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第36話 言えない「好き」がここにある

 付き合ってるっていう余裕がある、とかなのかもしれない。  大昔、子どもの頃、いつだって青の一番になりたかった。一番の仲良し。一番カッコいい、一番優しい、一番好きな人。青にとっての自分がそうでありたかった。  朝、保育園に行ってまず、青を探す。うちはおばあちゃんがいたから登園時間は遅いほうで、青のうちはケーキ作りが終わって、店の開店準備の合間で、少し俺より早くに登園していた。 ――みっちゃーん! おーい! こっちで一緒にパズルやろうよ!  部屋の入り口でキョロキョロして青を探していると、必ずそんなふうに声をかけてくれた。すでに来ている青が時間をみて、ふたりで遊べるものを用意して待っていてくれるんだ。そして、手をブンブン振って俺を呼んでくれる。青を見つけると、すごく嬉しくなったのを覚えてる。  俺も笑って駆け寄って、青の隣に座って、「昨日さぁ」とか言って、話をしながら、もう何回もやったことがあるパズルを一緒にやってみたり。図鑑を眺めては、世界にはこんな虫がいるのかって恐れおののいてみたり。朝のその時間がとても好きだった。青がいる保育園は楽しくて、毎日、イヤがりもせずに登園してた。  でも、朝、保育園に行くと、青の隣に誰かがすでに座っていることもある。それを発見するとすごくイヤな気分になった。  そこは僕の席なのに。  そう思って、思いきり拗ねてしまう。あからさまにムッとした顔をしてしまう。でも、たった一言。 ――みっちゃん、一緒に遊ぼ?  たったそれだけを言われただけで、俺の機嫌はすっかりなおって青の隣に座って、ふたりでする遊びを探し始める。  幼いけれど、「独占欲」とか「ヤキモチ」をしていたんだ。  今はもう高校生だし、もうそこまで幼い「独占欲」って普通は、ないのかもしれない。 「ただいまぁ」  今日は七夕。織姫と彦星にはそういう「独占欲」ってなかったのかな。一年に一回しか会えないのなら、会えない毎日のほうが圧倒的に多いのなら、お互いに仲の良い友達がいたんじゃないかな。彦星の隣には織姫じゃなくて、その誰かのほうがずっとずっと一緒にいる。逆もそう。それをイヤって思わなかったのかな。もしくは「差」はなかったのかな。二人の気持ちの、差。 「ふわぁ……」  一日中あくびをしていた。だって、今日は手伝いで四時起きだったから、日中眠くて眠くて、これはなんの苦行だろうと思うほど、ずっと、眠気と戦い続けていた。それはもう死闘で、自然と閉じてしまう瞼を必死で見開いて、微力ながら一生懸命に抗っていた。 「ただいまぁ」  明日はデート。映画も決めて、あらかじめ席の予約もすませてある。だから時間ギリギリまで買い物とか満喫しようかなって。臨時収入なら、ばっちりだ。そのための四時起きだったんだから。 「ね、充、悪いんだけど、お店にいてくれる? もう、今日はお父さん寝ちゃったの」  俺は四時。でも、お父さんはもっと早かった。いつもの和菓子作りで四時起き。今日はプラスしてゼリーがあったから、起きたのはもっと早い時間。 「いいけど」 「帰って来て早々悪いわね。ちょっと、町内会の打ち合わせがあるのよ。ほら、夏祭りの。何もこんな日にやらなくたっていいのに」  あぁ、夏祭りか。夏の終わり、八月の最後の週末にここの商店街で開かれるお祭り。その日は売り上げアップが望めるから、ここの商店街の人たちは気合入りまくりだ。町内会の打ち合わせなら、青のとこのおばさんも行ってるのかな。  あとで、このゼリーを青に持っていったら喜ぶかな。あと五つ残ってる。おばさん、おじさんの分も持ってる、斜め向かいの店に行けば、少し一緒にいられるかも、なんて。明日もデートで会うけど、ちょっと思っていた。 