26 / 123

第26話 言いたいことはたったの、ふたつ

 はぐれてしまった。到着してきっと五分くらいで、すでに俺と青だけが迷子っていうか、一団から外れてしまった。 ――仕方がない。残念だけど、でも探すのも大変だから、このままふたりでブラブラしてるうちにきっと会えるよ。  そう言ったら、青の口元が少しだけきゅっとして、真一文字がきつくなった気がした。  男ふたりでこういう場所は目立つから、緊張してしまって、ぎこちなくなるに決まってる。だから、島さんたちに助けを求めて、一緒に来てもらったのに、着いてすぐに見失ってたら、助けにならない。というか、何で、あの一分二分の間で消えてしまえるのかがわからない。  やっぱり、神様は俺に意地悪な気がする。 「すごい……あっちもこっちも行列だ」 「うん。連休中だからね」 「こんなに人、ヒト、ひと、ばっかりなのに、島さんたちのうちのたったひとりでも見かけないって、それはそれですごいことかも」 「……うん、そうかも、ね」  ほら、やっぱり、意地悪だ。なんで、こんな楽しい場所にいるのに、青のテンションがこんなに下がってるんだ。  わかるんだよ。幼馴染の俺にはわかってしまう。恋愛上級者の島さんですら気がつかなくても、俺にはわかる。 「みつは? 何、乗りたい?」 「あ、えっと、青は?」 「俺は……いいよ、みつが乗りたいのに乗ろうよ」  青が頑張ってテンション高めでいようと頑張っていること。そして、頑張っても、どうしても上がってくれないテンションのせいで、笑顔がぎこちなくなっていること。  わかるよ。俺は幼馴染だから。 「じゃあ、これ」 「はーい、いいよぉ」  本当に? 今、俺は少し意地悪をしたんだぞ? 青はクルクル回るの苦手なのに、こんなコーヒーカップなんて乗ったら、そのあと三十分はきっと再起不能状態になるのに笑ったりなんてして。何を無理してる? 何を我慢している? 「嘘だよ。青、回る系苦手なんだから、こっちのアドベンチャートレインにしよう」 「え? いいのに」 「俺がそっちのがいいんだ」  それとも、男の俺とふたりっきりは楽しくない? 「そう?」  笑顔だけれど、ちゃんとカッコいい笑顔だけれど、このデートにちっとも楽しそうに笑っていないと俺にはわかってしまうんだ。  本当に奇跡のように誰にも会わなかった。どこにいっても行列はものすごい長さで、もうお昼を食べるのすら行列で、ふたりで歩きながら簡単に済ませたけれど、その道中にも、行列の中にも、島さんたちを見つけることはかなわない。そう広くもないはずなのに、こんなに会わずにいれるものなのかと感動してしまうほど、誰ともすれ違わない。 「あ! 青! あの人! さっきも見なかったか?」 「あ、ホントだ。目立つから、一度見たら忘れないね」  俺たちの会話が少しだけ盛り上がったのは、園内で一度すれ違った、ひとりパレートみたいな服装をした男の人に再会した時だけだった。この人には再会できたのに。 「島さんたち、どうしてるかな」 「……さぁ」  もう夕方なのに電話も音信不通で、誰とも合流できずにいる。 「青、お腹空いた?」 「んーん、大丈夫? みつは?」 「俺は、平気」  でも、青は平気じゃない、よ。きっと、そんなふうに笑う時は平気じゃない。  アドベンチャートレインも大賑わいだった。五月の晴天の真下だと長蛇の列はけっこうきつくて、体力を奪えるほどの暑さに感じられた。列の途中で熱中症対策に霧状のシャワーが出ていて、そこでホッとしてしまうくらいには暑いのに、青はへばるどころか「暑いね」の一言も溢さなかった。  いつもの青だったら、絶対に「もう無理、暑い」って、一言くらい愚痴ると思うのに。  その後だって、おかしかった。何をしても、何に乗っても、どんなにパレードを最高に良いポジションで見ても、人ごみに揉みくちゃにされても、ずっと、ずっと同じ笑顔のまま。  