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第27話 「キス」の周りをグルグルと

 キスのタイミングはたくさんあった。でも、その全部でフイッと知らないフリをされて、少しずつ不安が膨らんだ。  したくない、のかな――って、そんな不安が米粒くらいに小さく芽生えて、知らないフリをされる度に大きくなって、でも、見ないようにしていた。見たら、それはそこにあることになってしまう。だから、ない、そんなものはないって思うように務めて、他のことに集中していた。 「イヤ、なんだろ……?」  青みたいに古風な乙女なんかじゃない俺はその一回目とか二回目とか、数字で表すキスの形なんて別にどうでもいい。その時に触れた唇のこととか、青がどんな顔をするのか、笑うのかな、照れるのかな、とか。 「やっぱり、男の俺とじゃ、キスとかしたくないって思った?」  そういうほうがよっぽど気になる。 「青は、俺のこと……」  幼馴染で、友だちで、好きだけど、やっぱりそういう好きとは違ってたのか? 「俺は、青が、っ……」  うん、実はそうなんだ、ごめんね、やっぱり女の子のほうがいい――そう言われてしまうかもって怖くて、震えていたって、今、気がついた。  ふわってして、そのあと、ぎゅっとか身体が締め付けられていた。 「……」  青に抱き締められていた。  そして、俺のことをぎゅっと強く抱き締めながら、唇で唇に触れてくれたら気が付いたんだ。、自分が震えていたってその腕の中で初めて知った。  俺、今、青と、キス……してる。  息が苦しくなるほど強い腕の中。でも、息ができないのはそのせいじゃなくて、口が青の口で塞がれているからだ。  唇を少し強めに押し付けられてるせいで、柔らかいとか、気持ち良いとか、感触とかじゃなくて、接触って感じ。キスなのに俺は目をばっちり開けたままだった。  すぐそこ、ほら、瞬きをすると青が気がついて目を薄っすら開けてしまうほどの距離に、青の顔がある。  夜だから、チョコレート色をした瞳がダークブラウンになっている。そこにいっぱい、俺の背後にある、まだ人がたくさんいて賑わっているパークの光が、たくさん、詰まっていて。 「もぉ……みつ……」  すごく綺麗だった。なんて綺麗は瞳なんだろうって、見つめてしまって、キスしている唇が離れる瞬間、もったいないことにボーっとしてしまった。 「なんで、そんなこと言うの?」 「だ、だって」  キャラメル色の髪と同じ色をした眉をぎゅっとひそめて、苦しそうに、せっかく綺麗な光をいっぱい詰め込んだ瞳を伏せてしまう。もっと見たいのに。この距離、近さでなくちゃ見られないのに。 「みつ、こそ、俺とそういうことするのヤなんだと思って、すっごい我慢してたのに」 「え? なんで? 俺?」  なんでそうなるんだよ。びっくりした。予想外すぎる答えに驚いたら、苦しそうに表情を歪めている青が顔を上げてくれて、真っ直ぐに視線がぶつかった。  綺麗なのに、しかめた表情は男っぽくて、すごく、心臓に悪い。俺だって男なのに、男っぽい青を見てドキドキしている。 「付き合った日、覚えてる?」  あの日、一緒にカラオケ行って、帰り道にふたりっきりで、夜空で、誰も他に歩いていなくて、ちょっと雰囲気だって良い感じで。 「キス、したくて、ずっと、タイミングはかってた」  俺は歌がすごく上手くてカッコいい青にドキドキしてたんだ。 「キス、したいって……」  青がそう思ったら、俺はふいっと視線を逸らして、何かに困った顔をした。 「それを見て、あぁ、みつはまだそこまで心の準備ができてないのかなって思った」  子どもの頃から知っていて、幼馴染で、きっと他の友だちよりは近しい存在だけれど、自分が思っているような「好き」とは少し違うのかもしれない。