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第62話 部活動
午前四時。まだ太陽が昇る前、ほんの少しの時間だけ世界が青に染まるんだ。
「……」
腕を天井へ向けて伸ばすと、ほら、空気が青色をしているのがわかる。指先まで青色だ。昨日買ったばかりの指輪も青色。俺の隣で寝ている幼馴染と同じ名前の色。
シルバーの指輪がまるで浮き上がるようにキラキラしてる。まだ丸一日もつけてないからやたらと光っていた。ずっと身につけていたら、小さな傷が無数にくっついて、もっと光は柔らかくなるのかな。まだとても真新しい指輪だけれど、来年にはもっと優しく輝くのかな。
「……眠れないの?」
青色の空気の中、腕を掲げて指輪を眺めていたら、そこにスッと同じ指輪が並んだ。手のシルエットがふたつ。
「青、ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。へーき」
青い世界に同じ指輪がふたつ、並んでる。
「……綺麗だね、指輪。みつの指も綺麗」
わずかな光が窓から部屋に差し込んでいるから、ほら、少し手を動かすとシルバーが青白く反射している。
「バスケで突き指しまくりだから不恰好だよ。俺は青の指のほうが好きだ」
「ありがと」
関節のところが少しだけ太い指に触れたら、青が指を絡めて繋いでくれた。指輪が重なって、早朝のほのかな明かりの中でふたつ、光がくっついて輝いている。同じサイズ、同じ形、でも別々の指輪。青の全部が好きだけど、俺は青にはなれなくて。それに、俺が青になっちゃったら、この胸のところにある「好き」はなくなってしまう。
それはちょっとイヤだなぁって。
今、すごく嬉しいし、幸せだから。うん、だから、このままがいい。って、当たり前なんだけど。青の一番近くにいたいけど、誰よりも青と深いところで繋がって、独り占めしたいけど、青と同じにはなれない。青と俺は別々。だから、つまり、なんて言ったらいいんだろう。
この指輪も、「好き」もそれぞれが持っているのがいいって感じかな。
「みつ?」
「ずっと、一緒にいよう、青」
「うん」
青色をした空気に包まれた俺たちは、静かにそっと、そーっとキスをして、まだ馴染んでいない指輪の存在を指に感じながら手を繋いで、ぴったりくっつきながら目を閉じた。
指輪は基本、いつもしている。まだ、キズは……ついてないっぽい。よく目を凝らして見るけれど、大きな傷は今もまだない。というか、指輪をしていることが嬉しくて、気になって、一日のうち何度もチラチラ見てる。手を広げて、空にかざして眺めてにんまりしてみたり、ふと何かを持った時にわざわざ指を覗き込んで見て、にんまりしてみたり。まだ、指に慣れないその存在感を一日のうち何度も確認しては、笑ってしまう。
指輪を外すのは、バスケの時くらい。
「充! ししししし! 島さんが!」
「応援しに来てくれてるね」
「おおおおお、おうっ!」
益田が鼻の穴を限界まで大きくして、緊張から鼻息を荒くしていた。
「益田、落ち着けって」
「おおおおおお!」
大丈夫かな。心臓、鼻の穴から出てきちゃいそうだけど。
俺たち三年はこの大会が終わったら引退する。今、その大会で三回勝てた。あと、一回、この試合を勝てたら、準決勝。それも勝てたら、当たり前だけど決勝。そして、引退することなく次は地方大会へ進出となる。
ここまで勝ち進めた夏の大会は俺たちがバスケ部に入ってから初めてかもしれない。
きっと、中原さんのおかげだ。それと熱血バスケ少年になって居残り練習とか益田のおかげ。
「み! みつ!」
次の試合に向けて体を温めていると、顔を真っ赤にした青がそこにいた。俺が応援席にいる青を見つけて手招いて呼んだんだ。
「青、これ」
「はい!」
もう。なんで、青のほうが緊張してるんだよ。青もゴリラになっちゃったりして。鼻の穴は膨らんでないけど、でも、心臓が今にも飛び出しそうな顔をしてる。
「持ってて」
「!」
「試合中はつけられないから」
指輪。アクセサリーは禁止だから。それがどんなに大事なものでも。テーピングとかしてもダメなんだって。当たったら、やっぱり金属は硬いから。
しゃがみこんで、バッシュの紐が緩んでないかもう一度確認する。きつく、結びなおして、どんなに急なターンをしても、足をくじいたりしないように。
立ち上がって、何度か足踏みをその場ですると、ちょうどいい感じだった。
「が、頑張って! みつ!」
ひとつ、深呼吸をした。
「うん。ありがと。青」
益田が呼んでいた。前の試合が終わったんだ。ホイッスルが鳴ったと同時に一年生がコート内でのウォーミングアップのためにボールを鞄から出し始める。
「行ってきます」
青が一生懸命にガンバレって声を出してくれていて。まだ試合も始まってないのに応援してくれて、それが可愛くて、嬉しくて振り返ったら、青の鼻の穴もおっきくなってて、益田みたいにそこから心臓が飛び出るんじゃないかって心配になるほど、顔を真っ赤にして、声援を送ってくれていた。
バスケを始めたのは中学の時から。その時に読んでいた漫画が面白くて、それがきっかけただった。最初はドリブルっていうか、手毬で遊ぶみたいな覚束ない手つきでさ。でも、レイアップシュートはめちゃくちゃ練習したっけ。まだ中学生だったから、リアルタイムの厨二病って感じ。もう自分の中では漫画の主人公みたいに高くすごいジャンプでゴールに向けてボールを放る自分を想像していた。
高校でもバスケを選んだ。
いきなり初心者でサッカーとか野球を始めるのは難しかったし、バスケ経験者ならそのまま続けたほうがいいかなって。
そこで益田に出会った。楽しかった。騒がしい益田と一年の頃はボール拾いとかしつつ、声出し練習とかして。まだ髪型だって坊主だったっけ。一年の終わりくらいから、ちょっとお洒落を目指して、その頃、何を血迷ったのか、益田がロンゲに憧れて、あれはすごかった。あの当時の写真は益田自身も「黒歴史」だと言っていたくらい、壮絶に、似合ってなかった。
ワカメを頭に被ったゴリラ――だった。
そんな益田たちとバスケして、学校行って、騒いで、でもずっと、幼馴染の青のことを視界の端で気にして、チラッと視線を向けては、もう話せないほど距離があることを少しだけ寂しく思ったりもして。
そんな高校生活だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
試合終了のホイッスル。
肩で息をしても、全然、肺に空気が届かないくらい、必死になって走ってボール追いかけて、ドリブルして、ディフェンダーたちの隙間から、どうにかして中原さんに教わったパスをゴール下で踏ん張っている益田へ。中学の時にめちゃくちゃ練習したレイアップシュートもしてみたり。どつかれてすっ飛んで、ファウルもぎとって。
走って、声出して、ボールを必死に繋いで。
「はぁっ……はぁっ」
一生懸命に頑張った。結果は十七点差で、負けた。
「はぁっ……」
試合に負けて、俺たちの夏の大会はここで終わり。
「ありがとうございましたーっ!」
試合が終わった。そして、俺たちは部活を引退した。
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