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第59話 ハッピーバースデーチョコレート

 ペアリング、買ったんだ。ちゃんとしたやつ。高級ブランドってわけにはいかないけど。  青は俺の誕生日プレゼントだから自分で買いたいって言い張った。でも、高校生がふたつ買うには少し金額が大きくて、半分こにしようって言ったんだ。それじゃなかったら、俺はその指輪いらないって、こっちはこっちで譲らない。  駅ビルのアクセサリー売り場、ショーケースに入ってるメンズアクセサリーのところで、一番シンプルな指輪をふたつ。店員の男の人がちょっと怖そうなヒゲを生やしてて、アシンメトリーの黒髪で、高校生の俺たちはちょっとビビった。怖そうだし、ちょっと大人すぎてさ。でも、指輪を覗き込んで選んでたら、にこやかな笑顔で俺たちの指に合うサイズを探してくれた。  俺のほうが指、太かった。  青は指は細いんだけど、関節が少し太くて、結局サイズ、同じになったんだ。同じサイズの指輪をふたつ。キズひとつないその指輪を丁寧に店員さんがラッピングしてくれた。手袋をして、その店員さんの指紋もついてない、ペアリング。  お年玉使っちゃった。  でも、いいんだ。オモチャじゃないから、ずっとこれからしていくんなら、お年玉を無駄にしたわけじゃないと思うから。  そして、指輪はせずに、ふたりでブラブラして、駅ビルの中でランチして、洋服とか見て、うちに帰ってきた。お互いになんとなく指に意識がずっと向かっている感じのデートだった。まだ、してもいないのに。  家に帰るとうちのお母さんが青の分も含めてごちそうを作ってくれていて、ちょっとしたホームパーティーみたいになった。  そのお返しじゃないけど、青がケーキをくれた。青がひとりで作ったケーキ。青の女子力というか乙女力? は本当にすごくて、うちのお母さんたちの分もって、ワンホール立派なのをちゃんと綺麗に切り分けて、持ってきてくれた。 「ごちそうさまでした」  そのケーキをひとつずつ、部屋に持ち込んで、ふたりっきりで食べた。俺の好きなチョコレートでコーティングされた中に、フルーツがぎっしりはさんであるスポンジケーキ。チョコは艶があって、食べてしまうのがもったいなくて、しばらく眺めてた。そんな俺を見て嬉しそうに青が笑って、また作るよって。  ケーキもチョコもそんなに好きじゃないくせに。 「青、俺がさ」 「ん?」  ふたりっきりになれたら、急に指のところがジンジンし始める。 「俺が太っても、変わらず、好、……」  ちゅって、音が、俺の部屋に甘いチョコレートの香りと一緒に広がる。 「好きだよ」 「ケーキ、青の分のたいらげて、絶対将来」  青の作ってくれるケーキを毎年、青と俺、ふたり分食べてたら、俺、絶対に太ると思うんだ。  それって、すごく、幸福なことだ、って言いたかったんだけど、ちゃんと伝わった? 青のプロポーズとても嬉しかったんだって、わかってる? 「ずっと、ずーっと、みつのこと、好きだ」  よかった。ちゃんと伝わってた。 「青、あのさ、指輪」 「……交換してくれるの?」  コクンと頷くと、なんでだろう、部屋に漂うチョコレートの香りが濃くなったように感じた。 「あ、これさ、青、右? 左?」  どっちにするんだろう。 「右、でもいい? みつ。左はまた、もう少し大人になって、もっといいのを買えたら」  今でも充分すぎるいいものだと思うんだけれど。でも、うん。いつか、それもいいかもしれない。ブランドとかわからないけれど、でも、同じものをふたつ、今日みたいに買いたいと思った。ペアリングを買うのがすごく、ものすごく楽しかったから。また、この楽しさを味わいたいなって。 「じゃあ、今回は、右」  次は左って、心の中で呟くと、青が俺を見て、ふわっと笑った。同じことを同じタイミングで胸のうちで言っていたのかもしれない。  鞄の中から取り出したペアリング。シルバーのシンプルなワッカだけれど。俺たちにとっては特別な指輪だ。 「結局、みつと俺、サイズ一緒だったね」 「うん。男同士だし」 「……うん」  男同士だけど、指輪の交換をして、将来のことを約束しよう。  そっと、青の掌を持って、長い指に、指輪を――。本当だった。青の指は関節のところが太くて、でも指そのものは細いから、少しだけ余裕がある。俺は。 「ぴったりだったね、みつの」 「うん」  隙間がないくらいにぴったりだった。バスケしてると突き指なんてしょっちゅうだから、ちょっと指太いんだ。 「俺の指、不恰好だね」  青の指みたいに長くて綺麗なわけじゃないのが、なんかちょっと恥ずかしくて、ごまかすように自分の指のことをそう言ったら、青が少し大人びた声で不恰好なんかじゃないって否定した。 「俺、みつの指、すごく好きだ」 「っ」  青の唇が指輪を嵌めた指にキスをする。そっと、触れて、離れて、俺を見て微笑んだ。今日はずっとドキドキしてる。青の仕草、表情、どれもが今日はいつも以上に輝いてみえるのは、俺が十八歳になったから?  青が、俺の十八歳を特別だと思ってくれてたから? 「ペアリング、だ」  シルバーの指輪が同じ、右手の薬指に光ってた。その手を重ねて、ふたつの指輪をくっつけながら、どっちからともなく、キスをした。 「キスがチョコの味する。みつの唇」 「ンっ」  ぺろりと唇を舐められて、お腹の底がきゅっと縮こまる。力が篭って、そこにじんわりと熱が生まれて。俺は、この感じの名前をもう、知ってる。 「チョコ、あんま好きじゃないけど、みつの唇からするチョコレートは美味しい」 「青」  この熱の名前を、知ってるんだ。 「おばさんたち美味しかったかなぁ。おばあちゃん、洋菓子あんま好きじゃないよね。大丈夫だったかな。やっぱ和風ケーキとかにしたら」 「青」 「あー、でも、そしたら本家である宇野屋さんとこには勝てないし。みつは餡子苦手だし」 「青っ」  クンって青のTシャツの裾を右手で引っ張った。キラッと薬指の指輪が光って綺麗だった。 「青……」  もう、知ってる。この熱。 「し、ないの?」 「……みつ」 「今日は、しない?」 「……おばさんたち、いるよ?」 「へ、いき、部屋入ってこないし、親が寝る部屋は隣じゃなくて、そのまた隣だから」 「でも、俺の部屋じゃないから」  すごく恥ずかしかったんだ。 「大丈夫、あるから」 「……え?」  ちゃんと、準備した。 「男同士でするのに必要な、ローションとか、ちゃんと、用意、した」  そう蚊の鳴くような声で呟く俺の右手に青の左手が重なって。青の右手は俺の頬に触れてくれる。上を向いてって、掌で言われて、顔を上げると、青の唇と重なった。 「……ン」  チョコレート味のキスはたまらなく美味しくて、あの熱が、じんわりと身体に広がっていくのがわかった。

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