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第22話 済んじゃってますけど

 青の初恋なんだって。ずっと、俺のこと好きだったんだって。絶対にありえない、消すしかないと思っていた俺の片想いはたったの一日で想定外すぎる展開を迎えてしまって、そんなことまで考えが到達しなかった。 「うおおおおお! 充! お前のC組、すげぇな!」 「益田」 「アイドル島さんに、モテモテ深見、それと、あの子もあいつも、あ、あいつもいて、すげぇ、最強布陣じゃん」  なんだ布陣って。これから何かの試合でも始まるのか? モテ生徒がけっこう集まっているらしいC組を布陣って言っちゃうあたりが、本当に益田っぽい。  あぁ、なんか、初めて益田のうるさくてでかい声に懐かしさを感じる。始業式翌日から学校はフル稼働。のんびりと春休み気分でいられたのは昨日まで。今日からは新しい教科書を使って勉強も普通にするし、部活も行われる。  みっちり授業をこなして、放課後、バスケ部の部室に行く途中で益田に遭遇した。今までは同じクラスだから、隣でぎゃいぎゃい騒がくて、あぁ賑やか、って溜め息だったけど、ないとそれはそれで味気ない。廊下に響き渡るこの声に「そうそうこれこれ」なんて思ってしまう。  益田、って、バカそう、っていうか、バカだけどさ、でも、たしか、一年の時に彼女いたよな。 「な、なんだよ、そんなに俺のこと見つめて」 そしたら―― 「あーっ! もしかして青海苔くっついてるか? うわ! すげ、恥ずかしい!」 「アホ」  そしたら、キス、したことあるのかなぁって、その唇を見つめてたら、アホ益田がお昼休みに食べたらしいポテトチップスの青海苔の心配をして、一生懸命に手の甲で口元を擦っている。その手の甲、どっかに擦り付けるなよなって注意深く、益田の右手を凝視していた。 「はぁ」 「なんだ? 新しいクラス馴染めないのか?」  益田は初キスが済んでても、済んでなくても、どっちにしても相談相手には選ばないほうがいいよな。っていうか、参考にならない気がする。 「馴染んでるよ、ちゃんと」 「んなっ! 馴染んでるのかよ! あの最強布陣のC組に!」  馴染んでほしいのか、馴染まず孤立していてほしいのかどっちなんだよ。 「はぁ、ほら、部活行くぞ、益田」 「ほーい」  呑気な益田に苦笑いを溢して、久しぶりの部活へと急いだ。  青はさ、初キス、って、きっとまだ……だと思ってるよね。 「……っしんど」  久しぶりの部活に体はゼーハー息切れがハンパじゃなくて、心臓が瀕死状態だ。太腿限界、ふくらはぎも、腕も疲労がすごい。手を膝に置いて少し休憩、なんて程度じゃどうにもならないくらい体がなまってた。 「っ、はぁっ」  呼吸がしにくくなるくらいに体の中がせわしなく稼動してる感じ。  青の初恋、つまりは俺の片想いが実ったってことだけでいっぱいいっぱいだったけど、もうすでにキスしてたっていうのを、どうしようかって考える余裕もないくらい、体の疲れがすごかった。  奪っちゃったんですけど。青の初キス。  それ、言ったら残念がるかなぁって。いや、でも、もうこの前のホワイトデーに済ませてしまいましたって言わないとダメだろ。でも、言ったら、絶対にガビンってなるでしょ。だって、俺、覚えてるし――。 『見て見て! みっちゃん! ちゅうしてる!』  保育園も年長になると恋愛としての「好き」を自覚とかしたりしてた。ちゅう、とか、結婚とか、もうその前の四歳児の頃には幼いながらも皆してみたり、してみたいと思ってみたり。  そんな年頃に、俺と青が絵本を読んでて見つけたキスシーン。犬同士がスパゲティの麺一本を辿ってそのままキスする絵を見て、青が頬を染めてた。 『あのね! あのね! ふぁーすとキスは特別なんだって! テレビドラマで言ってた! すごく大事なんだって! だから、大事にしとけよ、って、なんか男の人が言ってたんだ! 