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第55話 チートな青、キュートな……
「うっわ、すっげぇぇ」
益田はそう感嘆の声をあげたけど、俺は声すら出せなかった。バッシュがバスケットコートの上でキュキュッとリズミカルに音を鳴らす。ボールが手に収まる時の音は、俺たちなんかよりも断然力強いのにキャッチミスがほとんどないから、見ていて気持ち良い。
「すごい! 宇野君! 私、初めてダンク生で見た!」
「私もー!」
そう言ってはしゃぐ小坂さんと島さん。それと――
「うおおおおお!」
バスケ少年益田の滾った雄叫び。
「っぷ、益田は相変わらず元気だなぁ」
「はいっ!」
「んで、充は相変わらず、クールキャラ?」
「!」
ニヤリと笑って、自分の首筋をトントンって二回突付いて、俺にだけ視線で言葉を投げてくる。キスマーク、今日はないんだ、みたいな感じで。
「こんにちはっ!」
そこに青が割り込んで、思いっきりムスッとした顔してた。たぶん、あのさ、中原さんは青のことをからかいたくて俺にちょっかいを出してるんだと思うんだけど。
夏休み入ってすぐ、中原さんから連絡があった。大学の練習、混ざりにこないかって。
うちの高校は夏の合宿がない。けっこう大学進学を希望する生徒が多い学校で、夏休みを夏期講習に当ててる生徒もたくさんいる。運動部系に所属していると合宿にこられない生徒続出ってことで、合宿がない。
それを嘆いていた益田のために、中原さんがひとはだ脱いでくれたんだ。顧問はついて来れなかったから、部活じゃなくて、とても個人的な集まりなんだけど。自主練っていう感じ。そこに面白そうって混ざった島さんと、これを企画した中原さんをそもそも警戒しまくっている青と、紅一点でバスケ部参加した小坂さん、それに男バス数名、って感じ。
「こんにちは。青君」
「……」
だから、中原さんもそこで挑発的というか、少し上目線で笑わないでください。青がめちゃくちゃムキになるから。
でも、本当にすごい。これが大学レベルのバスケなんだ。しかも、大学のサークルでやるのほほんとしたバスケじゃない。見てわかる激しさに、俺も益田も、あと他の連中も少しだけ後ずさりする感じだ。
「よし、そしたら着替えて来ようか?」
本気の中原さんとか、ほら、想像したら急に真夏とは思えない悪寒が。実際に指導してもらって、そのレベルを知っている俺たちは、ニヤリと笑う中原さんに「あはは……」って乾いた笑い声しか返せなかった。
嘘みたいに強かった。うまかったんじゃなくて、ただ、もう、どうしたらいいのか途方に暮れるくらいに強かった。
体の厚みも背の高さも、高校生の俺たちとじゃ比べ物にならなかった。コート内で囲まれるとものすごい圧迫感。四方を高い壁に囲われているみたいに感じられて、それだけでボールが手から零れそうになるんだ。ちょっと、怖かったくらい。
「すごかったねぇ、大学生。益田、大丈夫だった? 吹っ飛ばされてたけど。絆創膏、いる?」
「小坂、ありがと。だ、だい、だいじょーぶ」
全然大丈夫そうじゃない声だけど。益田はセンターだから、ゴール下で体を張らなくちゃいけなくて、大学生たちに言葉どおり揉みくちゃにされていた。
「宇野君は平気だった?」
「俺、ガードで、益田ほど接触プレーなかったからね」
壁の威圧感ハンパじゃなかったけど、でもその壁が出来上がる前にボールを瞬時に手から離してしまえばいいって、練習後半から気がついたんだ。しかも考える前にパスするから、味方もだけれど、ディフェンダーも反応が遅くなる。でも、ボールを出されたほう、たとえば益田はパスを追いかけるように動くから、自動的にディフェンダーは置いてけぼり。しっかり、正確にチームメイトのポジションを確認しなくていい、そのタイミングを強制的に覚えることができた。
「深見は……バスケ部、どーして入んなかったの?」
島さんが溢した素朴な疑問。でも、きっとこの場にいた全員が持っていたと思う。青の返答を皆じっと待っている。
信じられないよ。まさか中原さんと青で一対一の勝負するなんて。
「お菓子作るほうが好きだからっ」
しかも、中原さん、途中から本気だった気がする。笑顔が消えた。何本か勝負して、青の全敗。それと、頬にかすり傷をひとつ。
でも、大学リーグの強豪チームレギュラーとど素人、部活でもやったことのない青がいい勝負って、膝の故障があったせいで、万全のコンディションじゃなかったかもしれなくても、それでも、すごすぎだ。
「……勝ちたかった」
青がぼそっと、そんなことを呟いていた。
あまり勝負事とか好きじゃないんだ。青は昔からそうだった。戦いごっこをするよりも、誰かと競争するよりも、砂場で遊んだりしているほうが好きなタイプだった。
でも、そんな青が闘争心をむき出しにして見せた。
「それじゃあねぇ! また、遊ぼう? ライン、するねー!」
皆で電車に乗って、それぞれの駅へ。俺と青以外、ここの駅で降りる人はいないから、皆が電車の中から手を振ってくれていた。俺は手を振り返したけど、青は、しなかった。むくれてた。
「青?」
本当に珍しい。青が、こんなに負けたことを悔しがるなんて。
「……」
「そりゃ、負けるでしょ。相手、大学生だよ?」
青がどれだけ漫画の中の主人公みたいに、なんでもすごいレベルでこなせたとしたって、そんなの無理だよ。というか、中原さんにあの顔をさせただけでもすごいことだと思うんだけれど。俺らに教えてくれている間、あんな厳しい表情見たことがなかった。
「言われたんだ」
「え?」
青が眉間にものすごい皺を寄せて、悔しいのが声にも滲み出てしまうほど。
「花火の時、くらっと来たって」
「……は?」
「みつの浴衣姿と涙に、くらっと、来たって」
「……はぁ?」
くらっと、って言われてもさ。そんなわけないだろ。俺は男で、中原さんも男なんだから。
「ありえないよ」
「そう思ってるのは、みつだけだよ」
本気でムスッとしている青のことがとても愛しかった。冗談なのにさ。それに、もし、万が一にも中原さんが俺の、ないけれど、なにかひとつ魅力にほだされたとしたってさ、俺の気持ちは?
「みつはっ!」
その時、次の電車がホームに滑り込んできた。特別快速らしくて、小さな商店街しかないこの駅は少しスピードを緩めただけで素通りしてしまう。風をまとって、青のキャラメル色の髪を揺らして、ただ、俺の胸んとこを高鳴らせるだけして、通過してしまった。
「わかってないんだ」
「……」
「俺はいつだって、みつのこと」
こんなふうなら我慢しないで、加減とか考えないで、そのままヤキモチしたらよかった。
「……青」
「……」
「まだ、時間、ある?」
「……え?」
一歩、近づいて、ヤキモチって、気持ちイイんだね、って青にだけ伝えたら、ようやく、眉間の皺が消えてくれた。
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