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第43話 火花降り注ぐ、恋が溢れる
いつもは駅前のロータリーで花火を見てたから、こんなに大きいなんて知らなかった。こんなに火花が降りてきて大丈夫? って思って、ヘルメットとかしたくなる。ちょっと大惨事になってしまうんじゃないかって。
「あ、青?」
そのくらい、キラキラと光り輝く火花がすだれ桜みたいに落っこちてくる中で、青が口を開けたままで、瞬きも忘れてる。
もしかして、やっぱり、これは引いた? さすがに、そこまではって感じ。
「あの、青、えっと」
もしくは意味がわからなかった? 今、皆の視線は大きな花火に釘付けだとは思うんだけど、ここで「キスよりもっと先のこともしてみたいです」とはさすがに宣言できなくて、濁したから。あんまり伝わらなかった?
伝わってないのなら、そのままでも……って、したくなかった。ちゃんと、伝えたかった。だって、やっぱり好きなんだ。もどかしいまんまでいたくない。
「い、ま、のはさ……うわぁっ!」
俺は年上も年下も同じ歳も関係ない。ずっと一緒にいた、幼馴染の青と付き合いたい。
恥ずかしいけど、わかってなさそうだから説明しようと思った時、ずっと繋いだままだった手をクンって引っ張られた。
「帰ろう」
「え? あ、青?」
「その! あれ! 今日、うちの親も、商店街の打ち上げに行くからっ」
「!」
その時また、花火が上がった。ラッキーなことに真っ白な閃光の花火がパンパンって数発上がってくれたおかげで、青の耳が真っ赤になっているのがわかった。
でも、きっと俺も真っ赤になってると思う。
うちの親も行くって言ってた。毎年恒例の花火大会あとのどんちゃん騒ぎは同じ通りににある居酒屋で行われる。今年も商店街を盛り上げていきましょう! って言ってる大人たちが一番大盛り上がりになる飲み会。
「うち、ばーちゃんいる」
「……う、ん。だから、うち」
親は打ち上げにいくけど、高齢になったばーちゃんはその時間はもう就寝してる。頷きながら、青の手がぎゅっと俺の手首を握り締めた。すごく熱い掌だった。俺が、青のことを妄想する時に喉奥から込み上げてくる熱さと同じくらい、熱い。
青も、熱い?
そう思っただけで、嬉しかった。
「花火は? せっかく、有料のとこだったのに」
「来年、また来よう。俺、おごるから」
来年も、そっか。
「割り勘にしようよ。青」
来年も一緒に花火大会来れるんだ。
「男同士なんだから、割り勘」
「……みつ」
男女じゃないから人に言いふらしたりはできないかもだけど、男同士だから、全部割り勘でいいよ。レストランでもどこでも半分こで大丈夫。
カランコロン
地面がコンクリートに変わると、下駄の軽やかな音がよく響く。まだ、これから尺玉含めてドンドン打ち上がる中盤にも来ていない。皆が次から次に上がる花火に見惚れてる隙をついて、俺たちだけこっそりと会場を抜け出した。これからって時に帰ろうって人はさすがにスタジアムのほうにはなくて、ここから駅へと続く道を帰る人はひとりもいなかった。
「青、手を……」
ここじゃ、さすがに手を繋いでいる男子ふたりは目立つから。青は手をパッと離して、熱い手をそのままどこに持っていったらいいのかって迷うように、開いて閉じて、また開いて。
下駄の音は楽しそうで、俺たちはドキドキしてて、着慣れているはずの浴衣なのに足がもつれてしまいそうなほど歩きにくかった。
「お邪魔、します」
って、挨拶しても誰もいないんだけど。青の両親もきっと今頃はうちの親と一緒に居酒屋でお酒を飲んでいる。おじさんおばさんの代わりに「どうぞ」って返事をしてくれた青の声がとても緊張していた。
「あ、何か飲み物持ってく。先に、上がってて」
いつもなら、「はーい」とか言って、トントンって調子よく上る階段を、浴衣だから、一歩一歩たしかめるように、のぼっていく。これから先にすることを想像した手が自然と浴衣の裾を強く握り締めながら。
青の部屋に入ったと同時に、窓の向こうで小さな花火が上がったのが見えた。パンって音がして、あまり華々しくないのが上がったなぁって思った数秒後に、小ぶりの花がバリバリって音を立てて散らばった。赤、青、黄色、緑もある。色の違う火花が小さな花みにたい一斉に光った。
ここからでも花火の音聞こえるんだ。って、当たり前だ。斜め前にある俺んち。自分の部屋からも小さいけれど花火の上がる音は聞こえてたから。
それを小さい頃は一緒に聴きながら、ほら、ここからも端っこだけ見える花火を見ては「いいなぁ、もっと大きいの見てみたいなぁ」って言いながら、家の前でふたりで遊んでいた。親は臨時店舗のほうで忙しいから、俺たちは行けなかったっけ。でもいいんだ。行きたいって思うのはいつも最初だけで、結局、青と遊ぶことに夢中になるから。
「あ……」
大きな音だった。きっとあれだ。さっき降り注ぐ火の粉にちょっと驚いた、あの大きな花火がまたあがったんだ。すだれみたいな火花が、青の部屋の窓から端だけ見えた。
本当にびっくりするくらいに大きかったなぁ。
あの火の粉、きっとひとつかふたつくらいなら地上に到着したと思う。
「みつ、部屋の電気」
「ひゃ!」
花火に見惚れてて、気がつかなかった。青が上がってきてて、大きなペットボトル、お茶の入ったグラスをふたつ、お盆の上に乗せて、運んでくれていた。
「ごめっ! 花火上がってるのが見えたから」
「端っこだけだけどね。みつの部屋からも端っこだけ? はい、お茶」
「ありがと。うちからはもう少し欠けて見える、かな」
冷たい麦茶が喉を通るのがわかる。あんまり気にしてなかったけれど、けっこう暑かったみたいで、自然と溜め息がこぼれた。落胆のじゃなくて、落ち着いた時に零れる、一息つけたっていう感じの。
「!」
でもすぐに心臓も呼吸も慌ててしまう。背後からぎゅっと抱き締められたから。そして、すぐそこ、視界の端の青のキャラメル色の髪が見えて、シャンプーの香りがして、心臓が口から飛び出そう。ほら、空気を探すみたいに、口をパクパク開けてしまう。
「みつ……」
青の声がものすごい近いところから聞こえて、きっとこんなふうに抱き締められてるから、動揺がそのままダイレクトに伝わったはずだ。
「あ、青、えっと、俺、シャワーを」
麦茶にホッとしたってことはさ、俺、暑かったんだ。なんか、青と一緒にいてドキドキするほうに忙しくて、気がついてなかったっけれど、これ、けっこう汗かいてるかもしれない。
「今、しちゃ、ダメ?」
「!」
「みつ」
くすぐったい。青の声が低くて、囁くように小さくて、くすぐったくて、心臓が止まりそうだ。でも、青もドキドキしてた。背中がぴったりくっついてるから、その胸でびっくりするくらいに小刻みに鼓動してるのが、すごくよくわかる。
早くて、せわしなくて、俺と同じくらい。
「い……」
俺たち、どっちも同じくらいドキドキしてる。
「いいよ」
返事をした俺の声もとても小さくて、ひっくり返る寸前の声で、花火の音に掻き消されてしまいそうだったけど。でも、青には聞こえてた。振り返ったら、青の笑顔がすぐそこにあったから。すごく嬉しそうに顔でキスをしてくれたから、きっと青にだけ聞こえていた。
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