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第41話 年相応
「あ、中原、さん」
びっくりした。肩をガシッと掴んでくれた手はとても大きかった。バスケットボールが吸い付く大きな手。
「浴衣なんだ。すごいね」
「あ、はい」
「ひとり……なわけないか。デート? あおって呼んでたけど」
「!」
中原さんはクッキング部の青のことを知らない。顔は見たことあったって、名前まではわかるわけがない。そうだよな。浴衣で花火観に来てて、しかも有料の場所なら、デートって思うよな。
「あ、あの、中原さんも?」
「俺?」
眉をあげて、びっくりした顔をしながら、長細いプラスチックのカップから、ビールをグビッと煽るように飲んだ。
そうか、大学生になると、お酒も、飲むのか。
なんか、近状のおじさんたちとか親以外で、というか、大人よりも自分たちに近いと思っていた人がビール、お酒を飲んでいることにものすごく驚いてしまう。
中原さんは俺の顔を見て、慌てて、もう誕生日は迎えていますって、成人してるからねって説明していた。
「俺は、あっちにシート広げて、大学の奴らで来てるんだ。あ、混ざる? でかいシートだから、余裕でふたりくらい」
「だ、大丈夫です!」
「でも、彼女も浴衣なんじゃないの? けっこうしんどいでしょ。浴衣で、この混んでる場所に立ちっぱなしって」
何度も、ブンブンと首を横に振った。浴衣でデートしているのは彼女じゃない。そこを否定したくて、でもできないのがもどかしくて、首を振る力が強くなってしまう。
「へ、平気です。あの、探さないと」
その時だった。ひゅううって、空気を裂くような音がして、中原さんの視線が音を追いかけ自然と上を向く。俺も、つられて夜空を見上げた。
大きな、それこそ夜空いっぱいに広がる花火の光線。赤色をしたそれがパッと散らばった数秒後。
ドオオオオオン
心臓を空気の塊でパンチでもされたような衝撃が走った。
「おお……でかいな」
花火も真下で観たらこんなに大きくて迫力があるんだ。知らなかった。初めてこんなところで見るんだから、青と一緒に観たかったなぁ。そして、びっくりしたってふたりで驚いて笑って、また夜空を見上げて花火を観たかった。
「なんかさ、高校生って楽しそうだよね」
「……え?」
ぽつりと言われたから、一瞬聞き逃しそうになった。中原さんは夜空を見上げたまま口元だけで緩く笑って、そして、ビールをまた一口飲む。
「練習、俺がコーチしてるじゃん?」
「……」
「何すんも元気で楽しそうで、羨ましいなぁって」
そう、なのだろうか。だって、中原さんだって大学楽しいんじゃないのか? バスケがすごく上手で、顔だってカッコいいし、それに何より、明るい性格をしているから友達だって彼女だってさ。
「勉強やだー! ダルいー! 練習きついー! 試験とか無理―! 彼女欲しいー!」
「ちょ、あの、中原さん?」
いきなり大きな声でそんなことを叫ばれると、ほら、目立つから。賑やかで皆花火に夢中だけれど。さすがにそれは皆驚いて振り向くよ。
「そんなふうに色々思ってたっけなぁって思い出して、楽しかったし、羨ましいなぁって今の俺は思うんだ」
「……」
「彼女ができたらもう人生バラ色とか思ってたし。なんつうの、恋成分百パー、みたいな」
そう、かな。
「彼女、ができた後も色々、悩んだり、すると思いますけど」
片想いだったり、両想いになった直後のほうがよっぽど楽だった。彼女ができたら、あとはもう何もない、なんてことあるわけないじゃないか。そのあとのほうがよっぽど悩むよ。
「充?」
それが、もともと恋愛相談のできない恋なら尚更、彼女じゃなくて、彼氏ができた後のほうが色々考えさせられるし、難しい。
「相談、のろうか?」
「い! いえ! そんな」
