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第63話 青春真っ盛り

 負け、てしまった。あぁ、終わったんだなぁって。顧問の先生からの話を聞いている間、スンスンと鼻を 鳴らす音がしていた。  中原さんが忙しいけど見にくるって言ってくれたんだ。次の、準決勝と決勝は絶対に見に行くって言ってくれてたけど、そこまで辿り着けなかった。 「ズビ……ズビビビ……」  中原さんみたいなバスケ選手になれるわけじゃない。普通の部活動のひとつとして頑張っていただけで、そこから何かが実るわけじゃないけれど。 「ズビビ、ズビー……」  でも、やっぱり終わるのは寂しいなぁって、 「ズビビビ」 「もう! 益田うるさいよ! いつまで泣いてるんだよっ!」 「ズビ」  そんな寂しい気持ちに水を差しまくる益田に文句を言ったら、べそっかきの音で返事が返ってきた。  引退記念に今日はパーッと盛り上がろうって話になった。けっこう島さんはお祭りごとが好きらしい。というか、アイドル島さんオンステージがしたいのかもしれない。今も、マイク持って振り付けまでして歌っている。あんなにはしゃいでるのに嫌われないのは。 「よっこいしょおおおお!」  あの選曲センスなのかもしれない。  基本、可愛いアイドル系の感じのを歌うのに、たまに、今、歌ってるみたいな、ねぇ、どこでそんな曲覚えたの? っていう、謎の選曲をする。そして、それを力いっぱい全力で歌うから、面白いんだ。 「島さん、可愛い……」  ほら、さっきまで部活引退にべそべそ泣いていた益田が、おじさんみたいなしゃがれ声で大熱唱する島さんを見てうっとりしてる。かと思えば、いきなり「出遅れた!」って呟いて、島さんライブの観客兼盛り上げ役として、率先して声を上げ始めた。 「はぁ、益田」  思わず溜め息が出たじゃないか。さっきまでの青春真っ盛りしていたゴリラ益田はどこに行ったんだよ。 「あははは、益田って島さんファンだよね」 「うん。あー、でも、ファンっていうか崇拝っていうか。なんなんだろうね」  青が笑っていた。青の歌も聴きたいんですけど。さっき何か曲入れてたよね。ストームのかな。俺があまり歌とか得意じゃないからふたりで出掛けてもカラオケはあまり来なくて、だから、久しぶりに青の声でストームの曲聴きたいかも。  そう思いながら、隣に座る青の横顔を眺めてた。 「試合、全部、見に来てくれて、ありがとう」  お礼を言ったら、びっくりされてしまった。この大会全部の試合を見にきてくれていた。  今日の前の試合はひとりで見にきてくれたんだ。少しだけ駅から歩くところの高校で、俺たちは試合開始の数時間前から来て準備運動とかもする。でも、青はその時間に一緒に来たら邪魔になるだろうからって、ちゃんと試合開始に合わせて、来てくれてた。 「怒られるかと……」  前に「応援しに行くね」って青に言われた時、いいよ来なくてって言ったことを気にしているらしい。だって、やっぱドキドキするし、視線とか気になるし。引退ってなったら、どこかで負けたら、泣くかもしれないじゃん。 「怒らないよ。気恥ずかしかっただけで」 「みつは! 頑張ってたよ! 今日の試合でスリーポイントシュート六本も決めたじゃん! すごくない? 六本ってさ! ひとりで十八点っも取ったんだよ! すごいことだよ! 会場、めっちゃざわついてた!」 「ありがと」  慰めてくれてる? 一生懸命に俺たちの試合の感想を伝えてくれるんだけど、その優しさが嬉しいのに、なんか、感動するより笑ってしまいそうで。ちょっと、ごめん、笑うの堪えてる。だって、めちゃくちゃカッコいいのに、鼻の穴そんなに膨らませて力説されたら、せっかくのモテ男子が台無しすぎて。 「俺! いっぱい応援してた! みつ達すっごい強かったし! カッコよかったし!」 「うん。ありがと」  でも、こういう青がすごく好きだなぁって思う。カッコいいのに、気張ったカッコよさじゃなくて、自然体で、どこにも気取ったところがなくて。それなのにカッコいい。 「そ、それに、みつの、泣き顔、見、見ちゃ…………った」 「!」  だから、やだって言ったのに。泣くつもりなんてなかった。けれど、その場になって、試合負けちゃったら、やっぱり泣く、じゃん。もうこれで終わりなんだから。 「ご、ごちそうさまでした」 「は? な、なんで、ごちそうさま? 普通はっ」 「だって、みつの泣き顔とか、ほら、健全な男子高校生は色々妄想で想像してたというか、妄想の中でたくさん見たというか。でも、本物の威力は相当なもので、妄想は爆発したというか」  すっごいモテ男子なのに、照れて赤面しながら、何を言っているのかわからないことをボソボソ口元で呟いてる。ただ、たくさん「妄想」したことだけはわかる。 「もう、青ってば」  泣かずに我慢しようと思ったのに。試合が終わった。引退だ。そう思った瞬間、涙が溢れてしまった。 「綺麗な涙で、見惚れちゃったんだ」  涙がポロリと溢れてしまって。益田みたいにズビズビもワオオオンって狼の遠吠えみたいなことも、ゴリラの威嚇みたいなこともしなかったけれど、でも、やっぱ泣いてしまった。  ディフェンダーの練習が嫌いだった。腰を落として、カニ歩きで移動する練習も、体力作りのマラソンも、きつくて好きじゃなかった。でも、楽しいこともたくさんあって、放課後の練習は好きだった。  バスケ、好きだったなぁって、そう思ったんだ。 「みつ……」 「ちょ、益田の選曲、ズルいだろ」  涙が溢れてきちゃったじゃんか。  島さんコンサートが終わったと思ったら、益田が予約していた曲の番がやってきて、まさかの青春ソングがかかった。もうここで終わりだけど、終わりじゃないから、また会おう、みたいな卒業シーズンとかに聴いたらきっと盛り上りそうな曲。  それを益田が号泣しながら歌ったりするから、卒業式でもないのに、なんか切なくなって涙が出てくる。  曲、そのままの、青春真っ盛りって感じの空気がカラオケボックスの部屋に充満して、益田ゴリラのけっして上手とは言えないはずの歌なのに、感動して、また、涙が溢れちゃったじゃん。

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