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第20話 島はアイドル
桜が満開で、ほんの少しでも風が吹くと、ヒラヒラ、キラキラって薄い桜色が空気の中に舞うんだ。大きく広がる青空はどこまでも澄みきっていて、見上げると青色だけれどとても眩しい。
そんな中で告白された。
俺の好きな人が、俺のことを好きだって告白してくれた。
それはまるで夢みたいで、というか、夢なんだと思った。
「みつ、あのさ、この後、皆で仲良くなるきっかけにって、カラオケ、行く? 俺は」
でも、夢じゃなかった。
「みつ?」
「!」
ようやくあったピント、その視界に青の顔が飛び込んできたから、ガタッて飛び上がって、その拍子に机に手が少しだけぶつかった。
「みつ、突き指治ったばっかなんだから、気を付けて」
「あ、う……ん」
青、みつ、お互いのことをそう呼ぶことにした。どっちも友だちが呼ばない言い方に変えたんだ。俺が青君のことを「青」って呼んだら、目を丸くしてから、困ったように眉をひそめて、口元を掌で覆い隠す。ドキドキしてるのはお互い様で、俺だって、青に「みつ」って呼ばれて、心臓飛び出るかと思ったんだ。
キリリと引き締まった表情。告白の時と同じ男前モードに切り替えて、そして、凛とした声で「みつ」なんて呼ばれたら、そんなの「はい」なんて普通に返事ができるわけない。
「カラオケ、行く?」
「あぁ、うん、行く。って、青、行くんでしょ?」
「俺は……」
「はい! ふたりとも参加ねっ」
すごく甘い香りがした。トロピカルフルーツの香り。島さんがこれからカラオケに行くと嬉しそうにリップを塗ってた。たぶん、その香り。
「あ、島さん! 俺とみつは」
「……サボり」
本当に可愛い女子って感じ。毎日、髪型をアレンジしてるんだろうか。最初、青とふたりで校舎を横ぎるのを見た時は、緩くまとめていた。百均ショップで見かけた時はストンと下ろして、真っ直ぐな髪が柔らかく揺れていた。そして、今日はふんわりカールしていて、ちょっと気合が入っている感じ?
「私、誤魔化してあげたのに?」
「んぐっ!」
喉の何かを詰まらせたような返事をしたのは青だった。にやりと笑って、ラインで幹事さんに二名追加を知らせている。
第一回ホームルームと始業式、その両方をサボった俺たちは、どうしようか、このまま帰ってしまおうかって話してた。物陰に隠れながら、桜の木の下でふたりでサボろうと思った瞬間、青のスマホに早く来いって島さんからメッセージが届き、俺らのサボり計画は不要となった。
青の片想いを唯一知っていた子。
青の秘密を、俺の知らなかった青を知っていることを、少しだけ羨ましく思う。そういう意味で少し妬けてしまう俺はさすがに心が狭いんだろうな。
「仕方がない……行こっか」
「青、行きたくなかったのか?」
さっきもちょっと遠慮がちだった。俺は青と一緒に放課後過ごせるのがすごく嬉しかったから、カラオケ行きたいなって思った。でも、青はそうじゃなかった?
「あー……だって、ほら、皆いるじゃん」
キャラメル色の前髪をくしゃっと掌で掻き乱してしまう。
「みつ、とふたりがよかったかなぁって」
顔は手と腕で見えないけれど、その耳が真っ赤だった。そんな青を見て、きっと俺も真っ赤になってる。すごく頬と耳が熱かったから。
「ごめん、なんか、両想いとか信じられなくて、遠慮とかできないっていうか、心の声めっちゃ我慢できずに言ってるっていうか。ごめん、キャパオーバーなんだ」
「嬉しいけど?」
「……」
「そういうの、嬉しいに決まってるじゃん」
ニコって笑ったら、余計に青のキャパをオーバーさせてしまったらしい。小さい声で「鼻血出そう」って言われてしまって、鼻血だなんて言われるとは思わなくて、楽しくて笑っていた。
君の横顔に触れる この月明かりに もしなれたなら
柔らかく青い光で 君の唇へそっと 触れられるのに
知っていたんだ
わかってた
最初に思ったことは「ひょええええええ」だった。
「みっちゃん、深見の歌って初めて聴いたの?」
声は出したくなかった。青の歌声をもっと聴きたくて黙って頷く。
何、これ、めちゃくちゃ反則なんですけど! って、どこかに苦情を言いたいくらいに、歌が上手くて、なんかちょっと涙が出るくらい。今、すごく、すっごく思ったけど、カラオケ来てよかった。呼んでくれてありがとう島さん、って、やっぱり心の中で絶叫する。
この歌、すごく好きなんだ。甘くて切ないラブソングで、すごくカッコいいけど、青が歌うと、なんだろ、泣きそうになる。
あまりに感動しすぎて、それこそキャパオーバーしたのかもしれない。押しのけて、真正面に陣取って、観客気分で聴いていたい。でも、俺は青の隣に座っていて、わけわからないけど、ちょっとそれを悔しいって思ってしまうくらいに、劇的にカッコいい。
それでも、ねぇ 止められなかった
君が好きで
どうしようもない
この手をただ君へと伸ばして
抱き締めたくて仕方がない
カッコよすぎだ。
「下手だったでしょ? なんか、サビんとこ、音がずれた。あはは、ちょっと緊張した」
どこが下手なんだよ! 音ずれたとはわかんないよ! というか、こっちは泣きそうだったよ。
「みつ?」
次は、島さんがはっちゃけて歌ってた。綺麗にカールしていた髪がぴょんぴょんって、リズムにのって飛び跳ねる度に揺れている。可愛い島さんが踊りながら歌ってたら、もう本物のアイドルなんじゃない? って、皆もノリノリで一緒になって会場を盛り上げる係りとなっている。ちょっとしたライブを俺たちは少しのんびりと眺めてる。
青の歌に感動しすぎて、なんか腹立たしくなるくらいにカッコよくて、頭から湯気が出そう。顔、すごく熱くてのぼせそうだ。
「青、すごくカッコよかった」
「えっ! マジで? カッコよかった?」
うん。ものすごく。だから、深くゆっくり、しっかり頷いた。
「うわ……すげ、嬉しい。みつにカッコいいって思ってもらえるの、めちゃくちゃ嬉しい」
「え? 青、すごいモテ男子って言われるの知らないの?」
「は? 俺? しっ、知らない! 俺、別にあれだし」
知らないって、あんなにモテ照るのに? 廃部寸前のクッキング部を大人気の部活にまでしたのに?
「俺、好きな人に好かれたら、それだけでいいって、ずっと思って、た、から」
「!」
「他とか気にしたこともないっていうか、好きな人、しか、見てないっていうか」
それは、つまり、好きな人っていうのは俺のことで。
「あ、あ、ぁ、そう」
「はい、そう、でした」
島さんの可愛い歌声に会場の盛り上がりは最高潮で、こっちの会話なんて皆完全無視だ。掛け声、合いの手、がすごい中、顔面が熱くて仕方ない俺と青はお互いのソフトドリンクをちゅうううって音を立て、一気に半分以上飲み干していた。
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