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第30話 あつく、なってきましたね。

「うわぁ……バスケ、すごい人気だね」  体育館をぐるっと一周、上から見渡せるように、尚且つ、カーテンの開け閉めができるようにと作られた通路。人が二人は並んで通れないそこには女子男子ともにびっしりと観客が並んで座っている。柵から足を出すなと何度先生に注意をされても、出してくださいといわんばかりに足一本分感覚で開いた柵には人の足が真冬の大根干しみたいに並んでいた。 「あ、小坂さん」 「私、A組だから、バスケの応援に来たんだけど、対戦相手、みっちゃんのCだったのか」  今日は球技大会。せっかく春休み気分が抜けたと思ったところで、体も頭もまた休みモードに突入させてしまう、学校にとっては魔のゴールデンウイーク明け、怠けた体を鍛えなおせという意味なのかどうかはわからないけれど行われている球技大会。バスケとサッカーの二種目で行われるトーナメント戦のうち、俺は室内のバスケを観戦していた。 「なんか、久しぶりだね。話すの」 「あはは、そうかもね」  部活で顔を合わせていたはずだけれど、なんかこうして話をするのは久しぶりだった。 「ここ、入る?」 「あ、ラッキー」  詰めれば座れる、ってところにグイグイと来れるところが小坂さんらしいっていうか。 「はぁ、益田ともみっちゃんとも離れちゃった」 「そうだね。でも、隣のクラスでも益田はうるさいけど」  クラスが離れると、こうも離すタイミングはなくなるんだなぁって。 「たしかに。たまに益田君の声聞こえてくるもん。バスケ観てるってことは、深見君と仲直りできたんだ」 「あー、はい、おかげさまで」 「そっか、よかったね」 「うん、ありがとう」  バスケ部はバスケに参加できないし、サッカー部はサッカーに入れない。ということで、このふたつの部活に所属している生徒は自動的に参加する球技が決まる。俺はサッカー。そのサッカーの合間をぬって、青がいるバスケを観に来ていた。観客数は、日焼けの天敵、太陽の日がさんさんと降り注ぐ屋外のサッカーよりも、そして、美男美女、青も島さんも参加しているバスケのほうがよっぽど多くて、体育館は満員御礼だ。 「みっちゃんとこのサッカーは勝ち進んでるんでしょ?」 「うん。この試合観終わったら、外、行かないと」 「そっか。深見君は……すご、上手だね」 「青はなんでもできるからね」 「……みっちゃん、深見君のこと、青、って呼ぶんだ」  無意識だった。もう連休中ずっと一緒にいて、青って呼ぶことに慣れきってしまって、ずっと保育園の頃からそう呼んでいたみたいになっていたから、小坂さんの前とか意識してなかった。 「あー……うん」 「うわぁ、そかそか、よかったよぉ、仲直りっていうか、仲深まるっていうか」 「あー、あはは」  笑って誤魔化すしかない。島さんにも言われた。 ――ラブ度上がってる。  朝、ふたりで登校するところを微笑ましく眺められつつ、そう言われてしまった。よかったって、作戦大成功だったって。  あの連休前半、皆で乗り込んだパーク。園内に入って五分も経たないうちにはぐれてしまったけれど、あれは全て、島さんの指示のもと行われた、計画的犯行だった。  今だ! って、散り散りバラバラに解散して、その後は、絶対に俺たちに遭遇しないように周囲に目を配りつつも、皆で楽しくすごしたんだって。俺たちはそんなこととも知らず、ずっと皆を探しながら隣にいる好きな人のことばかりを考えて、悩んですれ違って、楽しむどころじゃなかったけれど。  でも、すごく最高の思い出が残せた。  観覧車に、キス二回、それとこっそり手を繋ぐ帰りの電車。きっと丸一日のうちの何分の一くらいの時間だったけれど、あの数時間が最高に嬉しかった。幸せな時間だった。 「なんか、すっごく嬉しそう」 「!」  ほら、また、顔に出てたっぽい。さりげなく頬を手で押さえながら、視線を体育館フロアに戻せば、青が走り回っていた。 「あ、そだ、小坂さん、お饅頭のこと」 「深見君? 喜んでたよ」 「……うん、ありがとう、色々と」 「いえいえ、どういたしまして」  青が楽しそうに笑っている。子どもみたいにはしゃいで、大きな口を開けて元気に声をあげながら、キャラメル色の髪を汗で濡らして。楽しそうなのに、なんか、観てたら、喉奥が熱くなる。すごく、あれだ。 「深見君、上手だね」 「……うん」  すごく、身体が熱い。 「あ、終わった。あーうちのクラスの男子バスケはここで敗退だぁ」  走ってるわけでもないのに、鼓動が早くなって、ちょっと、これは。 「俺、下、降りるね」 「うん。サッカー頑張ってねー!」  なんか、発熱してる。 「おーい! みつーっ! 観てた?」  青がコートの真ん中で注目を浴びまくってるにもかかわらず、こっちだけを観て、俺だけを見つめながら、ブンブンと手を振っていた。俺は、そんな青を見て、手を振って、急いで外へと飛び出す。外は太陽が暑くて、じっとしてる分にはまだいいけれど、動き始めた途端に汗が滲む。  でも、ちょうどいい。  爽やかでカッコよくて、皆の視線が集まる、青。でも、あの、キャラメル色の髪も、チョコレート色の瞳も、全部、彼氏である俺のだから、なんてちょっと独り占めした気分でいたら、なんかさ。 「それでは、サッカーの試合を始めます」  なんか、青にキスしたくて仕方なかったから、今、それを発散させるためにも走り回るくらいでちょうどいいんだ。  サッカーは三回戦敗退。青の参加していたバスケは、なんと、優勝。 「あ……みつ、あのさ」  さすが、モテ男子。料理だけじゃなく、バスケもそつなくこなして、得点王にまで輝く大活躍。もう女子の歓声がすごかった。 「んー?」  一日お祭り騒ぎだった。でも、このあとは夏休みまでぎゅうぎゅうに授業が詰め込まれてるから覚悟しとけ、みたいな感じ。連休が終わったら、なんとなく空気が夏っぽくなった。少しだけ湿気の混じる、いつまでも夕暮れのままでいてくれそうな、そんな空気。  ワクワクする夏の夜が混ざり始める。 「あのさ、もう少し、時間、ある?」 「……え?」 「まだ、少し、みつと、いたい」  日が延びて、夜が来るのが遅くなるのが嬉しかった。 「まだ、みつと、いたい」  暗くならずにいてくれたら、俺はいつまででも、青と一緒に商店街で遊んでいられる。ここから歩いて一分のところにある公園。そこなら、俺たちも仲良くしてもらっていた海苔屋さんのおばあちゃんが遊んでいる様子を見てくれるから、ずっと遊んでいられたっけ。 「……ダメ?」  だから、青と一緒にいられる一日の時間が延びるから、夏が好きだった。 「ダメ、じゃない……いい、よ」  でも、あの頃とは違って、ワクワクが、ドキドキに変わっていた。

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