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第29話 初デートで四回目

「うーん……」  俺も青の乙女なのが移ったのかもしれない。まさか、自分がデートに何を着て行こうって迷う日が来るなんて思ってもみなかった。自分の引き出しの前でものすごく迷ったあげく、まさかの靴が気になった。合わない気がして、もう一回着替えてみるとか。だって、絶対に青はカッコいいだろうから。 「みーつー!」  ほら、やっぱり、カッコいい。何、その白いだけのTシャツなのに、カットデザインで勝負してますみたいなのを着こなせちゃうの? 青って、どっかのモデルとかになれるんじゃないのか? ワイドサイズを野暮ったくみせないくせに、身に着けてるものといえば、腕のところのバングルくらい。  自慢じゃないけど、俺が同じものを着て、身に付けて、そんなにカッコよくなれる自信はない。 「みつ、なんか、カッコよくてドキドキする」 「は? 俺?」  コクンと頷く青の頬が古風な乙女色になっていた。 「高校生でカーディガン着こなすって、カッコいいよ」 「……それ、褒めてないから」 「なんでさ」 「ふけてるってことじゃん」 「ちが! そうじゃなくてっ!」  だって、日焼けしないんだから仕方がない。したってヒリヒリと赤くなって終わるだけ。きっと海は日差しが五月だって強いだろうから、日焼け損になるくらいならと薄手のカーディガンを羽織った。これだって、かなり迷ったんだ。 「ひ、避暑地にいるマダムみたいじゃない? 俺」  その、なんていうの? ギリギリ大丈夫になるようにって、色々迷ってたんだけど。 「……っぷ、あははははっ!」 「んな! 笑うなよ!」  だって、って、言ったっきり、笑ったまま。  そんなに笑わなくてもいいだろって思うけど、でも、キャラメル色の髪が五月の明るい日差しに照らされてキラキラ輝いて、今の俺の気分にちょうど合っていたから、むくれるのはやめた。 連休前半、皆で出かけたのとは別に、ちゃんとふたりでデートしようって、これから電車ででかける。三時間くらいかかるけど、でも、ふたりでなら三時間なんてあっという間だ。古都、いいかも! なんて、ふたりで少しだけ背伸びをする感覚でデートコースを決めた。 「でも、カッコいい。マジで、ドキドキしてる。みつの私服」 「それは、俺だって」 「うん。ありがと。俺、今日のためにすっごいコーデ研究したからね。人生初のマジデート」 「!」  キラキラ輝く笑顔は海に反射する陽の光みたいに眩しくて、ワクワクして、そして、ドキドキした。  ふたりで地図片手に古都の石畳を歩くにも、なかなか真っ直ぐに目的地にはいけそうもない混雑振り。さっき通り過ぎたお店はテレビでも紹介されたのか、人がわんさかいて、「古都の石畳」なんて鑑賞できるわけがないほど、人の波に流されるようにしか進めないほどだった。  それでも混雑が全然気にならない。なんか心臓がずっとさっきから踊ってる。だって、隣には青がいて、学校でも近所でも、駅ビルとかでもなく、全然知らない街をぶらぶらしてる。オープンカフェとか、初めて入った。青も初めてで、ふたりして勝手のわからないレストランにキョロキョロしたりして、緊張のあまり喉が渇いてお水のおかわりなんてしちゃったりして。  お茶を済ませて、ブラブラ散歩しながら、次に青が指差したのは前方にある古風な雑貨屋だった。 「やっぱり連休だと人すごいね。あ、みつ、あのお店、入ってもいい?」 「うん」  千代紙みたいな和柄の小物がたくさん並んだ店内は鮮やかで賑やかで可愛い。 「うわ、みつ、これよくない?」 「?」  青が差し出したのはキーホルダーだった。串団子の形をしていて、その三つの団子に青、赤、緑の和柄がプリントされている。和菓子が好きな、乙女な青らしい感じ。 「色違いで付けようよ」  可愛いくせに、カッコよくて、やっぱり俺の心臓はずっと小さく踊っている。俺は青、黄色、水色の三色団子。