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第49話 (青葉視点)星に願いを
みっちゃん――いや、これ、ダメでしょ。子どもっぽすぎる。
充? うーん、これもダメ。馴れ馴れしい。ものすごく。
宇野? たぶん、これが正解。あーでも、やだ、宇野って、だって、それってなんか、よそよそしくない? いや、よそよそしいくらいに距離離れてるんだけど。でも、だって、みっちゃんはみっちゃんだし。
「宇野っ!」
言った瞬間、自分の口から心臓が飛び出た気がした。もしくは、胸の中で爆発した。
「ぁ……ぇ?」
みっちゃんだ。俺に声をかけられてびっくりした拍子に、サラサラした黒髪が揺れる。普段は涼しげな印象がある瞳を大きく見開いて、こっちを見つめてる。
「覚えてる? 俺のこと」
「ぁ……う、ん」
今、俺、みっちゃんに話しかけてる。
「あはは、返事が、うん、だか、ううん、だか、わかりにくいよ」
平気かな。俺ちゃんと話せてる? もう半分テンパってて、自分で自分の言いたいことがよくわからないんだけど。でも――
「深見青葉」
泣くかと思った。とにかく言いたいことは言わないとって、チョコ渡さないとって、それだけを胸のうちで繰り返し呪文みたいに唱えてたら、みっちゃんのあの澄んだ低い声が俺の名前を呼んだ。どうしよう。感動で泣きそうなんだけど、っていうか、指、震えるんだけど。緊張とか、嬉しいのとか、色々ごちゃ混ぜになって、わけがわかんなくなる。
チョコ、渡したいんだ。
俺は好きじゃないけど、みっちゃんはうちの店のチョコ大好きだったから、ちゃんと丁寧にテンパリングして、こってりと甘いチョコレートの香りに包まれながら、バレンタイン用にって。
「あのさ、これ、もらって?」
「……え?」
「チョコ、バレンタインだから」
みっちゃんにあげたくて。
「そんじゃ!」
もうそれが限界。体力使いきった。緊張で溶けそう。っていうか、心臓が爆発したし。
マジで大丈夫だった? 変じゃなかった? 普通にできてた? みっちゃんに、怪しまれてない?
「お疲れ~、深見」
みっちゃん、食べてくれるかな。
「……島さん」
はるか彼方のA組にまで旅立っていた俺を迎えてくれたのは、俺の机で待ちながら、ついに詩人的片想いから発展したのかどうかをワクワク顔で待つ、クッキング部副部長。
「すっごい顔。エベレスト登ってきたみたいな顔してる」
「……それ、どんな顔?」
眉間に皺を深く刻んで、怪訝な顔をしたら、島さんが楽しそうに笑って、俺の人生初のバレンタインを詳しく説明しろって突付いてきた。
嘘みたいだなぁって、思ってしまう。俺がまさかみっちゃんと一緒に帰る日が来るなんて。
「はぁ」
自分の吐いた白い息を眺めてると、それこそ、目の前全部が白い霧に覆われて「夢オチ」でした、って、自分のベッドで目を覚ましてしまうんじゃないかって。
だって、信じられないよ。
みっちゃんの部活が終わるのを待っていていいなんて。
空を眺めながら、白い息が大きくなって、全部が白くなって、次に見えたのは自分の部屋の天井で、これはただの夢でした。
「深見!」
「……部活、お疲れ」
そうじゃないって、みっちゃんの声をこの近い距離で聞く度にホッとして、嬉しくなって、じんわり感動とかしてる。
みっちゃんは知らないだろうけど、今、君の隣を歩く俺は、ずっと君に片想いをしていて、遠くから眺めてた。眺めてるだけでいいと思ったんだ。叶うなんて思ってないよ。男同士なのに、みっちゃんが俺を好きになる確率がほぼゼロなことなんてわかってる。
それでも好きなんだ。他の誰でもなくて、諦めることもできないくらい、好きで、ものすごく好きで。
でも、俺は男が好きなんじゃない。もうそんなん、何度も確かめた。男が好きなのか、みっちゃんが好きなのか。たしかめて、そして、ちょっと落ち込んでた。だってさ、わかるから。俺はどう頑張っても、どんなに一生懸命に胸のうちを誤魔化しても、他の男子のことは好きになれない。
つまりね。俺がどうしてもクラスメイトの男子を好きになれないように、みっちゃんも俺のことを好きにはならないってことなんだ。すごく残念なことに地球が逆回転したって、ありえない。
「なんか、こういうの、ちょっと懐かしい」
みっちゃんにとって、俺はただの幼馴染。五歳までずっと毎日一緒にいたご近所さん。
「梅が?」
五歳の俺はまだそんなことはわからず、君にプロポーズする方法を一生懸命に考えていたけれど。十三年経ったら、その幸せの切符みたいなプロポーズが、この片想いを粉々にするためのトンカチになるなんて、子どもの俺にはわかんなかった。
「そっちじゃなくて、前にさ、チョコチップがぎっしり入ったカップケーキを青く、ん」
五歳の俺は君のことをみっちゃんって呼んでた。俺は、青君って、呼ばれてて、いつでも合言葉みたいに名前を呼んで、笑って、遊んで、隣にいた。
今、俺の隣には十三年後の君がいて、一言も会話を交わさなかった月日分、全部が遠くて、よそよそしい。仕方がないけど、俺は君と離れた十三年分の距離をすごくもどかしく思うしかない。
そうするしかない、と思ってた。
みっちゃんはやっぱりすごい。子どもの頃から、カッコよくて優しくて、温かかくて大好きだった。誰よりも強くて、すごいなぁって思った。
今でもやっぱりすごい人だ。
「宇野じゃなくて! みっちゃん」
君に名前を呼ばれるだけで、あんなにあった距離が一瞬で縮まる。
「みっちゃん」
「ぁ……」
「みっちゃん!」
「は、ぃ……ぁ、青、く……ん」
ほら、ここまで来れる。ここまで近づく勇気をくれる。君が俺を呼ぶ声は、俺をものすごく、すっごく、幸せにしてくれる。
遠くで見てるしかなかった。
知ってる? 何度か廊下ですれ違う度に俺はドキドキしちゃってさ、あんままともに顔も見れなかったんだ。見たら、その瞬間、頭が噴火するかもしれないって心配になるほど顔が熱くなるから、視線はそっぽへ。意識だけは真っ直ぐ君へ。そして、通り過ぎて、少ししてから振り返る。
もちろん、みっちゃんが振り返って俺を見てたことはない。
いつも、まともに見れるのはみっちゃんの背中ばっかりだった。あとは教室の窓から下にいるとこを目撃して見つめるくらい。背中とか、頭のてっぺんとか、ぎり頑張って、横顔とか。
「あ、ほら、ここで、演奏がさ。ギター、カッコいいよね」
信じられないよ。あんなに遠くて、背中ばっかりだったのに。今、俺とみっちゃんの距離はイヤホンの左右の耳までのコード分だけ。
嘘みたいだけど、でも、どうか、嘘じゃありませんようにって、夢オチなんかになりませんようにって、願いながら。
「これの動画見たことある? ボーカルとギターが並ぶんだけど、すっごいカッコいいんだよ」
君と俺を繋ぐコードを眺めてた。
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