俺も! すっごく、そう思う!』  ファーストキスは大事にしろよ、キラッ! って、どんなドラマを見てたんだ。五歳にして。そして、そのドラマはいつのなんだよ。そんな台詞のある話ってさ。  でも、ファーストキスについて語る青はなんかキラキラして眩しくて、直視できなかったのを覚えてる。ってことは、もうあの頃にはそういう意味で少しでも俺は意識してたのかもしれない。 「おーい! みつううう!」 「!」  声が上から降り注いできたから見上げれば、そこに青と、島さん、あと数名を発見してぎょっとした。 「す、すげぇ、最強布陣がっ! ま、眩しいいい」 「アホ」  益田が目をキラキラ輝かせてるのを横目で見ながら、このくらい能天気になりたいってわりと本気で思っていた。  部活後、着替えが終わるのを青が待っていてくれた。家同士は歩いて数歩のところ、一緒に帰らないほうが不自然なくらい、今は、普通に一緒に帰っている。 「部活、見に来るとか、びっくりした」  まさかバスケしてるところを見られるなんて思わなかった。見るにしても、俺の体力がもう少し戻ってからにしてもらえるとありがたかったんだけど。見学っていっても、青もクッキング部の活動を終えてから来たから、たったの三十分くらいだったけれど、それでも、もう体力限界だった俺は良いとこを見せたくて。でも見せる余裕がなくて。 「島さんが行こうって、はい、これ、今日の一品」  掌にポンって渡されたのは、桜餅だった。 「えぇ……」 「アハハ、大丈夫だよ。みつの好きな洋菓子だから。中身クリーム」 「あ、いただきます」 「げんきんだなぁ。どうぞ召し上がれ」  仕方ないじゃん。本当に餡子は苦手なんだから。 「そんなに好きじゃないくせに、よくお饅頭作れたよね」 「あれは……」 「味見しんどかったでしょ」  そんなこと思わなかった。何度も何度も味見して、甘く煮た小豆の香りに包まれてたけれど。 「青に美味しいって言ってもらいたかったから」 「!」  ぼそっと、あの時のことを暴露する。なんか、こうして振り返ってみれば、絶対にあれは好きな相手に作ってる感じだったなって、思うと、顔が熱くなるけど。でも、青もちょっと驚いてから頬を染めてる。 「もぉ……みつ、そういうのを突然言われると、心の準備が」 「は? 何? 何が?」 「そんな顔して、俺に美味しいって言ってもらいたかったとか、可愛くて、困ります」 「!」  心臓が少しずつ、賑やかに動き出す。   「な、なんでだよっ! 別に俺は普通に! それに! 可愛くなんかっ」 「みつは、可愛いし、綺麗だし、バスケしてるとこ、カッコいいし」  益田いわく、最強布陣の中心メンバーのくせに何言ってんだ。青のほうがよっぽどその全部に当てはまってる。 「……そんなのっ」 「みつのほうが断然、だよ、俺にとって」 「……」  心臓が破裂しそうだ。帰り道、夜空は俺たちの頭の上だけじゃなくて、青の瞳の中にも広がっていて、目が離せない。 「ぁ……ぉ……」  綺麗でカッコいい青にドキッとして、心臓が止まる。これって、さ。 「……」  見つめ合ったまま、全部止まる、この、これって、きっと、キスのタイミングだ。 「……ぁ」  今、言う? このキスのタイミングで、実はあのホワイトデーの日に青のファーストキスは、って、言う? 今? ここで? でも、言わないと、それこそすれ違うというか、言うタイミングがなくなるというか。 「っ」  どうしよう。 「みつ……ぁ、ほ、ほら、早く食べなよ! じゃないと、家着いちゃうよっ」  でも! って、気持ちが一歩前に出る感じに、告白しょうと思ったのと同時、青の声に、全部がまた普通に動き始めた。

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