特別は特別だけれど、キスをするのはまだちょっと待ってほしいって思っているのかもしれない。 「だから、あの時、我慢したんだけど、その後もずっとみつの困り顔は変わらなくてさ」  もしかしたら、本当に自分の「好き」とは色も形も違うのかもしれないと、そう思い始めた時、島さんと一緒にいる俺を見た。 「すごく、なんだろう、ズーン、ってしたんだ」  青の口元が力なくて三日月の形になって、笑っているのに悲しそうで、寂しそうで、腕ごと抱き締められている俺は、抱き締め返したくて、手をぎゅっと握り締めた。 「すごく楽しそうでさ、あぁ、もしかしたら、クラス変わって、島さんと親しくなったら、そっちのほうがいいって、島さんが好きかもって、なったのかもしれないって」  あれだ。あの時、俺が青のことを相談していた時だ。  そして、俺はその帰り道に島さんって可愛いよねとか、なんとか、あんまりそこは覚えてないけれど、そこから「ファーストキス」っていう単語に繋がらないだろうかと、あの手この手で会話を頑張っていた。その言葉を引き出せるように、そこに辿り着けるようにって、そんなことばかりに気をとられていて、青がどんな表情でそれを聞いていたのか、ちゃんと見ていなかったかもしれない。  そして、そこから、今日の、このパークに行こうっていう計画に繋がる。それじゃまるで、俺は新しいクラスで急に仲良くなれた、益田っぽく言うのなら、最強布陣メンバーの筆頭にいる島さんと一緒に行きたいから誘ったみたいだ。 「俺より、島さんのほうが」 「ぜっ! 全然っ、違うっ! ごめっ、俺!」  そうじゃない。全然、違うんだ。そうじゃないんだ。 「青のことっ! 好きだよ!」 「……」  少しだけ違うけれど、お互いに同じようなことを考えていた。「キス」って言葉の周りをふたりして対角線上であーでもないこーでもないって考えて、首をかしげて、一歩横にずれると向こう側にいる相手も一歩ずれるみたいに。「キス」の言葉で互いの顔が見えないまま、それでもずっとにらめっこをしていた。 「……ごめん」 「みつ? なんで、謝るの? 俺が勘違いを」 「違うんだ」  すれ違ってた。ちゃんと言わないから、お互いに考えて、迷子になって、変な方向に歩いて行ってしまう。 「ごめん、違うんだ。島さんには、その、色々相談してて」 「俺たちのこと?」  コクンと頷いて、そして、また顔をあげると、今度は青が真っ直ぐに切実な思いを込めて俺を見つめていた。次の言葉を待って、ぎゅっと身構えながら、でも、それが悲しいことじゃないって思いたいって揺れてる瞳。 「ごめん、その……」  そんなに見つめられたら、きっとどんな告白だって、しにくいよ、青。でも、言わないと、また俺たちは迷子になるから。 「その、もう、俺たち、済んでるんだ」 「……ぇ?」 「あ、あれ、ファ、ファースト、キス」 「……えぇっ?」  そう、済んでる。 「え? いつ? 保育園の時? したっけ?」  違う。そんな大昔じゃなくて、もっと最近。首を横に振ると、すごく困った顔をしている。検討がつかないって、必死に思い返して、どれだろうって頭の中のページを慌てて捲っている。 「あれ、ホワイトデーの日、その、寝てる青に……」 「……」  しました。そうボソッと自白する、俺を青が真っ直ぐ見つめて、そして、瞳を輝かせた。今日一日ずっと顔に貼り付けていたペラペラの作り笑いを取っ払ったら、泣きそうに切ない顔、苦しそうな顔、困った顔、それから。 「……そ、そうなの?」 「う、ん。そう、です」 「……なんだ、そっか……そうなんだぁ」  本物の空のようにクルクルと表情を変えて、それから、すごく綺麗な虹のかかる澄み切った青空みたいな笑顔をしてくれた。

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