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第50話 (青葉視点)家宝は寝てる間にやってきた。
いつから好きになったんだろう。昨日まではただの親友で、今日から好きな人、みたいな境目があったのかな。
気がついた時にはみっちゃんのことが好きだった。それが恋愛の好きだって気がついたのはもっと後のことだけれど、五歳児だった俺にとって、みっちゃんは親友で、かけがえのない大切な人で、いつまでも一緒にいたくて、みっちゃんの隣はずっとずっと、俺の指定席でありますようにって、願っていた。
どうしよう。もう遠くで見てるだけだった頃には戻れないよ。近くに来ちゃった俺にはもう無理そう。
みっちゃんの優しくて低い声が俺のことを呼んでくれるんだ。あのチョコ、すごく綺麗で美味しかったって、嬉しそうに笑ってくれるんだ。
一緒に帰っちゃったりして、イヤホン半分こにしちゃったりして、お昼休みなんて、マジでスキップしちゃいそうになるくらい、A組まで行って、みっちゃんのお昼休みを独り占めしてる。
嘘みたいだよ。こんな近く来ちゃっていいのかな。
『いいよ』
目の前に、みっちゃんがいた。
『いいよ。もっと近く来てよ』
いいの?
『うん。いいよ』
あの、さ、みっちゃん、あの、なんで、シャツ、そんなはだけてんの? あの、ちょっと、あれ、なんですけど。俺、みっちゃんのこと、好きなんですけど。だから、その格好とかされちゃうと誤解しちゃうから、俺も困るし、みっちゃんだって。
『青……』
へ? あの、みっちゃん、クン、付け忘れてる。それじゃ、彼氏っぽい! 俺、誤解しちゃうって。
『青、いいの?』
な、なにがですか。
『独り占めするの、俺のお昼休みだけでいいの? 俺のことは……しなくていい?』
「え……した……ぐふふ……ぁ、も、ぁ、ちょ……そんな……大胆、な……イタッ!」
「深見、あんた、どんな夢見てるのか、寝言で丸見えだけど?」
今さっきまで目の前にいたのは半裸からあれよあれよと全裸になったみっちゃんだったのに。
「あれ? 島さんだ」
「おはよ。課題もしないで、何、リアルに寝こけてんの?」
「ふへ?」
今、目の前にいるのは腕組みをした島さんだった。
ちょっと恥ずかしいじゃんか。学校の一室で、いかがわしい夢を見てたなんて。家ではめっちゃ見てるけど。っていうか、妄想しまくってるけど。みっちゃんの艶姿っていうやつを。そりゃ、男子ですから、好きな子のそういう姿、想像するでしょ。男子なんだからさ。
「まったく……せっかく手伝ってあげたのに」
手伝う? 何を? 俺、めっちゃひとりで課題に立ち向かってましたけど。あ、いや、立ち向かってないか。寝てたし。
っていうか、そうだ。そうだった。今日は課題をやらないといけなくて、声とかかけられない場所を選んで、ぼっち勉強してたんだった。あまりにここがポカポカしていて、爆睡しちゃったけど。よかった。島さんが来てくれて。じゃなかったら、俺、課題どころじゃなくて、ここにひとり置いてけぼ、り……だった。
「あああああああ!」
なんか……なんか、なんかっ! あるんですけど! 目の前に!
「……まったく」
「こここ、これっ! これって!」
目の前には綺麗にラッピングされた箱と、俺のマフラーが入った紙袋。この忘れ物が誰のかって、俺のマフラーですぐにわかる。俺が、思いっきりひとり相撲でみっちゃんを独り占めしたくて、押し付けたマフラーだ。
「そ、愛しの君が深見にって。うちの教室に来たよ?」
「マジで?」
「だから、調理室で勉強してるって教えてあげたのに」
箱の中にはお饅頭が入っていた。白と茶、普通のお饅頭と、俺の大好きな宇野屋さんちの黒糖饅頭だ。
「ねっ! ねぇ! これ、もしかして」
ホワイトデー? って、島さんが首を傾げたけど。そうでしょ。これ、絶対にホワイトデーでしょ。バレンタインのチョコのお返しでしょ。
「ねぇ、深見」
「んー?」
食べるのもったいないね。あ、でも、チョコと違ってあまり日持ちしないよね。冷凍にしたら、少しずつ、一ヶ月以上は堪能できるかな。あ、さすがに、それはキモい? っていうか、せっかくのふっくらツヤツヤ饅頭が台無しだもんな。それはお饅頭にもみっちゃんにも申し訳ないもんな。
「うわぁ……どうしよ。めっちゃくちゃ嬉しいんだけど」
「深見、あのさ」
「なぁに?」
どうしよう。もらえるなんて思ってなかったよ。っていうか、起こしてくれたらよかったのに。みっちゃん優しいから、寝てるのを邪魔しちゃ悪いって思ったのかな。いいのに。見たかったのに。これを持ってきてくれた時のみっちゃんのこと、見たかったのに。
「なんか、愛しの君、走って……」
「へ?」
何? 島さん、このお饅頭をそんな食べたそうに眺めても、絶対にどんなに大金積まれてもあげないよ。これは家宝にしたいレベルで大事な饅頭なんだから。
「……なんでもない」
「?」
島さんはそれ以上何も言わず、ちらっと、饅頭を見て、俺はその視線に慌てて紙袋に箱に入れた家宝を仕舞いこんだ。
「それじゃあね。課題、頑張って」
「あ! 忘れてた!」
「ちょうどいいじゃん。お饅頭食べながら頑張って」
島さんはそのまま調理室を出て行った。
食べるわけないじゃん。こんな片手間でこの家宝を食べたりなんて、絶対にしない。このお饅頭はたっかい日本茶をいれて、正座しながらいただくんだ。
家宝なんだから。
どんな味がするんだろうって、ワクワクしたし、ドキドキする。
「あ、これ、みっちゃんのにおい……」
俺が、みっちゃんと小坂さんの邪魔をするために、グイグイ押し付けたマフラーからは一緒に帰っている時、イヤホンはんぶんこにした時、風と一緒に鼻先を掠める優しくて柔らかいみっちゃんの匂いがした。
すごく、すっごく美味しかった。甘くてしっとりとした餡子、ツヤツヤ光る薄皮の中にはふっくらとした軽くて柔らかい生地。
――それ、宇野君の手作りだよ。深見君が自分のところのお饅頭が好きだからって、頑張ってた。
それがみっちゃんの手作りだって知った時の衝撃はすごかったんだ。
このまま息絶えても悔いはなし! っていうか、もしかして、ここがすでに天国? って思うくらい。めちゃくちゃライバル視していた小坂さんに教えてもらった時、本当に嬉しくて幸せだった。つい数ヶ月前まで、自分がみっちゃんの手作り饅頭を食べるなんて、妄想ですらしたことなかった。
悔いはないけど、でも、どうしよう。こんなに幸せいっぱいな瞬間を食べちゃったから、もう、無理だよ。
「でも、ごめんなさいねぇ。インフルエンザを移しちゃったら大変だから、来てくれたことはちゃんと伝えておきますね」
もう、みっちゃんのそばにいられないなんて、無理。
でも、俺はホワイトデーの日から、避けられていると思う。顔すらまともに見てない。あんなに毎日一緒にいたのに、お昼休みはどこかに行っちゃってて探してもいない。
「そ……ですか」
ねぇ、どうしよう。君に会いたいって、思うようになっちゃったよ。みっちゃん。
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