが膨らんでるんじゃ大変だ。これから学校が始まってイヤでも顔を見ることはあるだろうし、その名前を聞くことだってある。それなのに、会ってなくても気持ちばかりが膨らんでいたら、これからどうしたらいいんだ、ってなるから、小さく掠れていてくれないと本当に困る。 「益田、ま、ま……あ! 俺、今度、B組だって! 充はぁ……あ! Cだ! 隣かっ!」 「へー」 「寂しいか」 「よかった」  悪態をつくと、益田が大きな声で怒ったフリをしてじゃれつこうとする。新学期早々元気な益田は隣のクラスか。少し寂しい気もするけれど、これだけ声が大きいから教室が隣だろうが関係なく声が聞こえてきそうな気がした。 「Cって、他には……誰がいるんだろ」 「あ……おいっ! 充っ」 「んー?」  益田がしまったって顔をしていた。そして、俺は、その直後、益田がなんでそんな表情になったのかがわかって、胸のところ、心臓がぎゅっと縮こまるのを感じた。 「……みっ」  青君がいた。 「あ……」  そりゃ、いるだろ。だって、クラス替えが発表されてる掲示板の前なんだから、誰もが、自分は次、高校最後をどこのクラスですごすんだろうって、背伸びをして首を左右にせわしなく振りながら、自分の名前を探している。 「あお、く」  嘘みたいな偶然。まるで、神様がインフルだけじゃ足らず、俺に更なる嫌がらせをしているみたいに。  青君もC組、だって。 「ごめん、みっちゃん」  そう青君が謝ったのが聞こえた。 「へ? え? はい?」  いきなり手首が驚くほど熱くなった。ジンワリじゃなくて、バチバチって火花がそこで散ったみたいに痛みに近いくらい熱くなって、びっくりして、そして、頬に風を感じた。 「……え?」  目の前には紺色のブレザーとキャラメル色の髪。  俺の視界の端の景色はどんどん流れていく。そして、熱くなった手首は、青君の手に捕まえられていた。  歩いてる? 違う、すごい早歩きで、青君に手を引っ張られながらどこかに向かっている。 「あ、青君っ?」 「……」 「青君っ!」  何も答えてくれなかった。ただ、名前を呼ぶ度に、青君の掌が俺の手首をぎゅっと強く握り締める。まるで逃げてしまうのを阻止するように、何度も強く捕まられて、そこで熱せられた血が俺の心臓にまで到達して、全身を駆け巡ってるんだ。  だから、こんなにドキドキして、鼓動がありえないくらいに早くて、どうしようって言葉が暴れているんだ。 「あ、青、君?」  連れて来られたのは学校の校庭の端、桜がぐるっとグラウンドを囲うように並んでいるんだけれど、その隅っこのところで、ちょうど皆が集まっている校舎からは死角になっていそうな、体育倉庫の脇。  桜が満開だった。 「青……」 「……」  青君が手を掴んだまま振り返ると、桜が一瞬で風に舞ったような気がした。青君の周りが桜色に染まって、キャラメル色がすごく綺麗で柔らかくて、どうしよう。 「あの」  久しぶりにこうして近くで見る青君はダメだった。心臓がもう限界っぽい。胸のところで消えてきたかもなんて思っていた「好き」が笑ってしまうほど大きく飛び跳ねて、ものすごい速さで身体の内側を駆け回って、息ができない。  どうしよう、青君、俺、全然。 「みっちゃん……」  全然、青君のことが。 「ずっと、あの……ずっと、前から、俺、みっちゃんのことが好き、です」  好きだ。 「…………え?」  桜の花びらと、キャラメル色の髪が風に揺れて、すごく、見てるだけでドキドキする。 「ずっと好きだったんだ。あの、色々、言いたいことがあるんだけどさ。その、あのお饅頭とか、あ、あれ、すっごい美味しかった。おばさんが作ったのかと思ったんだ。でも、小坂さんが、みっちゃんの手作りって言ってて、マジで? って、そのかなり嬉しかった。あ、ごちそうさまです」  どういたしまして。お粗末さまでした。 「あと、マフラーあれ、ごめん、あの時さ、俺、小坂さんのことを誤解してて、その、それもあって、お饅頭誰が作ったのわかったっていうか。なのにみっちゃん会えないし、音信不通だし。でも、クラス一緒になったから」  あぁ、そうだ。高校最後のクラスはC組で、青君もC組で、俺は神様が嫌がらせをしたんだって思った。 「俺、すっごい嬉しくてさ。神様が応援してくれてるのかもって、さっき思って、そんで、あ、えっと、だからさ、今しか言う機会ってないんじゃないかって」  インフルも、幼馴染で男の青君を好きになったことも、その青君と一年間同じクラスで顔も見ちゃうし、声もばっちり聞こえちゃう環境で、それでもこの片想いを消去しないといけないことも。 「本当にっ……マジで、ずっと好きでした。……付き合ってください」  ひとつ、呼吸を置いて、胸に桜が舞う風を吸い込んで、真っ直ぐに俺を見つめてくれる。いつも朗らかな青君が真っ直ぐ、唇を引き締めて、眼差しに強い光を宿して、静かで低い声はとてもカッコよくて。  凛々しい青君に心臓だけじゃない、指先も髪の先も、全部、まるごと全部でドキドキしてる。 「一刀両断にしてくれてかまわないから、返事、ほしいんだ」 「……ぁ」 「みっちゃんのことが、俺は、好きです」  告げられた言葉は形がないのに、すごくたしかに触れることもできそうなくらいにしっかり胸に響く。青空みたいに澄んだ綺麗な水色が胸に広がる。 「はい。俺も、青君のこと、好き、です」  そう返事をしたら瞳を輝かせる青君の胸に、俺の告白は何色で届いたんだろう。青君の頬が綺麗に色づいたのと同じ、すごく柔らかい桜色だったらいいなぁって、思ったんだ。

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