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第53話 大人から一言

「充、もう少し益田の手前にボール落としてやると、あいつ取りやすいぞ。そのままモーション繋がって、シュートまで無駄なく動かしてやれる。おい! 益田! そこでポジション取って!」  中原さんが大きな声上げて、益田の視線がこっちに向くようにと長い手を体育館天井へと伸ばした。  そして、ひょいっと、本当に軽く投げたボールが益田の手前に落ちて、それを追いかけるように走り出す。背中で行く手をガードされていたディフェンダーは益田の動きに半歩以上も置いてけぼりにされて、ほぼあいつは自由にシュートまでもっていけてた。 「な? 益田の動きに合わせるんじゃなくて、充のボールに益田を合わせて動かすんだ。それが、ガード。だから、そんなに益田を見てなくていい」  そうなんだ。俺、いっつもちゃんと見て、ポジションを正確に把握するようにしてた。じゃないとボールをちゃんと出せないから。そっか。そうなんだ。 「ざっとでいいよ。んで、なんとなくのところから、放る。それで大丈夫。んでさ」 「はい!」 「あれは、どうにかなりませんかね」  ……すみません。なりません。 「視線が、背中にズッブズッブ刺さるんだけど」  中原さんが指差した先にはまるでゴリラみたいに、鼻の穴を膨らませた、青がいた。青はカッコいいよ。うん。ものすっごくカッコいい。モテるの、よくわかるよ。納得する。でも、今、あそこに益田も並べたら……やっぱ、ゴリラ。  青は体育館の上をぐるっと移動できる細い廊下に座り込んでいる。そしてその青をゴリラに見せているのは、あの怒ったような顔と鼻の穴と、あと、ほら、あの落下防止の柵が檻の鉄格子。あれのせいでゴリラに見えてきてしまう。 「あはは、すみません」  今日はクッキング部は急遽休みにした。部長の権利を乱用しまくりだって怒ったけど、そろそろ臨時コーチは終わりって言っていた中原さんが急遽、今日で来れなくなった。バスケ、大学のほうに戻るんだって。予定を少し早めて、本格的に大学チームの練習に参加するらしい。  花火大会の直後、このタイミングで練習ラスト、もしかしたら、俺に告ってくるかもしれないなんていらない心配をした青はずっとああしてゴリラになっていた。バスケの練習見学じゃなくて、俺を見るためでもなくて、中原さんの監視なんだってさ。 「あ、あの、中原さん……」  花火大会の時、俺は彼女とはぐれてしまった、と思っている中原さん。本当のことは言えないけどさ。青が彼女っていうか彼氏ですなんて言えないけれど、でも、彼女はないけれど、好きな人ならいますって言いたかった。 「あの後、修羅場った?」 「へ?」 「彼氏、でしょ?」 「!」  コートのほぼど真ん中、ガードのポジションでまるでバスケのレクチャーを受けているような感じで、でも、話しているのは今こっちを睨んでる青のこと、だなんて。 「あ、あの!」 「別に、いやらしい詮索してるんじゃないから」 「……」  青のことを、他の人に話すなんて、ドキドキしてしまう。 「そういう偏見持つほどガキでも古臭くもないつもりだし」 「……」 「好き同士ならいいんじゃない? 性別なんてさ」 「ぁ」  ドキドキしぎて、喉のところで言葉が詰まってしまった俺に、ふわっと笑った中原さんが、益田にひとつ声をかけて、そこから、ゴール下のポジション争いが始まった。その場で簡単に始まった三対三。ガードである俺たちはその小競り合いを見ながら、あそこにボールを出したり、あっちを見てみたり、なんてアドバイスをもらっていそうな感じに見えると思う。 「ふたりを見てたら、なんか、いいなぁって思ったんだ」 「……ぇ?」 「打算なしで、真っ直ぐ、好きな人を、好きなことを追いかけるのって、こんなに楽しそうなんだっけ、って思った。そしたら、バスケ戻りたくなってさ」  前に、中原さんが言ってたのを思い出した。強いチームにいるけれど、そこでレギュラーでプレーしているけれど、でも、バスケのプロ選手になれるのはほんの一握り。しかも選手生命は短い。それなら、ここで辞めて、就活を始めたほうが良いんじゃないか。