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第19話 絶叫は青空に、告白は言葉に

 言葉って見えなくて、手で掴むことはできない。だから胸のうちだけに仕舞っているうちはその言葉はまだ消すことも、なかったことにすることもできる。でも、口にしてしまったら、もう、その瞬間から、見えないはずの言葉が形を持つ。そして、色を、体温を持って、そこにある気がする。  俺の中にある、この言葉も、青空へ、俺の中から外へと広がって、告白っていう形に変わる。 「はい。俺も、青君のこと、好き、です」 「………………っええええええ?」  俺の告白から遅れること数秒、澄み切った青い、青い空に青君の絶叫がこだました。 「ちょ、青君! 静かに!」 「だだだ、だって! 今! 今さっ!」  クラス替えの掲示板のあたりを少し覗き込んでみたら、もうほとんど人はいなくなっていた。益田もきっと自分のクラスへと向かったんだと思う。今朝は新しいクラスに行って、そのすぐあとに担任が来て、一発目のホームルーム。その後、体育館に行き、始業式ってことになっているはずだから、つまり、俺らは絶賛サボり中だ。 「今! みっちゃん!」 「うん」 「みっちゃん! 俺のこと! 好きって、言った? 言ったよね? え、あ、お」  何その、最後の「えあお」って。  あまりに慌ててるのが楽しくて、真っ赤になってびっくりしている青君が可愛くて笑ってしまった。そして、笑っている俺を見て、さっきまで肩に力を入れていた青君がガクッと、肩関節外れた? ってくらいに力を抜いて、その場にしゃがみこんでしまった。 「青君?」  だから、俺も一緒になってその場にしゃがみこむ。頭を抱えて、地面に向かって溜め息をこぼしたのが、同じようにかがんだせいでよく聞こえた。  ふたりで背を低くして、背中丸めて、まるでかくれんぼをしているかのように小さくなる。距離感は何も変わっていないはずなのに、すごく近くに来れた気がした。  AとF、遥か彼方の教室、一般男子高校生と、モテ男子高校生、和菓子と洋菓子、見える場所にいるけれど、手は届かない、そう思っていた。 「嘘、みたいだ」  顔を上げてくれた青君の頬が驚くほど真っ赤で、本人もその自覚があるらしく、骨っぽく大きくなった手で口元を隠してしまう。 「うそ? なんで?」 「だって、みっちゃんが俺のこと、好きって、だって、すっごい避けてたじゃん、俺のこと」 「あれは……」 「なんか、友チョコとか言ったけど、そこには俺の思惑があるわけで」  思惑、っていうか、好きって気持ちがこもったチョコレート。だから、あんなにツヤツヤしていて、いっぺんに食べてしまうのはもったいないほど綺麗だったんだ。あのひとつひとつに青君の想いが詰まってた。  俺、それをすごく大事に食べたよ。 「それをみっちゃんは気がついて、男同士だし、キモってなったのかもしれない。みっちゃんは優しいからそこまでは思わなくても避けたいんだろうなって。そう、思った。それでも、たとえ無理でも、一回も告白せずに諦めたくなかったんだ。ずっと」  俺、青君のこういうところが昔からカッコいいって思ってた。顔だってもちろんカッコいいけれど、骨っばった手のゴツゴツした感じも、大きな口を開けて笑うところも、全部カッコいいんだけれど。俺は無理だって諦めることを諦めず頑張る青君が最高にカッコいいって、小さい頃から思っていた。そんな青君に憧れたし、彼が俺にだけ見せてくれる笑顔とか、あと、本当は泣き虫なのに皆の前では毅然としてるところとか、他にも、いつもドキドキさせられていた。青君が他の子と一緒にいるのを見るとよく拗ねていたのを思い出す。  あれ? そうしたらさ。  俺はいつから、青君のこと好きだったんだろう。 「ずっとみっちゃん一筋だったから。本当に一筋だったから、同じクラスなれて、絶対に神様が背中押してくれたんだって、さっき、勇気を振り絞った」  掌で覆い隠しながらもついた溜め息が、その骨っぽい指の隙間から零れている気がする。溜め息の中に好きって気持ちがたくさん入っていて、なんだかドキドキする。 