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第42話 花火キラキラ
青、だった。
見失ったと思った青が俺を見つけてくれた。
「みつは、もう付き合っている人、いますから」
初めて聞く声だった。いつもの柔らかくて優しい青の甘い声じゃなくて、真っ直ぐにどこまでも届きそうな芯のある、強い声だった。
「あお」
「行こう。みつ」
「へ? ぇ、あ、青?」
中原さんにたったそれだけを宣言して、頭を下げてから、青は俺の手を取って花火の上がる夜空には目もくれずに真っ直ぐ歩いて行く。
「青、待っ」
「無理」
無理って、なんでだよ。
振り返ると中原さんがポカンとしていた。
なぁ、これってまずいんだ。中原さんは俺が彼女と花火を観に来てるって思ってる。そりゃそうだよ。浴衣で、高校生が気合入れまくって有料のところに来てれば誰だってそう思う。
ねぇ、そこに青が現れて、付き合っている人がいますって言って、俺を連れて行ったら、付き合っている人が青になってしまう。男同士なのに付き合ってるってバレちゃうんだ。だから、戻って言い訳しないといけない。もう今月いっぱいで臨時コーチは終わりになるけど、でも、まだ部活には顔を出すから、そしたら、バレちゃうかもしれないだろ。
「ちょ、青、ストップ!」
下駄で転びそうになるけど、ぐっと踏ん張って青の手を逆に引っ張った。
「あのさ、あの、中原さんがっ! シートすっごい大きいのを敷いて観てるんだって。大学の人たちで来てるらしいんだけど、そこに混ぜてくれるって言ってた。ほら、これだけ混んでるんじゃさ」
「ビール持ってたよ」
「そりゃ」
年上のほうが合ってるのかもしれないって、言われた。俺は少し大人っぽいから、同級生と恋愛するんじゃなくて、年上のほうが楽なんじゃないかって。
「大学生なんだし、お酒くらい」
「カッコいいし?」
「え?」
「普通に有料の観覧席取れちゃって、そこにシートが必要とかちゃんとわかってて、バスケ上手くて、頭も……いいのか知んないけど、カッコいい大学生と一緒にいたい?」
「は? 青? 何言ってんの。そうじゃなくて、あの、これじゃ俺たちのこと」
バレたら大変だから、今から急いで戻って、言い訳しなくちゃ。
まだ中原さんがそこに留まっていてくれてるか、たしかめるために振り向こうとした。
ドオオオン!
花火音と一緒に、俺の心臓も爆発したかと思った。
「あ、青っ! こ、こここ、こ」
「向こう、見ないで」
ぎゅっと抱き締められて、振り返るどころか身動きひとつできなくなったから。
「あ、青っ?」
でもよかった。爆発していない。トクトクトク、ものすごい速さで動いてる。
あ……これ、違う。青の心臓の音だ。抱きしめられてるせいで、ものすごい近さで聞こえて、自分のかと思った。でも、自分の鼓動なんて聞こえるわけないよな。
「青?」
名前を呼んだら、抱き締める腕が更に力を込めてしまう。ここ、すごい人がいっぱいいるんだぞ! って、頭の中に花火がバンバン打ち上がって、パニックだよ。誰か知っている人がいるかもしれない。地元の花火大会なんだから、誰かが見てたらどうすんだよ。
「俺のことも、見ないで」
でも、青の腕の中で聞いた青の声が、ド派手な花火とは正反対、ただ深い紺色をした夜空みたいに静かだったから、ふっとジタバタしていた手が止まった。
「……青?」
「もう限界」
「青、なぁ、どうした? どっか具合悪い? 人に酔った?」
「見ないで、今、きっと、ヤバいから」
小さい頃はあまり大勢でぎゅっといるのが好きじゃなかった青。いつもは園児と先生でちょうどいい空間に、保育園の行事とかになると保護者も加わるせいで、あっちもこっちも人がひしめき合ってさ。青はそれがとても苦手だった。だから、俺は、いつも手を繋いであげてた。
――みっちゃんの手、あったかいね。
夏でも、いつでも、青はそう言って繋いだ手に嬉しそうに笑ってた。
「青? 手、貸して」
だから、俺も静かな声でそう願ったら、強くきつく抱き締めていた腕がほどけた。
「青」
手を繋いだら、小さめの花火がこれでもかって、一斉に何十発って上がって、辺りから歓声が沸き起こる。花束をイメージした花火ですって、アナウンスが解説してくれているのが歓声の隙間から少しだけ聞き取れた。
「ごめん。迷子になって」
あの頃みたいにプニプニしているわけじゃないのに、あの頃みたいに柔らかくて優しい青の手だ。
「違うんだ。みつのせいじゃない。みつは悪くない。俺がちゃんと普通に」
「青?」
あんま今の自分の顔を見て欲しくなさそうにしていたけれど、今、さっきの倍くらい連打で打ち上がる花火のせいでライトアップされたようによく見えるようになった会場じゃ、わかってしまう。
花火ってこんな間近で観ると、こんなに明るいものだなんて知らなかった。
「みつのこと、好きすぎて、我慢してないと」
頬を真っ赤にしながら、苦しそうな溜め息をひとつ吐く。
「青?」
「みつが知ったらドン引きされる」
こんな青は初めて見た。俺の知らない青だ。いつも朗らかでおおらかで、本当にお菓子みたいに優しいのに、今、目の前にいるのはそんなふわふわしたところがひとつもない。
「しないよ。ドン引きなんて」
「するよ。こんな、さっきの人がみつと一緒にいるところを見ただけで、ヤキモチやきすぎて、必死になって引き離したくなる奴なんて。それだけじゃない。みつのこと独り占めしたくて仕方ないんだ」
「……」
「本当は隠すのだってやだ。言いふらして、みつは俺の好きな人ですって、付き合ってますって、だから、皆あきらめてよって」
ふわふわしてない。骨ばっていて、強くて、熱くて、今の青は男っぽい。
「っぷ」
「笑わないでよ」
「だって、それ俺が思ってることだもん」
そんな目を丸くされてもさ。青のこと諦めてくださいって言ってまわりたいのは俺のほうなんだけど。言いたいけど言えなくて、友だちですって言う度に胸のところが苦しくて仕方がない。「好き」を嘘で隠すのがイヤだった。
「うざくない?」
「うざくない」
「引かない?」
「引……」
そこで言葉をわざと止められて、目を丸くして、恐れおののいたりとかしないでよ。
「引くわけないじゃん」
青はいつもで真っ直ぐに俺を好きでいてくれる。それがいつでもたまらなく嬉しかった。
「青こそ、引くかもしれない」
「?」
いつでも温かくて、柔らかくて、甘くて、優しいシフォンケーキみたい。そう思ってたけど、そうじゃないんだ。
――充はたぶん、年上のほうが合うんじゃない? そしたら、そんな差とか、不相応とか思わないでしょ。
俺に合うのは年上の人じゃないっぽいです。俺にぴったり合うのは、年上じゃなくて、青です。ただ、俺が勝手に色々考えてただけの話で。
「だって俺、青と、もっと――」
その時、大きな大きな花火が夜空いっぱいに広がって、すだれみたいに火花が垂れ下がってきた。まるで空に散らばる星がふわふわと花びらみたいに降り注ぐ中、俺を真っ直ぐ見つめる青がそこにいる。息を飲むほど綺麗でカッコいいけど、お菓子みたいに甘い青。でも、俺も青もちゃんと、男、なんだ。
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