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第24話 古風な彼氏
――皆で行ったら、それこそ言い出せないから、やっぱり、普通に言うしかないのかもね。
普通にって、そこが難しいから困ってるんです。って、思って、また頭を抱えて、それでも、あの時のキスを俺は俺で大事にしていて、あの時、衝動的に体が動いたことは後悔してなかったりする。青に持っていた、自分でも知らなかった「好き」っていう気持ちをあの瞬間、しっかり知ることができたからこそ、今、こうして青の隣にいられるって思うから、だから、どんなに困っても、どんなに悩んでも、あの時のファーストキスは俺にとっては宝物なんだ。
「今日はごめん。みつの好きなお菓子じゃなくて、お土産がない」
「アハハ、いいよ。っていうか、俺へのお菓子作る部みたいになったら困る」
普通にって、たとえば、今、とか?
部活の帰り道、青が当たり前みたいに待っていてくれた。文系部になるんだろうか。青の所属しているクッキング部は運動部であるバスケよりも終わるのが三十分くらい早い。校舎は見回りがあるから先に締まるんだって。
そして、俺が部活を終えて帰ろうと思ったら、下駄箱のすぐ隣に青がひとりで立っていた。キョロキョロすることなく、真っ直ぐ、真正面にあるグラウンドを見つめる横顔は凛々しくて、ドキドキした。このカッコいい横顔をしている幼馴染が俺のことを待っていてくれているって、ただそれだけのことにさえ、こんなに嬉しくなれる。
「島さんとすごい仲良くなったんだね」
「えっ! ぁ、島、さん?」
「……うん」
どうして、自分が青のことをこんなに好きだってことに、今まで気がつかなかったんだろうと、思ってしまうくらい。今は、好きだなぁって、思う瞬間がたくさんある。
すごく好きだなって。もっと近くに行きたいなぁって。
だから早く打ち明けようと思う。
「島さんって、話やすいから、かな」
「……ふーん」
さりげなく、話の展開をそっちに持って行きたい。
「かっ! 可愛いよな! 島さん」
「……そう、かな。俺は同じクラスで同じ部活だったから、あんまりそんなふうに思ったことないけど」
「益田とか、なんか可愛すぎて眩しいって言ってた。島さんってモテるんだろうな」
「……どうだろ、わかんない」
恋愛上級者っぽいよな。だから、ファーストキスも済んでるんだろなぁ。そうだ、俺らも実は済んでます――っていうのは苦しいだろうか。でも、どこかで話を切り出すタイミングを作り出さないと。
「でも、同じクラスにいたら、ほら、彼氏とかいたとかも」
「知りたいの? 島さんの彼氏」
「いや、別に、そうじゃなくて」
彼氏が誰とか、いるとかいないとかはどうでもいいんだけれど、ただ、その彼氏としたファーストキスを。
「島さんの彼氏は」
「えっ! いるの?」
びっくりしてしまった。そんなことさっきは一言も言ってなかったから。
「……島さん、そのこと、みつに言ってないの?」
ブンブンと首を横に振ってしまった。大学生の彼氏がいて、卒業したら、その人の行っている大学に自分も行きたいと青には話していたらしい。俺はそんなの知らなくて、聞き返してしまった。そのせいで、ドンドン、本来したかった話題から遠ざかって行く。
「へ、へぇ」
気がつけば、ファーストキスどころか、俺たちよりも遥か先へと進んでいる島さんの恋愛事情を詳しく説明されている。かなり遠くに来てしまった。どうしよう。困った。
ファーストキスの話をしたいだけなのに、どうやったらその単語を引っ張り出せるのか、この大人な恋愛話から引き戻せる方法がわからなくて、青の話があまり頭に入ってこない。
「みつ?」
「はいっ! ぁ、何?」
「……」
目が合った。同棲できたらって考えているらしいと話す青を眺めながら、生返事をしながら、俺はどうしたら「ファーストキス」っていう話題に結び付けられるのかなって考えてた。
「……」
名前を呼ばれて、ハッとした俺を青がじっと見つめている。
「……ぁ」
青って、呼ぼうと思った。あまりにも俺を見つめる青の視線が真っ直ぐすぎて、何も話さないのも気になって、名前を呼びかけて、でもぐっと喉奥に押し戻した。だって、たぶん、これはキスするタイミングだと思ったから。
キスだって、きゅっと唇が勝手に身構えてしまう。期待で胸のところがせわしない。
「……なんでもない。今度は、みつの好きなお菓子作るね」
「……」
でも、ニコッと笑う青に、期待が、失敗したシュークリームの生地にみたい萎んで。
「……うん」
少しだけ、青の古風な笑顔に、「今欲しいのは、お菓子じゃない」って欲張りでバチ辺りなことを考えてしまった。
青は古風だし、俺もそんなに会話が上手なほうじゃない。基本、益田や小坂さんが周りで賑やかにしてるのを「はいはい」って、眺めてる感じのスタンスだった。子どもの頃だって、青がいっぱい俺に話しかけてくれてるのを嬉しくなりながら返事してたんだし。
タイミングは掴めないままだ。
もう何度ももどかしい気持ちを抱えながら、一緒に登下校を繰り返している。あまりにただ一緒に歩いているだけの日々が続いているから、いつの間にか、うちのお母さんにもばれてしまった「幼馴染」の復活に苦笑いしてしまったくらい。だって、本当にただの幼馴染みたいに、一緒に帰るだけで、何もない。そして、自分の部屋に着いた途端に溜め息が溢れる毎日。
これじゃ、ダメだ、って思った。
「島さん!」
「わっ! ぁ、宇野君? びっくりした」
このままじゃ、なんか、進展するのはとても困難な気がした。
「行こう」
「……へ?」
教室で女子と楽しそうにしているところをイノシシのごとく直進で突っ込んで、割り込んで。こんなふうに青にも突撃できたらいいんだけれど、そこは身構えてしまう。きっと好きだからなんだと思う。好きだから進みたい、でも、好きだから、躊躇してしまう。
「皆で」
島さんも、他の女子も仰け反るように俺を見上げながら、びっくりして、元から大きな瞳をもっと真ん丸にしている。
「世界一可愛いねずみに会いに行こう」
「え?」
「連休に」
「えぇ?」
だって、そうでもしないと、古風な青をぎゅっとできるほどの近くにまで突進していくことはできない気がしたんだ。
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