青は青、赤、緑の団子。  狭い店内で男ふたりは邪魔だろうから、会計を済ませたキーホルダーを持って外に出てた。店の脇で、すぐふたりでそれをキーホルダーとしてくっつけた。初デートの記念を掌の中で見せ合って、笑ってる。 「ふと、思ったけど、あのTシャツ、着てくればよかったかもね」 「たしかに! そしたら迷子にならなかったかも」  ふたりでそう言って笑って、このデートのメインイベントであるお寺へと、また人の中を掻き分けるようにして進んでいく。  お寺が近くなればなるほど、どのお土産屋がぎゅうぎゅうに並んでいる。それだけじゃなくてあっちに行きたい人、こっちに行きたい人が好きに歩いているから、ちょっと油断するとすぐに青から離されてしまいそうで。 「みつ、迷子になるから」 「え? でも」  差し出されたのは青の手。 「平気だよ。皆、見てない」  たしかに、どの視線もここの名菓とか限定ソフトクリームに夢中で腰の辺りで何が起きてるかなんて全く気にしないと思う。 「手、繋ご」  繋いだら、大きかった。骨っぽくて大きくて、触れただけドキドキして、ちょっと飛び上がってしまった。これが、青の掌。すぐに、今度はしっかりと俺の手を掴んでくれる、力強い手。 「う、うん」  掌さえもカッコいい青の隣で、日差しとはまた違う熱にのぼせそうになる。ぎゅっとしてくれるけれど、痛くはない強さ。けれど、そう簡単には振りほどけない力。それが心地良くて、緊張もしているくせにずっとこうしてたいなぁなんて。 「あ、次、俺らの番だ」  だから、青のその声に少しだけ残念に思ってしまった。離さなくちゃいけないから。  カランカランって、乾いた金の音。そして――  どうか、ずっとこうしていられますように。  そう願っていた。 「楽しかったぁ」  グーンと青が空に飛び込んでいくかのように手を伸ばす。 「うん、楽しかった」  カフェでランチして、雑貨屋でおそろいのキーホルダー買って、お寺巡って、今度はラストだからって混んで手もいいからって、有名なカフェに行きたかったんだけど。 「公園でジュースで乾杯」 「ちょ、あれは、みつが右に曲がろうって」  カフェに行こうとして、迷って、もう全然わからなくなったからって諦めて公園でジュースのペットボトルで乾杯した。その公園のすぐ近くにカフェがあったんだけど、もういっか、って、駅に向かったんだ。 「うん。でも、楽しかった。公園で飲んだジュースもすごく」  全部、まるごと楽しかった。カフェで困惑するのすら俺らにはすごく楽しいことで、こんなにカッコいい青でも慣れてないことってあるんだとわかったら、なんか、ものすごく愛しくなった。  初オープンカフェで陽に当たる青の茶色の瞳を眺めてるとドキドキしてした。思わず目を逸らすほど、全部が全部慣れてなくて、でも、慣れてないことすら楽しい、俺らの初デートはそんな感じ。 「時間あっという間すぎて、遅くなっちゃったけど、みつ、平気? おばあちゃん、厳しい人だよね」 「え? 俺、もう高校三年ですけども?」 「あはは」  とは言っても、もう夜も更けて、道には俺らしかいないけれど。基本、商店街は八時頃をすぎたら、お店、どこも仕舞ってるし。でも、ふたりっきりになりたかったっていうか。だから、けっこうダラダラしてたっていうか、いや、でも、青といたら本当に時間経つの早いし。 「みつ」 「ん? …………」 「これで、四回目」 「……」  本当にあっという間なんだ。青といたら、なんだって楽しくて、どんな時だって、心臓はドキドキしていて、心地良いけど落ち着かなくて。 「やっと、できたって、思ってたりして」 「……」 「キス、今日、ずっとしたかったんだ」  あははって笑う青に見惚れながら、俺も、って思った。そして、このキスが、五回目、六回目、ってどんどん増えて、いつか、数えられないくらいになればいいって、そう、思っていた。

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