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第51話 (青葉視点)桜、舞う
みっちゃんに避けられてる。ずっと、もうホワイトデーの日からずっと、顔すら見せてもらえない。
これじゃ、遠くで眺めていたほうがマシだったかも。遠くで眺めている分には心穏かにいられたから。今は、遠くで見ていても、胸のところがざわついて息が苦しいんだ。
何をしたんだろう。
何をして、俺はみっちゃんに避けられてるんだろう。
「深見! ほら、クラス貼られてる」
もう、みっちゃんからもらったお饅頭も食べ終わっちゃったよ。すごくドキドキしながら、幸せの味を噛み締めたのに。あれが最初で最後だったなんて。
「もぉ! なんなの! 春休み中、すっごいテンション低いし! ライン、三回に一回しか返事来ないし!」
みっちゃんの手作りお饅頭。それが、ただ宇野屋さんちのお饅頭が大好きで、超甘党な幼馴染へのほどこしだとしても、全然かまわなかったのに。
「いーくーよー!」
もう戻れないよ。ごめん、みっちゃん。
「深見は……どこだろ。あ! 私、発見! Cだって。あっ、っていうか、深見も」
君の十八歳の誕生日まで、ただ眺めるだけの片想いをしているんで満足していた頃の俺にはもう。
「あ……おいっ! 充っ」
長年抱えていた片想いで、俺の聴覚はみっちゃんの名前にするどく反応するようになった。みっちゃんのクラスメイト、益田の声だろうとその名前に瞬時に意識が傾く。
「……みっ」
「あ……あお、く」
もしも、神様がいるのなら、応援してくれてるって思ってもいいですか? ただのクラス替えだけれど、でも、六つもあるクラス、百人は余裕で超える同級生の中から、同じクラスになる確率は――わかんないけど、でも、助け舟を出してくれたって思いたい。っていうか、思うことにする。
「ごめん、みっちゃん」
みっちゃんの手を掴んだんだ。ぎゅっと、逃げられてしまわないように。最近、急に仲良くなって、なんなんだろう? って思われてるかもしれない。マフラーとか押し付けられて、チョコだっていきなりもらうことになって、近所だから、同じ商店街だから我慢してたかもしれない。高校生でもやっぱご近所付き合いはしないとかなって思ってたけど、もう、さすがに――そう思われてるのかも、しれないけど。
でも、ずっと、昔から決めていたんだ。
この片想いがいくら実ることはないとしたって、何もせずに、消してしまいたくなかったんだ。
みっちゃんにはただの迷惑だってわかってるけど、でも、俺にとってはやっぱ大事な気持ちだったから。
「みっちゃん……」
この片想いを終わらせるなら、どんな結果になろうと、必ず「好き」だってことは伝えてからにしようと思ってた。
「ずっと、あの……ずっと、前から、俺、みっちゃんのことが好き、です」
これで、おしまいだ。
「…………え?」
五歳の時からずっとずっと好きだった。大好きだった。ただ、告げるだけでよかった。
「ずっと好きだったんだ。あの、色々、言いたいことがあるんだけどさ。その、あのお饅頭とか、あ、あれ、すっごい美味しかった。おばさんが作ったのかと思ったんだ。でも、小坂さんが、みっちゃんの手作りって言ってて、マジで? って、そのかなり嬉しかった。あ、ごちそうさまです」
告げたら、おしまい。そう決めてた。
「あと、マフラーあれ、ごめん、あの時さ、俺、小坂さんのことを誤解してて、その、それもあって、お饅頭誰が作ったのわかったっていうか。なのにみっちゃん会えないし、音信不通だし。でも、クラス一緒になったから」
そう、思ってたのに。
「俺、すっごい嬉しくてさ。神様が応援してくれてるのかもって、さっき思って、そんで、あ、えっと、だからさ、今しか言う機会ってないんじゃないかって」
でも、俺って、けっこう図太い。あと、根性あるんだね、って今思った。だって、そうじゃん。おしまいってわかってるのに、ただ同じクラスになれただけで、なんか勇気が持てて、そんで、桜が舞う中、俺だけを見つめる愛しの君に淡い期待をしている。
「本当にっ……マジで、ずっと好きでした。……付き合ってください」
告白できれば万々歳。それだけで充分、嬉しい。そう思ってたはずなのに、頬を桜よりももっと綺麗なピンク色に染める君に期待をしてしまった。
その瞳がすごく潤んでいて綺麗で、黒髪が春風に揺れる度に、なんか、光すら纏っているような気がして、勘違いしてる。
「一刀両断にしてくれてかまわないから、返事、ほしいんだ」
桜が、風が、青空が、こんなに綺麗なんだったら、もしかして、神様、めっちゃ応援してくれてるんじゃないかって。だから、期待半分、覚悟めいっぱいの告白をした。
「……ぁ」
「みっちゃんのことが、俺は、好きです」
これだけはっきり好きって言って、一刀両断されれば、十三年間の片想いだって諦められる。
「はい。俺も、青君のこと、好き、です」
そう思った。
「………………っええええええ?」
でも、返ってきた言葉は俺の予想とか覚悟とか蹴散らして、放り投げて、俺の、心臓に真っ直ぐ、突き刺さった。
「ちょ、青君! 静かに!」
「だだだ、だって! 今! 今さっ!」
嘘? ねぇ、ちょっと、神様、これって、なんのドッキリ?
「みっちゃん! 俺のこと! 好きって、言った? 言ったよね? え、あ、お」
えぇぇ? ありえないよね? 俺のこと、好きだなんて。もう、そっから先の会話とかふわふわしちゃって、まさに夢見心地だったんだ。どこからともなく漂う花の香りを乗せた穏かな風と清々しい青空。その下で、学校なのに誰もいないふたりっきりなんていう、すごすぎるロマンチックシチュ。嘘みたいなのに、嘘じゃない。
十三年間分の片想いが、学校中の桜と一緒に満開に咲いた。
みっちゃんが、俺のことを好きって、言ったんだ。
十八になって結婚できる歳になったら、みっちゃんの誕生日が来たらプロポーズするつもりだった。んで、玉砕する予定だった。それが、小坂さんの登場で玉砕したくなくなった。玉砕したくなくなったら、遠くで見てるだけじゃ足りなくなって、欲がでて、チョコを渡して。話すようになれたら、今度はもっともっとって、桜の蕾が膨らむみたいに大きくなった。
愛しの君は、興奮気味な俺を見て、楽しそうに笑ってた。
「あとで重くなっても知らないからね。俺の片想い期間分って相当あるから。かなり、多いからね」
「うん、いいよ?」
ねぇ、ちゃんとわかってる? 俺、マジで、大好きなんだ。君のこと、マジで独り占めしたいんだ。ねぇ、みつ――
「全然、いいよ? 青」
そう言って、俺の大好きな人は笑って、一年でこの時期にしか咲かない、日本人をわらわら引き寄せて宴までさせちゃうような、綺麗な桜の花よりも、美しい笑顔で、俺のことを呼んでくれた。
俺は、その時の笑顔を一生忘れないって思ったんだ。
「……み、つ」
蝉が鳴いてる?
「おはよう。青」
みつ?
「なんの夢見てたんだよ」
「……ぇ?」
「ずっと、俺のこと、呼んでた」
「……え?」
みつが、俺のベッドの中に、いる。
「おはよう、青」
みつがそこにいて、綺麗な白い肌に、あの日、告白したあの時に待っていた桜みたいに綺麗な花びらを肌にいっぱい散らして、まるで桜の花みたいに光をまとって笑っていた。
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