もしかして、それお面なんじゃないのか?  そう思ってしまうほど、笑顔がずっと変わらない。  知ってるんだ。青はすごくカッコよくて、誰よりも整った顔をしているけれど、誰よりも表情豊かだって俺は知っている。途中、空白期間はあるけれど、俺がよく知っている子どもの青と、高校生の青は全然変わっていなかった。  笑って、怒って、悲しんで、たくさんの表情があって、それは空みたいにクルクルと変わるけれど、全部とても魅力的なのに。  ずっと青い空と白い雲、なんてものは存在しない。それはお絵描きの空だ。今の、青の笑顔はそんな空みたい。触っても絵の具の感触さえない、ぺらぺらした薄い紙にプリントされた一枚の絵。 「そろそろ、帰らないと、終電なくなっちゃうね」  そう言って、ペラペラの笑顔でスマホの時計を眺めてる青は疲れてないのか? 一日中歩き回って、飯だって歩きながら適当に摘むものばかりだったから、食べたんだか、食べてないんだか、すごく中途半端だったのに。 「きっと、皆も自分たちで時間見て帰るかもね、みつ、どうする?」  青はどうしたかったんだ? 「うん」 「じゃあ、帰ろうか。少し早いけど。あ、もしかしたら、電車で会うかもしれないよね」  疲れてるはずなのに、なんで、朝いち、ここに到着した時と同じ表情なんだ。 「この辺にレストランもファミマもないけど、あ、自販あった。みつ、何か飲む?」 「いらない。平気」  そのペラペラな笑顔はなんなんだ。 「そ? 何か飲みたければ言って? 買ってくる。一日疲れたでしょ」  疲れたのは青も同じだろ。「言って?」って、そう言いたいのはこっちだ。青こそ、何か思うことがあるんだったら言えよ。何? なんで、ずっと、そんな。 「平気……」 「うん」 「……じゃないっ!」  「またのお越しをお待ちしています」って書かれた出口を通り抜けると、急に殺風景で、駅と、だだっ広い敷地には車一台分ずつに区切られた白い線が無数に、本当に数え切れないほど並んでいて、まだ、閉園時間のギリギリまで楽しんでいこうとする人たちの車がけっこうな数残っている。  さっきまではキラキラ輝く店内の明かり、夜はライトアップされているせいか少しロマンチックに感じるオブジェに、景色、人もたくさんいて賑やかで、すごく楽しい空間だったけれど、そこを出たら、少し切なくなるほど寂しくて。 「平気じゃない!」 「みつ?」  青がようやく、目を丸くして驚いた顔をしてくれた。やっと、あのペラペラな笑顔が剥がれた。 「ちっとも平気じゃない! なんだよっ! 何、そんな、無理して笑ってるんだよ!」 「え? ちょ、みつ?」 「ずっと、一日中、何を我慢してるんだよ!」 「みつっ」  夜空になっていた。青い空も、さんさんと輝く太陽も消えて、月も、あるのかないのか、自分たちの住んでる場所じゃないから、どこら辺から月が昇るのかもパッとはわからなくて。 「俺と、こういうとこ来るのやだった? 楽しくなかった? デートとか思ったらダメだった?」 「みつ?」 「……やっぱり、イヤ、だった?」  俯いてしまった。ずっと、ずっと考えないようにしていた。そんなことないって、そういう理由じゃないからって、本当は、何度も何度も胸の中で唱えてた。 「俺と、付き合うの、イヤ……だった?」 「……え?」  ずっと、そうなのかなって思わないようにしてたんだ。ふたりだけの帰り道、誰もいない夜道で、目が合っても、そこから先に何もなくて、ふいっと反らされる瞳に言えないことがふたつあった。  ひとつは「ファーストキス」のこと。もうひとつは―― 「やっぱ、付き合うとか、無理だった?」  男の俺とじゃ、キス、とか、そういうことはしたくない? そんなことは悲しくて、返事が怖くて、訊けなかった。

ともだちにシェアしよう!