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第57話 ゴロ寝してない

「う、うーん……」  Tシャツにするべきか、シャツにするべきか。クロップドパンツにするべきか、普通のパンツにするべきか。  悩ましい。  とりあえず買ったばかりの服を着てみて、似合ってるのかどうなのかを確認してみるけれど、似合ってるも何もわからない。ファッションとか詳しくないんだ。ほら、青が着てるのを見る分にはカッコいいとか、素敵だなとかわかるけれど、自分がカッコよく見えるかどうかなんて、あまりわからない。 「……」  へ、平気? やっぱり、クロップドパンツとか、おしゃれ上級者っぽくて、俺には似合ってなくない? この襟と袖のところだけ布が切り替わってるデザインシャツとか、気張りすぎじゃない? 店員さんが帽子も一緒になんて言ってたけど。よかった。帽子買わなくて。絶対に気恥ずかしくて被れそうにない。帽子なんて。  服選びってこんなに難しかったっけ? 青とデートする度に迷ってる気がする。そう考えると花火大会の浴衣はすごく、すっごく楽だった。選ぶ必要なんてなかったから。  あ、でも、あれはあれで、これ気合入りすぎ? とか、色々悩んでたから、どっちにしても一緒か。どうしたって悩むのか。  周りからして見れば、幼馴染の男子高校生がふたり夏休みに買い物に出かける、ってだけ。でもさ、俺たちにとっては―― 「充ー! 青葉君来たわよーっ!」 「は、はーいっ!」  お母さんの声に慌てて階段を駆け下りた。 「!」  青が、帽子被ってる! おしゃれ上級者だ! 「……みつ」  おしゃれ青が俺を見て頬を少しだけ赤くしながら、独り言みたいに名前を呼んだ。まるで見惚れてるみたいな様子を見て、俺も顔が赤くなるのを感じた。  ただ幼馴染同士で買い物、なのに、少し緊張している青の表情に俺もつられたのかな。心臓が、きゅって縮こまった。そして、そのあと、すごく忙しそうに働き出して、全身が熱くなる。 「いってらっしゃあああい」  お母さんにしてみたら、また仲良くなった幼馴染同士で買い物。 「いってきます。あの、みつを」 「ごめんなさいねぇ。この子、誕生日に彼女いないから、相手してやって」  ちょ、お母さん、いいから。 「青葉君、モテ男子って、この前、商店街の打ち上げで話題だったわよお」  本当に、お母さんってば。 「充、よかったわね。誕生日、家でゴロ寝じゃなくて」 「いってきますっ!」  もういいから! っていうか、ホント、本当に。 「……みつ、誕生日ゴロ寝?」 「きょ、去年は益田たちと遊んだよ」 「その前は?」 「……内緒」  その前も益田たちと一緒だったけど。ただ、遊ぶ約束以外には暇だからゴロ寝をしてただけ。もう、ホント、お母さん。 「青は? 青の誕生日は?」  モテ男子だし、そりゃ、友だちに囲まれて、ワイワイしてるんだろうけど。しかも青の誕生日ってさ。 「クリスマスイブ、でもあるからね。俺、いつも家にいたよ」 「え? 青が?」 「ケーキ屋の息子だよ? それに……」  青が照れくさそうに頬を指先でカリカリってしてから、ひとつ呼吸を整えた。 「それに、一緒に過ごしたい人、い、ましたから」 「……」 「もちろん、誘えるわけなかったけど」  誰、ですか? って、訊いちゃダメかな。聞きたい。青の声で、言葉で、青がクリスマスに一緒に過ごしたかった人は誰なのかって、聞いてみたい。  きっと期待している名前を言ってくれると思う。でも、何度聞いても、俺は嬉しくなんだ。欲張りすぎるなぁって自分で自覚してるんだけれど、もっともっとって、青のことを好きな気持ちがワガママになっていく。 「みつ、だよ」  青に好かれることを欲しがる。 「クリスマス、あの、今年は」 「うん」  ほら、今、俺の中の「好き」が嬉しそうに膨らんだ。訊かなくても、くださいってしなくても、俺の欲しいものをくれる青に「好き」が喜んでる。 「ありがと」  いえいえ、こちらこそ。青の誕生日を、そしてクリスマスを一緒に過ごせるのとか、すごく嬉しい。 「あと、今日のデート、みつの誕生日に一緒にいられて嬉しいです」  それこそ、こちらこそ、だし。一緒にいてくれて、ありがとうございます、って感じだし。 「い、こっか?」 「うん」  おしゃれ上級者の青がくしゃっと笑って、首を傾げた。カッコいいなぁなんて、また見惚れてしまう。 「あっ! そうだ! みつ!」 「?」 「今日のみつ」  俺はクロップドパンツだけれど、青は普通のパンツ丈。でもサンダルだから、夏っぽくてカッコよくて。ただのTシャツもすごくカッコよくて、皮のバックルを腕になんてしてて、帽子、最高に似合ってた。 「すっごくカッコよくて見惚れちゃった」  何、言ってんだよ。青のほうがずっとカッコ良くて、迎えに来てくれたのを見た瞬間、俺が見惚れてたんだ。  そう言いたいけれど、なんか、今日の青はいつも以上に何かがカッコよくて、ドキドキしすぎて、言葉が上手く出てきてくれなかった。胸のところがつっかえてしまっていた。  電車に揺られながら、窓の外を見てるだけで暑そうな風景を眺めてた。今日は暑くなるって言ってたっけ。夕立の心配はないって言ってたから、傘持ってこなかったけど、大丈夫かな。 「なぁ、青、そういえば、今日はどこ行く? 映画?」  スマホで映画館の上映スケジュールを確認しようとした。うちの商店街がある駅前じゃ、商業施設はたかが知れてる。一番近くて大きな駅ビルがあって栄えてる駅へと自然と向かっていた。どこか「出かける」のなら、大体、そこへ行く。だから、駅に向かって歩いて、定期で改札をくぐり、何も考えず、上り電車に乗ったけど。 「今日は、映画じゃなくても、いい?」 「え、うん」  じゃあ、どこへ? 隣でつり革につかまる青をチラッと見る。 「ちょっと、行きたいところがあるんだ」 「うん……わかった」  どうしたんだろう。ものすごく真剣な顔? そして、とても緊張してる。初デートじゃないのに、どうしてそんなに?  あ、あの時の青と同じ顔してる。保育園の発表会の時、少し怒っているようにも見えて、俺は心配で仕方なかったんだ。並び順のせいで隣になれなくて、少し離れていたのがもどかしかったっけ。  人前で歌うのはあまり得意じゃない青が心配だった。 「……外、暑そうだね、みつ」  俺の誕生日デート、初めて好きな人とすごす誕生日に、青はどこに行きたいんだろって考えながら、発表会直前みたいな青を眺めていた。  

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