「お願いね」 「うん、いいよ」  慌ただしく用意をして、お母さんは飛び出すように町内会が開かれている公民館へ向かった。それから、数分くらいだと思う。入れ替わるようにお客さんが来た。 「あのお、すいませーん。まだ七夕のゼリーありま……」 「いらっしゃいま……」 「え? あ、あれ?」  店の扉はガラガラ音がなるスライド式の扉。ガラガラって、その音が聞こえて来たから、エプロンを付けてる最中だった俺は急いで振り返り、そこにカフェオレ色をした頭を見つけた。 「あ、中原さん」  思いがけもしないお客さんの登場に目を丸くしてしまう。 「何? ここ、君んち、なの?」 「あーはい」 「そうなんだ。あ、ね、まだ、七夕のゼリーある?」 「あ、はいありますよ。まだ、あと、五つ」 「マジで? ラッキー」  中原さんは一回だけじゃなく、その後も、時間があるとうちの高校にコーチをしに来てくれていた。益田なんて練習中に大興奮で「神の手!」なんて、めちゃくちゃ目を輝かせてる。 「部活後にお店の手伝いなんてえらいね」 「あ、いえ、これは、今ちょうど親がいなくて、ふぁっ……」  こんな時でもあくびが出そうになって、一生懸命に口を開けまいと格闘してた。本当に眠いんだ。今、ここで突っ伏して眠れそうなくらい。 「練習中もけっこうあくびしてたでしょ?」 「あ、す、すみません」 「夜更かしぃぃ?」  ニヤリと笑って、カウンターを飛び越えてきた中原さんの手にデコピンされた。 「そしたら、五つ、もらっていい? もしかして、これで完売? 俺、ギリギリだったんだ」  あ、五つ、買っちゃうのか。そう思ってしまった。全部買われてしまったら、青の分がなくなっちゃうから、ひとつくらい残したかったなぁ、なんて。 「どうぞ、えっと、五つで、お会計が」 「充は、彼女とかいんの?」 「へっ?」  びっくりした。充って呼び捨てにされたことにも、突然、彼女の有無を訊かれたことにも。 「あはは、なんか、初々しいなぁ、そういう反応」 「な、何がですか?」 「んー? 可愛いなぁって思ったんだよ。高校生ってこんな感じなんだなぁ、って。俺も数年前はこんなに初々しかったのかなって。ほら、高校生って何するのも楽しそうでいいなぁってさ」 「……はぁ」 「二年、だからね」  楽しくないんですか? そんな疑問が顔に出ていたんだろうか。目が合って、中原さんがクスリと笑った。 「うちはバスケの強豪だけど、そのバスケでプロになれる奴はほんのひと握りどころか、ひとつまみ。しかもプロ選手になっても選手生命は短い。そしたら、バスケはやめて就職するべきなのかもしれない。とかさ」  俺には遠い遠い話に感じられた。プロ選手っていう身近にない言葉。そんな大人みたいな悩みなんてもったことがないから、なんだか、中原さんの話していること自体が夢物語のように感じられる。 「って、ごめん。家の手伝い中だったっけか。いくら?」 「あ、えっと……」  慌ててもう一度ゼリー五つの合計金額を計算機で出した。そして、お会計を済ませて、包んだりはしなくていいと言われたゼリーを五つ、紙袋に入れてカウンターから手渡す。 「また、練習でな。あ、そんで、充、彼女は?」 「へっ?」 「っぷ、顔、真っ赤だぞ? 恋愛相談も受け付けてるから。っていうか、高校生の恋バナとか、待ってるから」 「なっ! ないですよ!」  中原さんが笑ってた。恋愛相談、できるわけがなくて、「ないです」って言ってしまって、胸のところがチクリと痛む。青も俺も、男だから、誰にも言えないけれど、「ない」って言ってしまうと、まるで、この恋心も、青が彼氏っていうことも、消えてなくなってしまいそうで、胸のうちで一生懸命に叫んでた。います、って、ちゃんと好きな人が、付き合ってる人がいますって、主張していた。

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