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第39話 君の「好き」、俺の「好き」
「あ、これ、この前、深見と宇野君のふたりで観た映画じゃない?」
朝、教室に入って、机の中にノートやら教科書やらをセットしていた。島さんが前の席にぴょんって座って、スマホの画面を俺の目の前にかざす。そこには先週観た映画のプロモーション写真があった。
スタイリッシュアクションって書いてあって、スーツ姿の俳優さんが拳銃片手にどこかを睨んでいる写真。
「面白かった?」
「あー……うん。面白かった」
と、思う。正直あんまり覚えてないんだ。俺は隣に座る青の手ばかりに神経が向かってしまって、それどころじゃなかった。
「なんか、あった?」
島さんは鋭い。女子の勘? なのかな。それとも俺が不審すぎる? そのうち青にも気がつかれてしまうかもしれない?
「うーん、なんもないよ」
ニコッと笑った。島さんはそんな俺をじーっと見つめて、何か怪しんでいるっぽい。でも、言えないよ。映画館で青の手が動く度にビクッとしちゃってたなんてさ。意識してしまう。付き合ってるんだから、映画館の中でこっそり手を繋ぐくらいするかなって思っていたのもある。あるけど、それだけじゃなくてさ、その前日に妄想してしまった青の手を思い出したりして、思い出す自分を叱ってたりして、忙しかったから、映画の内容なんてちっとも頭に入ってこなかった。
鼓膜がバカになりそうな爆発音の連続、ド派手なカーアクションに、スピード感溢れる映像は車酔いしたみたいになるほど、っていうと、いいんだか悪いんだかわからないけれど。
ずっと、青のことを意識してしまってるなんて、言えない。
半袖のシャツとか、水着姿とかだけじゃない。普通にふたりっきりでいても、ドキドキして心臓止まりそうで。そのドキドキが可愛い感じのならよかったのに、俺ばっか、なんか、そんなことばっかり考えて、すっごい。
「……はぁ」
自己嫌悪だ。
「ねぇ、宇野君」
「?」
顔を上げると島さんが頬杖ついて、首をカクンと傾けた。その拍子に、今日は真っ直ぐ下ろしただけの髪の毛がさらりと揺れる。益田がここにいたら、きっと「きゃああああ」なんて女子みたいな黄色い悲鳴をあげてそうだ。
すごいモテ女子。
彼氏は大学生で年上。
年上なんだ。そしたら、やっぱり、交際もあれなのかな。その、色々と大人っぽいというか。って、訊けないけれど。女子にそんなことを訊けないけど。
「花火大会、って、やっぱり深見と行くんでしょ?」
「へ?」
「来週だよ?」
「あ!」
すっかり忘れてた。っていうか、俺、花火大会はふたりっきりは不可能だろうなって思ってたから。だって、青は人気者だし、独占できないだろうと思っていた。だから、海は必ずふたりで行きたいなぁって思ってて。
「あのね、私の友だちの友だちなんだけどね」
そしたら、プールの時の青の裸がめちゃくちゃカッコよくて、ドキドキして、そこから俺はなんかそんなことばっかり意識してしまって、花火大会のことをすっかり忘れた。
「宇野君、誰かと行くのかなぁって言ってましたが」
「みつは! 俺と! 行きます!」
びっくりした。急にすぐ近くで声がして、青のキャラメル色の髪が鼻先に触れそうなくらいの近さに飛び込んできたから、びっくりしてしまった。
「ちょ、島さん! その話題!」
「あははは、ごめんごめん。鬼の居ぬ間に訊いてみちゃった」
青は今日、日直で先生のところに呼ばれていた。朝一で提出するはずのノートを急いで職員室へと運んでた。
「あのね。深見が花火大会はみつとふたりで行くからその友だちには、先約ありって伝えてって、部活の時に言ってんだ」
「わあああ! ちょ、言わないでよ!」
青が俺と島さんの間に割り込んで、会話の邪魔をするように机の上に乗り上げてた。大きな青がそれをやるとけっこう邪魔なんだけど、島さんはそんな気にもせずに、ひょいひょいと隙間から顔を出して、俺の知らない青との会話を暴露してる。
俺の知らない子だけど、俺を花火大会に誘いたいって、島さんに相談があった。そして、それを俺の耳には絶対に入れないようにって、なんとか阻止しようとしていた青。一緒に花火大会行きませんか? って、女子に部活で誘われても全部断っていた青。
「なので、宇野君の心配するようなことはないかと」
青の隙間をぬって、そう告げた島さん。きっと、俺が何か悩んでいると気がついて、それが花火大会で女子からいっぱい誘われてるだろう青のことだろうと考えてくれた。だから、そんなこと悩まないでいいよって。
「みつ、ごめん、なんか、言い出すタイミングがつかめずで」
「あ、ううん、全然、俺も一緒に行きたかったし」
振り返った青は顔をほんのり赤くしていた。それにつられて俺もきっと少しだけ顔が赤い。カッコよくて可愛い青と花火大会に行けるって、嬉しくて、朝の教室のざわついた中でどさくさ紛れにニヤついてる。皆はもう寸前にある試験のこともあって、忙しそうだから、俺の口元が緩んでることまで気がつかない、はず。
島さんにはしっかり気づかれてるけれど。そこはカウントしなくていいから。
「あの、益田とか、平気?」
すっかり忘れた。益田は今絶賛バスケ少年化してるし。
「どうだろ。言われてないし、たぶん、クラスの人たちと行くんじゃないかな」
「……そっか、小坂さんは?」
「全然ないよ。っていうか、小坂さんにしてみたら、ただ同じバスケ部の男友達と花火大会行きたくないでしょ」
バレインタインには友チョコで大いに盛り上がる彼女だから、きっと男友達と行くよりも、女子同士、可愛い浴衣着てはしゃぐほうを選ぶと思うよ。
「そっか……そっかそっか」
「うん」
青の嬉しそうな、そしてホッとしたような表情に胸のところがポカポカした。好きだなぁって思った。
きっと、この好きは、青が持ってくれている「好き」と同じものだ。このくらいで俺も収まっていてくれたら、よかったのに。
「一件落着?」
そう島さんが呟いて、真っ直ぐサラサラな髪を揺らしたところで、一時間目のチャイムが鳴り、同時に先生が入ってきた。
一時間目は世界史。
考えるっていうよりも聞く感じ。
「この、ピラミッド形になるよう、制度が……」
そんな授業を聞きながら、少し離れたところにいる青の背中を見つめてた。
浴衣、着たら喜ぶかな。うちは、ほら、一応、和菓子屋だから着物は着慣れてるっていうか。ばーちゃんは日常でも着物着てるし、親も普通に何かイベントとかあれば着てる。俺も、浴衣くらいならひとりで着れるし。
いいかもしれない。浴衣。
――みつ。
青のはにかんだ笑顔がすごく好きだから。あの笑顔を見ると、胸のところがキュンって本当に、漫画みたいに締め付けられるから。
うん。そうしよう。
来週の花火大会は浴衣にして、青のことをびっくりさせようって思った。もしかしたら、浴衣の俺に、キュンってしてくれて、俺のことをもっと好きになるかもしれない。そわそわして、その手の動き、指先が触れる先を目で追いかけてしまう俺と同じくらいに好きになっちゃうかもしれないって、思ったんだ。
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