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第25話 いざ!

 五月、キラキラ輝くゴールデンウイークで、晴天で、もうレジャーには最高だっていう日。 「とりあえず、着いたら、これとこれ、乗るでしょ!」 「あ、あと、これ食べたい!」 「あれは? 今限定のスイーツなかったっけ?」  俺と青はクラスの皆で世界一可愛いねずみに会いに行くこととなった。  先頭を歩く島さんを含む女子が今日一日の予定をものすごく楽しそうに話し合っていて、その後ろを男子がちらほら話をしながら歩いてる。  俺と青は最後尾を静かに一言も会話をせずに歩いていた。 「……」  先頭との温度差がすごい。というか、ここ最近、青があまりしゃべらない。一緒に帰るし、朝もうちの前で待っていてくれる。ふたりでいる時間の量はすごく増えたけれど、口数は二年の頃のほうが断然多かった。でも、それに違和感を感じるのは俺だけらしい。青の無口というか、少しだけ三日月形になるのを忘れてる口元に誰も気がついてない。 ――そう? そんなことないと思うけど?  以前、青のことを好きになりかけたけれど、今は大学生の彼氏がいる、大人っぽい恋愛をしている島さんですら、青の微妙な変化に気がついていなかった。でも、俺にとってはすごく違和感がある。話しかけると朗らかなのは変わらない。優しく、低い声もそのまま、いつもどおり。でも、ひととおり会話が終わると、また三日月形じゃなくなってしまう唇。  怒ってる?  そう訊かれるのってあまり気分の良いものじゃないだろうけど、でも、そう訊きたくなるくらいに、青の唇は真一文字になったままだ。  せっかく連休で遊びに行くのに、真っ直ぐ前を向いたままの青の横顔はカッコよすぎて、口元が笑っていないと話しかえるのを躊躇ってしまう。 「青、皆で行くの、いやだったか?」  そう、もう前に一度訊いたけれど、今更、イヤだと言えないだろうけれど、最終確認したくなる。 「え? ううん。全然、俺、久しぶりだ」 「そうなんだ」 「みつと行ったのが最後かも」  あ、少し、話せそうじゃないか? 「そうなの?」 「うん。だから、楽しみだよ」  本当に? 本当に本当にそうか? ちゃんと楽しみにしている? 前を歩く島さんたちみたいに笑ってはいないけれど、それでも青は行くのを楽しみにしてる? 俺は、青とデートできるって勝手に思ってるからすごく楽しみにしてたけれど。  ただ、男同士、ふたりっきりで行くのはちょっと目立つ気がして、絶対に変に意識してぎこちなくなるだろうから、島さんに手伝ってもらったんだ。 「!」  そう思ったのが先頭にいる島さんに伝わったのか、クルッと振り返った彼女と目が合った。少しだけ、さりげなく微笑んで、たぶん、頑張れって応援してくれていた。そう、ここでファーストキスのことを訊く。それとできたら、なんで最近無口なのか、っていうのも尋ねたいと思っている。 「みつっ!」 「うわっ」  前方に気を取られていた。 「気を付けて、みつ」 「あ……うん……」  びっくりした。前のほうに視線を送っていた俺は足元が見えてなくて、動く歩道が途切れることに気がついてなかった。爪先が引っ掛かって、つっかえて、そのまま転びそうになるのを青の手が助けてくれた。 「……ありがと」  腕を手で掴まれて、ドキドキしている。  骨っぽい間接が俺の腕を掴んでいるって言うだけで、こんなにドキドキしてたら、どうすんだって困るくらい、心臓が飛び跳ねて踊っている。 「みつは子どもの頃もこれ苦手だったよね」 「え?」 「動く歩道」  ニコッと笑ってくれた。  前に親というか、そこまで犬猿ん仲でもないお母さんたちと俺たちだけで一度行ったことがある。その時も、これに乗ることができなくて、タイミングが掴めなくて、あの時は―― 「俺が手を繋いで、一緒に乗ったんだよ。覚えてる?」  覚えてるに決まってる。すごく嬉しかったんだ。ドキドキしていた。これから始まる楽しいことにも、青が一緒に歩いてくれるのも、青が隣で笑ってくれるのも全部が楽しくて、ただ動く歩道なのに、ちょっとはしゃいで親にこっぴどく怒られ、自分で歩けとこっちに乗らせてもらえなかったけれど。 「覚えてる」  皆がいるから、すぐに離れてしまった骨っぽい手。あの時はもっと小さくて、もちろん俺も小さかったけれど、小さなその掌をぎゅっと繋いで、ドキドキワクワクしていたんだ。  現地につくと少し暑いくらいの陽気だった。花が綺麗にディスプレイされた時計塔の前で記念写真を撮って、女子はまだエントランスをくぐっただけなのに、もうすでにおおはしゃぎで、男子もさっきからずっと笑顔のまま。  もう皆、今日一日でここを全て回りきって、堪能しつくしてやるって、ちょっと怖いくらいにやる気をみなぎらせている。 「青は? 青、どこか行きたいところは?」  青はいつもどおり、どこかほんわかしているから、その波に乗り遅れてしまいそうで、チケットを出した場所でもらったパンフレットを慌てて広げて見せた。 「みんなと一緒でいいよ」 「え? でもさ」  だって、子どもの頃にはなかったアトラクションだってたくさんあるし、女子グループが言ってたスイーツだって今のうちに食べておかないと、行列がすごくなりすぎるかもしれない。パレードだって見たいし、それに、これも、青はきっと楽しいと思うし。こっちだって。 「あ、みつ、俺らが子どもの頃はなかったけど、今って、ショップでTシャツとか買って、色違いとか、まんま同じのをペアで着たりするんだね」 「え? あ、あぁ、みたいだね」  古風にもほどがある。というか、現役高校生なのに、高校生の孫でも連れてきたおじいさんのような発言をしている青。俺はそんな青の隣で、すごく派手なキャラクターTシャツを着た一行を眺めていた。 「ここでならいいけど、普通に街中にあの派手Tシャツ、すごい目立つと思うよ、青」 「でも、あれ着たら、島さんとペアルックになるよ、みつ」 「は? なんで、島さん?」  ふわりと、風が通りすぎて、キャラメル色の髪がそれに揺れて、カッコいいなぁ……って、思っている場合じゃない。 「青、ね、島さんたちは?」 「え? 今、そこに……いない」  さっきまで未開の地を開拓でもするかのように意気揚々とパンフレットを広げていた一行が忽然と消えていた。 「いなく、なっちゃった」  あっという間に、それこそ風みたいに音もなく駆け抜けてどこかに行ってしまったクラスメイト。 「青、繋がった?」 「んーん、全然、電話に出ない」 「こっちもだ」  ラインで「どこー?」って送っても既読のマークすら出ない。電話をしても誰も出ない。 「青」 「……困ったね」 「俺ら、はぐれ、た?」  駆け抜けていってしまった一行は本当に風だったのかもしれないと、思えるほど、姿、形、あんなにはしゃいでうるさかった声すらも、もうどこにも見当たらなかった。

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