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第28話 三回目
あの日、本当に体が勝手に動いたんだ。穏かに眠る青の顔見て、その次の瞬間にはもうキスしてた。和菓子みたいに古風で乙女な青は大事にしてるだろうファーストキスが寝てる間に終わってしまっていた。
「よかったぁ」
「…………え?」
ごめんって言おうと思った口がぽかんと開いてしまう。青がすごく嬉しそうに、そしてホッとしたってわかるほど、全身で脱力して笑っている。
「だって、それって、みつは俺とキス、できるってことでしょ?」
「……」
「よかった。俺、みつはそういうのしたくないんだと思ってたから、ホント、すごい悩んだし」
脱力したかと思ったら、今度はしっかりと抱き締められて胸がきゅっとなる。
「それに、すごい、はぁ……」
青の溜め息が耳元で聞こえてくすぐったい。そして、くっつきあっているお互いの部分がすごく温かくなる。
「みつの作ったお饅頭も最高のホワイトデーのお返しだけど、キスはもっと最高すぎるお返しだよ」
しっかり視線が真正面でぶつかるようにって、今度は体を少しだけ離されて、距離は開いたはずなのに動悸は増して、息の仕方も忘れそうだ。光を見つめるみたいに、眩しそうに目を細める青がカッコよくて、また困ってしまう。
「すごく、嬉しいです」
それはよかったです。って、心の中で返事をするけれど、声に出せるほどの余裕がないくらい、青に見惚れてる。ふにゃって笑う青に心臓まるごとぎゅっとされてる。
「そっか……もう、ファーストキス、してたんだ」
「ごめん」
「どうだった?」
「は?」
訊かないでほしい。そんなこと。ふにゃふにゃな笑顔のまま首を傾げて、青の知らない、俺しか知らないファーストキスはどんなものだったのかを尋ねないでほしい。逃げ出して、走り回りたいくらいに顔が熱くなっていくのに、俺を抱き締める腕の中は心地良くて出られそうもなくて、ほら、もっと顔が熱くなる。
「ど、どうって……びっくりした」
「びっくり?」
「衝動的っていうか、思わずキスしたっていうか、その、青がカッコ良すぎて、触ってみたくなったっていうか」
「……なるほど」
なんか、飄々としすぎてないか? 俺は今、ものすごく恥ずかしいのに、どうしてファーストキスを奪われた古風な乙女みたいなはずの青が冷静なんだよ。
「じゃあ、さっきのが二回目、になるんだぁ」
二回目のキスは、衝突、って感じ。
「う、ん」
「ごめん。激突するみたいになっちゃった。俺、ずっと我慢してたから、みつのあんな顔みたら抑えが全部ぶっ飛んじゃって。どっか、痛くしなかった?」
全然、どこも痛くないって答える代わりにフルフルと首を横に振る。すごい至近距離から覗き込む青がどこか余裕っぽくて、逆に俺は何をどうしたらいいのか、急にわからなくて、視線のやり場さえ定まらない。
俺、どんな顔してたんだよ。
そう訊きたいのに、それすらままならないくらい、青にのぼせてる。
「あのさ、みつ」
「?」
「その、もっと、ちゃんと、丁寧にしていい?」
「……」
「もし、してもいい、なら」
そんなの訊くな。今日一日中、今日だけじゃないずっと、ずっと青のことばっかり考えてた。先生にも当てられて慌てるくらい、いつだって青のことしか頭になくて、さっきなんて、本当に悲しかったんだ。青が持っているのは、俺とキスするような「好き」じゃないんだと思った瞬間、雪が掌で解けていくみたいに寂しかった。楽しみしていた雪を手にとってみたら、あっという間に溶けてしまう。持っただけなのに、触れただけなのに、溶けてなくなる白い結晶。
コクンって頷いた。溢れてくる好きとかキスとか、ドキドキとかで言葉がままならないけれど、それでもちゃんと伝わるようにしっかりと頷いた。
「みつ、こっち!」
「っ!」
頷いた俺を見て、青の瞳が輝いた気がした。と、思ったら、急にグンと引っ張られて、そのままこれから向かうはずの駅を通り過ぎて、駐車場も越えて、そして、誰も来ないような街路樹の脇に。
「みつは俺といるより島さんと一緒にいたいのかもって、思って、今日一日、楽しむ余裕とかなくてさ」
知ってる。作り笑い、すごかったから。
「だから、ちっとも満喫できなかった分」
「……」
「観覧車、ここからすごくよく見えるから」
「……ぁ」
青しか見てなかった。観覧車が青、水色、白、涼しげな色にライトアップされていて、とても綺麗だった。さっきまでいたパークの照明よりももっと澄んだ青色が夜空に浮かび上がっている。
「みつ」
今度は目を閉じた。
「……」
そっと、触れる唇。ちょこんって触れて、離れて、目を開けようかと思ったら、また触れて、今度は、少しだけ、啄ばまれてくすぐったい。
「はぁ、みつにキス、できた」
もうしてるけど。
「ごめん、ちょっとだけ、抱き締めていい?」
「なんで、今更、訊くんだよ」
「動揺が隠しきれないです」
「なんっ……」
なんで動揺するんだよって訊こうと思ったけれど、むぎゅって、「ぎゅ」でも「ガシッ」でもなく、むぎゅっと抱き締められたら、青の鼓動がものすごい速さですぐそこに聞こえたからやめた。
今度は俺も抱きて、青の背中をむぎゅっとしながら、肩に思いきり寄りかかる。そしたら、青にも俺の心臓が踊ってるって伝わるかもしれないから。
「……これで、三回」
青の声と、青の鼓動しか聞こえない。
「うん、三回」
この三回目が一番ファーストキスみたいに丁寧で、ゆっくりで、そして甘い気がした。甘党で、小さい頃はおやつの後に笑ってしまうくらいに餡子を口の周りにくっつけていた青だから、キスもこんなに甘いのかもしれない。
「みつ」
三回目のキスは、どこにも酸っぱいところがない、甘い甘いお菓子みたいだ。
「ご、ごちそうさまでした」
「! ちょ、みつっ」
だから、そう挨拶すると、青が真っ赤になって急に困った顔をする。それがおかしくて、今日一番の大笑いをそこでしてしまった。
「もぉ、みつ! 四回目!」
大笑いしながら背中にしがみついてたから、青は四回目のキスが上手くできず、少しむくれていた。
「んー……四回……めぇ」
変な寝言。「めぇ」って、ひつじみたいになってる。
ガタンゴトンって、揺れる電車の中、俺と、俺の肩を枕代わりにして、気持ち良さそうに、幸せそうに眠る青が、外が真っ暗な窓に写っていた。
駅のホームにあった小さなお土産屋で買った袋の下で手を繋ぎながら。
これさ、買ったはいいけど、いつ、着るんだろう。
袋の中にはおそろいの派手派手Tシャツが入っていた。
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