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第48話 (青葉視点)愛しき君

 ずっと、片想いをしている。  好きになった人はたったひとりだけ。ずっと、ずっとその人のことを想ってる。 「あ、深見の愛しいの人だ」 「島さん……何、その詩人的なの」  みっちゃんの登校時間よりも早く学校に来て、スマホをいじってるフリをしつつ、この廊下から、いつも眺めてた。そんな俺の隣にひょこっと現れた、唯一、この片想いを知っている島さんが、頬杖をつきながら、友だちと歩くみっちゃんを見下ろしてる。 「や、詩人でしょ。こんなとこでただじっと見つめて。ずっと片想いって。詩人か、もしくは、スト」 「犯罪者っ?」  ものすっごい眉間に皺を寄せて、島さんが言いかけた言葉をツッコミで掻き消した。違うし。犯罪じゃないし。見てるだけだし。って、それこそ、スト―― 「よく、飽きないね」 「……うん」  島さんがすごく退屈そうに下を眺めてた。頬付けも面倒そうに、窓枠のところに組んだ腕の上に顎乗っけて。  飽きることができたら、よかったのに、とも思わないくらい、みっちゃんのことが好きなんだから仕方がない。どう頑張っても迷惑でしかないだろう片想い。でも、俺はそれを自分から終わらせることはできなくて。だから、決めてることがあるんだ。 「……あと、ちょっとだけだから」 「深見?」  もうみっちゃんは忘れてる。幼馴染だった俺のことだって、忘れてるかもしれない。一言も会話を交わさなくて何年になるっけ。話さないどころか、まるで他人なのに、それでも俺はみっちゃんのことを諦められなくて、高校まで追っかけて。今みたいにずっと眺めてるだけでもいいって、片想いをしている。  でも、あと、ちょっとだけだから。八月八日、そこまであと半年。 「教室戻ろ」  みっちゃん、覚えてる?  って、覚えてるわけないか。子ども同士で交わした約束なんて、「俺は魔法使いになる」って宣言するのと同じくらい、夢物語で、他愛のない空想。それでも、俺にとっては大事な約束で、大事な、夢見る将来だった。  俺にとっては本気の告白だった。 『八月八日、みっちゃんの十八歳の誕生日にさ、結婚しちゃえば、俺はお饅頭食べ放題! みっちゃんはケーキ食べ放題の生クリーム乗っけ放題だよ! どう? これっ!』  十八になったら結婚できるから、そしたら、お互いの家業を合わせて一緒にしちゃうために結婚しよう! なんて、五歳児にしてはけっこう考えたんだ。あの時の俺がどうにかしてみっちゃんと両思いになりたい一心で考えたプロポーズ。 『どうっ? みっちゃん』  あの時、みっちゃんはどんな表情だったんだろう。  考えるのも、言うのも、全部一生懸命すぎて、覚えてないんだ。もう、あと少しでその日がやってくる。  俺はあと半年したらやってくる、みっちゃんの誕生日に、あの五歳の俺がしたプロポーズをもう一度して、断られる。そして、この片想いを粉々に砕いてもらおうと思うんだ。ひとりじゃ諦められないから、もうほぼ見えないくらいに薄くなってしまった繋がりだけど、幼馴染のよしみで、片想いを終わらせる手伝いをしてもらおうかなって。 「島さんはあの彼氏にチョコあげるの?」 「まぁねぇ。深見は?」  クッキング部で楽しくお菓子を作って、食べて、談笑しながらの片付け、そこで発した島さんの言葉に皆がぴたりと止まった。そしてたぶん、三秒後くらい。島先輩ってばって、後輩たちの大爆笑。 「だって、深見、もらいっぱなしはズルくない? 誰かにあげなよ。ねぇねぇ、知ってる? 男子同士の友チョコ用のチョコもいっぱいあるんだって」  意地悪なことを言って、俺をからかってる。チョコなんて買わないよ。うちの店にいっぱいあるのに。 「今年もいっぱいもらえるの、全部断るの?」  クッキング部の片付けを終えて、部長と副部長である俺と島さんが調理室の施錠係り。部活の帰り、ふたりっきりになったら、島さんがからかうんじゃない声のトーンで、さっきの話の続きを振ってきた。 「俺、チョコ好きじゃないの、島さんだって知ってるじゃん。それに」 「愛しの君?」  また詩人みたいな言い方して。全然そんなんじゃないって。長い片想い、そんなの綺麗でもなんでもない。ただのしつこく諦めずにいる、未練たらたらってだけの話。 「でもさ、あの愛しの君は誰かからもらっちゃうかもよ? 去年、彼女いたんでしょ?」 「……そ、だけど」 「別に、彼は彼でカッコいいし、深見ほど目立たないだけで、普通に、それなりに」 「俺は別に目立ってなんて……」  島さんが言うのをやめて、どこかを少しびっくりした顔で見ていた。その視線の先にはちょうど中庭があって、そこにみっちゃんがいた。 「あれ、愛しの……」  みっちゃんも部活が終わった頃なのかもしれない。笑いながら歩いてた。 「……」  楽しそうに笑うみっちゃんの隣には……女子がいた。 「あれ、同じバスケ部の子だったっけ。たしか、小坂さん」  小坂、さん……可愛い子だった。みっちゃんの隣で口を大きく開けて笑うその子がちらっと視線を投げる。そしたら、みっちゃんが何かを話して、また、小さく笑って。今度は、小坂さんっていう子が二、三歩小走りで前に出て。そしたら、みっちゃんが追いつこうと少しだけ早く歩いて。 「深見は愛しの君のことしか眼中にないから知らないかもだけど、可愛いよね、小坂さん」 「……」 「あとね、バスケ部ってだけじゃなくて、同じ図書委員なんだって。知ってた?」  追いついたみっちゃんに、また話しかける彼女を見て、胸の中がくしゃくしゃに縮こまっていくような気がした。  もう、二月になる。二月になったら、バレンタインがあって、そこに向けて、なんとなく、どことなく皆がそわそわしている気がした。もう、チョコを片手に「好きです」なんて告白を突然する人はそういないだろうけど、やっぱ、皆、なんとなく二月十四日に赤い丸を描き込んでいるような感じ。  俺にはあまり関係のないイベント――そう、思っていた。みっちゃんと、小坂さんのツーショットを見るまでは。 「……」  何回目だろう。あのふたりが一緒に並んでいるところを見るのは。一日に一回は見ている気がする。 「深見、先に行くよ。次、移動教室だよ」  ほら、今も、どこにふたりで向かうの? 委員が一緒だとそんなにしょっちゅう、ツーショットになれんの? 何話してんの?  俺も図書委員になればよかった。 「……」  どうしよう。島さん。  諦めるつもりだった。この片想いを粉々に砕くつもりでいた。でも、これ、イヤなんだけど。どうしたらいい? 八月八日には粉々にして、二度と復元できないくらいにして諦めようと思ってたけど、これじゃ、無理っぽいよ。  だって、あの二人が並んでいるのがイヤだった。とてつもなく、イヤでどうしようもない。胸のところがざわつく。あと半年でこれを粉々にできる? 「島さん!」 「え? 何、深見、すごい顔して」 「俺っ!」  まだ、全然、ものすっごく、みっちゃんのことが好きみたいなんだ。 「俺っ! チョコ! 作る!」  諦めるなんてことを諦めたほうがいいくらい、愛しい君のことを好きなんだ。

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