「ほら、学校の友だちとかじゃ、逆に相談しにくいってこともあるかもしれないじゃん。俺は来月にはもう顔出さなくなるし、ぶっちゃけるには最適かもよ」
「……」
そんな、相談できないでしょ。だって、中原さんももう自分の友だちのところに戻らないといけないはずだし。
「どうした?」
言えない。そう思って、「ありがとうございます。でも大丈夫です」って、言おうと口を開いた時、周囲が数秒明るくなった。そして遅れて届く花火の破裂音に、背中を押されるようについ、言ってしまっていた。
付き合っている人がいるけれど、すごく変に意識してしまって、向こうはそんな積もりないだろうに、俺ばっか、ドキドキしてる――そう、話してしまった。
「……だから、なんか、俺って」
「なるほどねぇ。つまり、その彼女は高校生らしいお付き合いだけど、充はちょっと大人ってことかぁ」
ザクッと言い切られてしまって、自分でその事を相談したくせに、なんか急に気恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなる。
「青春だねぇ」
「ちゃ、茶化さないでください!」
キスより先のことをしたいって思う俺を知ったら、青は幻滅してしまうかもしれない。たまに、青の向けてくれる優しくて温かい「好き」に対して、俺の持ってる「好き」がさ、不似合いな気がしてしまう。
「まぁ、充って益田とかに比べると男子高校生にしては落ち着いてるもんな。浴衣も見事に着こなしてるし」
「これは……」
「充は大人で、彼女はまだ子どもってことか」
カッコよく言えば、イイ感じに言えばそうなるかもしれないけれど、でもさ、それってつまりは青に不相応ってこと、でしょ?
俺は普通の男子高校生で、青は女子に大人気のモテ男子。
青と一緒に花火大会に行きたい子はたくさんいるのに、俺はそれを全部独り占めしてる。カッコよくて綺麗で可愛くて、皆に好かれてる青と俺じゃ、不釣合いなのに。
「まぁ、でも、そんなことない、と……」
好きって気持ちまで釣り合いが取れてないなんて。
「思う……」
中原さんが口をあんぐり開けて俺を見つめていることでようやく気がついた。
「! すっ! すみません! 俺っ、なんかっ」
いつから? 全然わからなかった。
自分が泣いてるなんて。
慌てて手で頬を拭ったら濡れていた。え? 嘘、すみませんって謝りながら、零れた涙を急いで浴衣の裾で拭う。
ホント、何してんだ。べそなんてかいたりして。恥ずかしい。
恥ずかしいことだらけだ。
「そんなゴシゴシ擦ったら、赤くなるよ」
手を捕まれて、その拍子にまたひとつ涙が零れた。泣き顔を見られるなんて、もう来月にはいなくなるからって言ってもらったけど、もう来週からの練習でだって恥ずかしくて顔を出せなくなってしまう。
「あ、あのっ」
「充はたぶん、年上のほうが合うんじゃない? そしたら、そんな差とか、不相応とか思わないでしょ」
「……え?」
びっくりして、涙が止まった。最後、目頭に残っていた一粒が驚いた拍子にポロリと零れたけれど、一粒だけ。
「年上」
「ぇ……あ、の、中原さ……あの、手」
もう涙は止まったので、手を離してください。これじゃ、周りに変に思われるから。
「あのっ」
手を、解いてくださいって言おうとしたのを無言で断るように、中原さんの手が俺の手首をきつく握る。バスケットの有名選手の大きな手は振り解けないくらいに強くて、隙がない。
「あのっ!」
「すいません! 同じ歳の付き合ってる人がみつにはいるんで!」
パシッて、もうひとつ、大きな手が俺を掴んで、引っ張って、捕まえてくれた。
「あ、青っ!」
俺と中原さんの間に割り込んだ青。探し回ってくれたのか、初めて見る凛々しい横顔には汗が滲んでいた。
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