ちょうど、タイミング良く膝を怪我した。新卒で就職したいのなら、そろそろ始めないといけない時期、まるで、ここで辞めたらいいと誰かに言われたように。 「だから、ありがと。それが言いたかった」 「あ! あの!」 「……充?」 「あの! この前の花火大会、あの時、言えなかったけど、えっと」  すごく言いたかったんだ。青のことが好きですって、誰にも言えないけれど、言いたくて、友だちだって言いたくなくて、仕方なかったんだ。 「青と一緒に観に、行きました。つ、き合ってます」 「……そっか、頑張れ」 「はい。あの、中原さんも、大学で」 「あぁ、頑張るよ。充に教えてもらったからな」  好きなものを追いかけることの魅力を思い出したって笑って、また益田に厳しい声をあげる。あいつは、あいつで一生懸命、バスケ少年になって、今、最後のバスケを必死にで追いかけてる。ホント、青春っぽい感じ。 「こらー! 益田! そこでリバウンド取れないんじゃ、お前、負けるぞー!」  中原さんの声に益田が必死に答えて、体張ってボールを取り返していた。  俺も、俺と青も、青春、してるのかな。そんなの自覚したことないけど、そうなのかな。 「何の話してたのっ!」  練習を終えて、小走りでいつもの中庭に行けば青が……身構えて待っていた。あまりに、ヤキモチを全面に出すから、なんか可愛くて、たまらなく嬉しくて、思わず笑ってた。  前までは隠してた。男同士の恋は秘密だし、それに、男同士だからヤキモチをしていい相手の範囲がわからないから、全部しないようにして、ヤキモチすることも隠してた。  でも、もう青は隠さない。  俺も、隠さない。 「何って、青春だなぁって話」 「へ? …………なにそれ」  きょとんとしてた。だって、そういう話してたし。 「おーい、おふたり、お疲れさん」  振り返ると中原さんが練習着のまま追いかけて来てくれていた。たぶん、今日でラストだからまだ帰れないんだろ。益田がまだ教わりたいって、目の中に火の玉踊らせてゴリラになってたし。女子が写真撮りたいって列作ってたし。 「ほい。これ、先輩からの差し入れ」 「え? あ、あのっ!」 「君が青、だろ?」  声をかけられて、今までの青だったら平然としたフリだったんだろうか。でも、今の青は明らかにムスッとして、大学生相手に怒ってる。 「やるなぁ! 青!」 「は? ちょ、なんなんですか! あの、ちょ」  びっくりした。中原さんが青に飛びつくから何かと思って、手を伸ばしたけど、なんか、すごい光景で萌えすぎるから、二人を止めようとした手を止めて見学してしまう。  だって、頬を指で突付かれてグリグリされる青なんて、そうは見られないでしょ。すごい慌ててるし、マイペースな青が、中原さんのペースに巻き込まれまくってるし。 「充、と、ラブラブ? なんか、今日も練習中に、そこはかとなく漂う色気? っつうの? それを引き出しちゃう高校生、青! 恐ろしい子だよ!」 「はぁ? あの、ほっぺたっ、ちょ」 「キスマークなんてつけっちゃって、周囲けん制しまくって、可愛いなぁ。いいと思う! お兄さん! そういうの! いいと思う!」  すごい、青が完全もてあそばれている。何これ、写真撮りたいかも。 「んで! そんなおにいさんが教えてあげよう!」 「は? いりませんっ! な! やめっ…………」  そのまま連れ去れてしまうのかと思った。青よりも背の高い中原さんに引っ張られて、小高くなっているここから数歩下へと降りたふたり。その場でしゃがみこんで、数分? 数秒? 「おか、えり、青」  中原さんはそこで青を解放して、俺に手を振りながら立ち去った。そして、戻ってきた青は顔が真っ赤になっている。 「え? 何? 何言われたんだよ! 青?」  なんで無言? 何その赤面。なんか変なこと言われてない? 「みつ、ありがと」 「え?」 「あの人に、言われた」 ――すっげぇ可愛い顔して、一生懸命に青と付き合ってますって、言ってたぞ。大事にしろよ。  そう言って、中原さんは青の胸をドンって拳で叩いたんだって、真っ赤になりながら教えてくれた。

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