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第54話 透明人間
明日から夏休み。海に川にプールに、毎日、青と一緒にたくさん夏の思い出を、って思ったけど、全部、青が裸になるのか……ちょっとそれは、うーん、俺だけが見たいとか思ってしまう。だって女子の反応が――なんて、浮かれてた。
「あれ? 深見は? 今日、これからカラオケ行くから、ふたりも、って誘いに来た、けど」
「あー……うん」
明日から夏休み。そう思って浮かれてはしゃいで大喜びする日でもあるし、しばらく会えなくなる好きな人に思いを伝えたく、なったりする日でもある、みたいだ。
「あ、もしかして」
「うん。アハハ」
青は今、女子に告白されている。
「断るってわかってても、なんか不安になる?」
「んー……かも、ね」
島さんに弱音を吐きながら、窓の外をぼんやりと眺めてる。すっごい暑そう。どこで、告白されてるんだろう。外、かな。中だったら、屋上に続く階段の踊り場、とか? 特別教室だと、そこに辿り着くまでに目撃される確率が高いから避けると思うんだ。
今、青は女の子とふたりっきり。
知ってるよ? 青がモテてるのは知ってる。同じクラスになる前、それこそ疎遠だった頃、青のことを好きな女子を俺が知ってる限りでも数人いるくらい、青はモテる。
カッコいいし、優しいし、そりゃ……彼氏にしたくなるだろ。だって、俺は青と付き合えて嬉しい。青の隣にいれて、めちゃくちゃ嬉しい。自分がそこにいたいって気持ちを俺がきっと誰より一番わかってる。
でも、そこ、俺の席だよ。
なんて、一瞬でも譲りたくないなんて、思うのは良くないのも、わかってる。
「やだ……宇野君」
「え?」
はぁ、って溜め息を吐いたのとほぼ同時、島さんに「やだ」なんて言われて、ドキッとした。心の狭い俺のことを女子の勘で見破ってしまったんじゃないかって。
「やだやだやだああああ!」
「な、何?」
なんなの。なんで、そんな肩で俺のこと、どつくの。
「宇野君! なんか色気すごくてむせる! クール系男子のくせに可愛い顔とか! さらっていい?」
「は? ど、どうしたの? 島さん」
「もぉ、ダメに決まってるでしょ。島さん」
青の声がしたと思ったら、クンって腕を引っ張られて、隣に連れて行かれた。
「みつは俺のです」
青の隣に立ってる。今さっき、女子に告白されていた青が普通に、俺をそこの場所に引っ張って、隣で目が合うと笑って、そして、俺はようやくホッとできた、落ち着けたみたいな溜め息をひとつ落っことした。その横顔に、学校じゃ繋げないけれど、手が青の体温を思い出してた。温かくて、優しい青の体温。
「だって、宇野君、可愛いんだもん」
「みつも、島さんからちゃんと逃げて」
「え? 俺が? なんで」
可愛いから、って、青が平然な顔して答えてた。可愛いのは島さんのほうだからって言うとしたのに、そこで、そんな笑顔を向けるとか。心臓に悪いんだよ。
「あ! ここにいた! ああああ! 島さんだ!」
いきなり元気な声が教室に飛び込んできたかと思ったら、一番騒がしくて面倒な益田だった。最近、引退直前なせいかバスケ少年化が止まらない。だから、今日も午後から市民体育館とかで練習しないか? とか言い出しそうな気がして、なんとなく姿を隠していた。
「あ、益田君だ」
「こここ、こんちは」
美女にうろたえる純朴青年か、バスケ少年か、もしくはゴリラか。
「なぁ! お前、来月八日誕生日だろ?」
「そうなの?」
「そうなんすよ。んで、去年、バスケ部連中で、遊びに行ったんだけど、今年はどうすっかなぁって。ちょうど、俺らが出る大会の一週間前だし、記念に、パーッと」
「あ、でも、益田君」
「あ! え? もしかして、島さんも、き、来ちゃい」
「や、そうじゃなくてっ」
「ごめんっ!」
島さんが俺の代わりに断ってくれようとした。でも、それよりも早く、俺自身で断った。
たしかに去年は益田たちと遊んでたっけ。一年の時、誕生日前に彼女と自然消滅って感じで別れてフリーだった俺を慰めるためにって、誕生日に男バス連中で騒いで、二年の時はそれを覚えていた益田が幹事になって、また騒いでた。
「ごめん。今年は俺」
でも、今年は――
「誕生日、付き合っている人がいて、そんで、その人といたいから」
青と一緒にいたいんだ。
「青、にやにやしすぎ」
「えー? だって、にやけるよ。そりゃ」
帰り道ずっとにやけてて、もともとカッコいいのに、そんな締まりのない笑顔をしてたんじゃ台無しだ。
「だって、みつが付き合ってる人宣言したんだよ?」
益田がすごい顔してた。顎外れたのかもしれないってくらい、リンゴを丸呑みできそうなくらい大きく口を開けたまま停止してた。
「だって、実際、そうなんだから」
友だちって言葉で隠したくなかったんだ。言いふらしたいとか、そういうのじゃなくて、ただ、青のことを好きな気持ちを「なし」にしたくなくて、見えないものにしたくなくて、「好き」がここにあるんだって、言いたかった。
「うん」
締まりのない笑顔。そんな顔してたんじゃ、さっき告白してきた子だって――
「あ、青こそ、ちゃんと」
「断ったよ」
びっくり、するだろ。今のいままで、にやにや笑ってたのに、急に、そんな真っ直ぐ俺を見つめて真剣な顔なんてして。
「付き合っている人がいるので、ごめんなさいって」
「え? そ、そう言ったの?」
「ダメ?」
ダメじゃないけど、それ、きっと夏休み明け、誰だろうって騒ぎになる気がする。青はモテてたけど、誰とも付き合わなくて、好きな子もずっといないって、たしか皆そう思ってたはずだ。それが急に、なんの前ぶれもなく付き合っている人がいるってなれば、ダレダレ? ってなるよ。
「でも、ごめん、みつのこと、誰にも言わないけど、でも、これだけはごまかしたくなかったんだ」
「……」
「みつのこと、透明人間にしたくなかった」
「透……?」
誰にも言えない、それは誰にも見えないのと同じようなもので。
「だから、みつが、俺のことも透明人間にしないでいてくれたのがめちゃくちゃ嬉しかった」
ここにちゃんと「好き」がある。隣には友だちじゃなくて「彼氏」がいる、ちゃんとここに、そう言いたかった。俺と青の間にある「好き」を透明以外の色に、今なら、真っ青な空と真っ白な入道雲の色にして、ふたりの間に持っていたかったんだ。
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