「ずっと、って、その」 「保育園に一緒に行ってた頃からずっと、だよ。俺の初恋はみっちゃんだし」 「………………っええええええ?」  今度は俺の絶叫が青空にこだまする。 「シーっ! 今、俺ら、サボり中」  や、最初に叫んだの青君だし。 「そうだよ。初恋だった。ねぇ、みっちゃん、覚えてる?」 「?」 「昔、餡子が毎日食べたくて、いいこと思いついたって」  その瞬間、俺たちを過去へタイムスリップさせたいみたいに風がものすごい速さと強さで駆け抜けた。 「男は十八になったら結婚できるんだってって言ってさ、ふたりで十八になった結婚して、お饅頭もケーキも売ってるお菓子屋さんを作ろうって話してたの」  そんなの……覚えてるに決まってる。青君がテレビで結婚できる年齢があることを知って、それを俺に教えてくれて、そしたら十八になったら結婚して、ふたりでお店を合わせてしまおうって話してた。 「あれ、ぶっちゃけるとさ、本気だったんだ、俺。みっちゃんと、本当に結婚したくて、本気の提案、っていうかプロポーズ」  本当にするつもりで、男同士だと理解していながらも、それでも結婚しようって言っていた、なんて。 「だから、高校三年になったら告白しようって思ってた。んで、そのためには俺のこと思いだしてもらわないとって思って、それで、友チョコとか言って渡したんだ」  あの日、バレンタインの日、ニコッと笑って声をかけてくれたのを思い出す。すごくかけ離れた存在になってしまっていた青君がいきなり目の前に現れて、涼しげな笑顔で、俺の大好きなチョコレートをくれた。  俺はびっくりして、あまりちゃんと話せもしなくて、足早に行ってしまう紅茶のシフォンケーキみたいなニットを見送っていた。 「もう、すっごいパニックだった。顔とか笑えるくらいに真っ赤でさ、教室に戻って、島さんにめっちゃ笑われたもん」 「……え?」 「あー、うん、俺の片想いだからって、相談してた」 「あの、子、に?」  俺がヤキモチをやいていたあのクッキング部の女子に? じゃあ、俺がF組に行った時とか、本当は全部知ってたんだ。うわ、それなのに、俺、あの子と青君のことを色々勝手に、それこそ益田並に尾びれ背びれくっつけて妄想しまくってたじゃん。 「え? なんで、みっちゃん、顔、赤いの? も、もしかして、や、き」  青君の言いかけた言葉にもっと頬が熱くなる。そうだよ、めちゃくちゃヤキモチしてましたよ。だって、あの子可愛いだろ。すごく女子っぽくて、人気もありそうだし、それこそ青君とお似合いって誰でも思うほどにぴったり、しっくり来る。 「ないよ、みっちゃん」  心臓が止まるから、急にそんなカッコいい顔とかしないでよ。反則だと思う。 「俺、本当にみっちゃん一筋だったから」 「……」 「本当だよ、みつ」 「!」  だから、心臓が止まるんだって。ホント、救急車呼んでもらうようになるって。  そんな、俺のこと「みつ」なんて言いながら、表情を引き締めて、ただのイケメンじゃなくて、凛々しい青年って感じの雰囲気漂わせたりして。 「って、呼んじゃ、ダメ?」  カッコいいって思ったら、その次の瞬間には甘え上手になってみたり。 「充って呼んでる人も、みっちゃんって呼んでる人もいるでしょ? 俺だけが呼べる呼び方がいいなぁって、だ、ダメ?」 「い、いいけどさ」  でも、俺の心臓がもたないかもしれない。 「ね、みつ、あのさ、こんなだからね」 「え?」 「俺、こんな感じで、みつのこと独り占めしたくてたまらないからね」  拗ねた顔は可愛くて、告白の時はカッコよくてさ。 「全然いいよ」 「あとで重くなっても知らないからね。俺の片想い期間分って相当あるから。かなり、多いからね」 「うん、いいよ?」  だって、きっと俺も同じくらい独り占めしたいって思ってるから。 「全然、いいよ? 青」  そう、誰も呼んでいない、そして、ぐっと馴れ馴れしさの増した呼び方で呼んでみたら、青がその場で倒れてしまいそうなほど、顔を真っ赤にしてフリーズしてた。

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