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第23話 初心者同士、はじめてばかり

 あれ、昨日のあれはキスのタイミングだった、と思う。わからないけど、夜道で、ふたりっきりで見つめ合って、時が止まる――っていうのは、キスのタイミングじゃないのだろうか。  でも、しなかった。  早く言わないとって思うんだ。きっと、ファーストキスだから、青は色々考えてると思うから。青ってさ、今では俺よりも背も大きくてカッコいいし、モテキャラだけど、子どもの頃はすぐ転ぶし、すぐ泣いてた。男だし、ナヨナヨしているわけじゃないんだけど、なんていうんだろう……乙女? なところがあるというか。レースいっぱいピンクいっぱいな乙女じゃなくて、和菓子が好きだからなのか、純和風、古風、な乙女。  たぶん、そういうところも女子人気が高い理由だと思う。男子臭さがない。ごつすぎない。けど、ナルシストなビジュアル系でもなく、柔らか男子、みたいな。まさに餡子みたいな。  って、自分で、何を言っているのかわからなくなるけど、でも、餡子みたい。生クリームでもチョコレートでもなく、上品に甘く柔らかな餡子。  餡子で乙女な青はきっと、ファーストキスをすごく大事にしている。  だからこそ、俺ももう済んじゃったって言えないわけだし。  でも、もし、もう済んじゃったって言ったら、すごく残念がるだろうけど、もっと身構えずにしてくれるだろうか。  キスを。  もっと、昨日のあのタイミングでも、あとは、調理室でふたりっきりでご飯食べてる時とか、部活の帰りとか、これからだったら屋上なんていう場所もあるし。一番大事なファーストキスが済んでいるのなら、セカンドもサードも何もなく、普通に、触れ合えるのかな。 「っ!」  って、なんか、すごくキスがしたいみたいになってないか? 俺。あのタイミングでも、このタイミングでもできるかもしれないって。そんな、いつでも是非みたいに。  青にしてみたら大事なファーストキスがあっという間に、知らないうちに終わっていたんだ。しょんぼりするだろ。 「……うーん」 「そんなに難しい問題を解いてるのか? 宇野」 「!」  思わず口から出た声を、先生がにっこり笑顔で拾い上げていた。 「まだ春休みぼけかぁ? 三年は受験に就職、忙しいぞぉ、春休みは終わりだ、切り替えろぉ。ということで、宇野、問四の答えは?」  そして、俺も苦笑いを溢しながら、慌てて問四に齧りついた。 「宇野君、思いっきり、先生の視線気がついてないんだもん」 「あー、あはは」  知らなかった。頭の中は青のことで、というか、ファーストキスのことでいっぱいだった。 「何か悩み事?」  島さんが俺の机に頬杖ついて首をかしげて、まるでアイドルのスナップ写真みたいに笑っている。きっと、彼女は恋愛とか上級者なんだろうな。ファーストキスなんて、もう済んで……。 「あの、島さんって、好きな人、いる?」  青はそうじゃなくても、島さんはそうかもしれない。彼女は青のことを好きかもしれない。今、ふと、そう思って、訊いてしまった。ちょうど青は調理部のことで他のクラスに行っていていないから。青がいない時のほうがいいかなって、島さんにとっても、俺にとっても。 「いたよ」  すごく人気の女子とまさかの至近距離はかなり落ち着かない。 「!」  心臓がきゅっと縮まった。 「私も好きだったの。宇野君よりももっと前から、好きだった」  そして、喉のところが急に狭くなって、呼吸が詰まる。 「でも、それを言うよりも早く、気がついちゃったけど」 「……え?」 「だって、深見の視線はずっとひとりのことしか追いかけてなかったから。わかっちゃうよ」  きゅっと縮こまった心臓が、今度は忙しく動き始めた。そして、チョコも蜂蜜も何も口のはしていないのに、喉奥に急に甘いお菓子を食べたみたいな甘さが広がる感じ。 「だから、そうそうに諦めました。深入りして、しんどくなるより、早めに切り替えようって」 「そんなこと、できるの?」 「しないと。ずっと片想いはイヤだもん」  俺は……それ、できなかった。同じ男だから絶対に無理なのもわかっていて、どうにもならないんだから好きにならないほうがいいって思ったけど、でも、会えば、顔を見れば、どんどん好きになっていって、止まらなかった。 「でも、しんどくても片想いを続けられる、ほどには好きになってなかった私は応援したくなるじゃない? 深見の片想いを」 「……」 「だから、そのことで相談乗るよ? 何か、あった?」  すごいなぁって思ってしまった。島さんって、なんか、同じ歳なのにすごいなぁって。 「あー、あのさ」 「うん」 「あ、えっと……その」  ファーストキスをすでにもらってしまったのですが、奪われたほうはそうとも知らず、そのタイミングをきっとすごく大事にしていて、どうしたものかと。言うべきとは思うけれど、でも、言うにしても、どうしたらいいのか。突然、それを言うのも時期早々かと、悩んでおります、みたいな。 「ご、ごめん、あの、こんな悩みで」 「えー? なんで? そんなことないよ? うーん、そういう、青君は気にする、かもねぇ」 「や、やっぱりっ?」  やっぱりするか。そうだろうな。純和風で古風な乙女なところがある青はそういうの気にすると思う。 「でも、そしたらさ、その、済んじゃってますって告白もロマンチックなところですればいいんじゃない?」 「……へ?」  世界一、可愛いねずみがいる場所、あそこの雰囲気の中でならどんな告白だってきっとできてしまう。今がちょうど四月。たぶん、すごく混むだろうけど、きっと混んでたって、待ち時間だって楽しいはずだから、一日遊んではしゃいでいるうちに、身構えることなく言えて、身構える必要もないほど普通に、できちゃうんじゃない? キス。 「なるほど」  また頬杖をつきながら首を傾げてアイドルみたいに微笑む島さんのアドバイスに、大きく頷いていた。 「でも、なんか、男ふたりで行くっていうのは……」 「えぇ? 別にいいんじゃない? そんなカップルけっこういるよ?」 「や、だからこそっていうか」  絶対に緊張するだろう。島さんほどの恋愛上級者になれば別なんだろうけど、俺も青も初心者だから、お互いにどうしようってぎこちなくなってしまうと思うんだ。それこそ、ねずみさん可愛いなんて言っている余裕なんてきっとない。 「そっかぁ……でも、皆で行ってもビミョーじゃない?」 「うーん」  たしかに、告白したいことがあるのに、皆で行ったら全然ダメだよな。言うタイミングどころかそんな場面もなくなってしまう。  困った。きっと島さんや、能天気な益田だったり、しっかり者の小坂さんだったらそう困ることじゃないのかもしれないけれど、幼馴染で、小さい頃からよく知っていて、知りすぎるくらい知っていて、でも、疎遠になった分知らないところもある、そして同じ男で恋愛初心者同士じゃ、こんな感じに困ってしまう。  それでも、やっぱり青が好きだし、この恋を大切にしたいって思うんだ。

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