進路、将来、進む道を決めるのはとても大事だし、夏休み明けたら、もうどの道を進むのか考えなくちゃけないんだけど、でも、今の俺にはそれ以前にやらないといけないことがあるわけで。 「……海外行かないから、絶対に、俺は海外になんて行かないから」 　そんな呟きをダイイングメッセージに書き綴ってしまいそうなくらい、青がヘロヘロになっている。今、英語訳をする課題に苦しめられている真っ最中だ。 「だから、英語の課題、したくない……」 「青、なんでこんなに課題残してんの？」 「だってぇぇ……」 「だって、じゃないよ。もう、益田達来るよ？　っていうか、これ、今日一日机に齧り付かないと、じゃん」 　そこで「ひょえええええ」なんて叫んでも、やってなかった青が悪い。 　課題がほぼ残ってるなんて。そのまま、丸々保存してるみたいに、何も手をつけてない教科が英語一教科だけじゃなくて、複数あるなんて。 　今日は夏休み最後の日なのに。夏休みラストはＣ組みで少し遠出して、っていっても、バスで二十分だけれど。プールに行くことになっていた。屋外にはけっこう激しい感じがするウオータースライダーが設置してある。そこに皆で行って、夏休みの最後を楽しもうって話は盛り上がったのに。 「やだ！　行く！　絶対に！」 「やだって、やってない青が悪いんだろ」 「ぐっ……」 　そんな駄々っ子みたいなこと言って。抗議の視線を向けても、無理だよ。ダメです。課題のタイムリミットは明日なんだから。 「でも、行けないでしょ。これじゃ」 「えぇ、でも夏休み最後なんだよ？」 「そうだけどさ、じゃあ、どーすんの？　これ」 「ど、どうしようね」 　にっこりイケメンスマイルしたって、英語訳しないといけないページ数は減らないってば。 　俺も、少しは残しちゃってたけど、帰って来てからやれば充分大丈夫な量。でも、青のこれ、残すとかいうレベルじゃない。器用なんだか、不器用なんだか。どうしてこうもっとバランスよくできないんだよ、青は。料理をするのに、そういうの大事だと思うんだけど。こっちを作っている間にあっちを煮詰めて、とかさ。ひとつひとつやってたら時間がいくらあっても足りない。だから同時に二つ三つのことをいっぺんにやると思うのに。 　俺は、進路のことはまだ決めかねてるけど、立ち回りはうまいっていうか。青ほど不器用じゃないっていうか。でも、青のこういう不器用なとこ、好きだけれど。 　俺がためらって止まってしまっていることを青はサクッと、けれどしっかりと決めてさ。進路のことはあんなにちゃんと先を見据えて考えてる。自分の好きなことには一途っていうか。そういうとこも好きだけれど。 　一途を貫くっていうの。 「！」 「みつ？　どうしたの？　なんか、課題が一瞬で片付くいい方法が思いついた？」 　自分で思って、自分ひとりで照れてしまった。 　和菓子を勉強したい、将来、和菓子職人になりたい、って、青が一途を貫いたのは菓子のことだけじゃなかった。 「みつ？」 　俺のことも、そうだなぁって気がついてしまった。ずっと、一途に俺だけを――。 「みつ」 「は、はい、何、あ……」 　名前を呼ばれて顔を上げたら、キス、された。ぶちゅって唇同士がぶつかって正面衝突事故みたいに、鼻も潰れてしまうような、不器用なキス。 「エヘヘへ。なんか、今のみつの顔、めちゃくちゃ可愛かった」 「！」 　ボッ！　と頬が火照った。 「何考えてたの？」 「！」 　ボボッ！　って、顔が燃えた。 「な、なんでもない！」 　ただ、青にとても好かれているんだってわかって、照れてただけ。 「みつ、もう一回、キスしていい？」 「え？　ん……んふっ……ん、ン」 　キスが濃厚な甘い味に変わっていく。舌で弄られる度に気持ち良くなってトロトロになってしまいそう。 「これなら、勉強、はかどるかも」 「？」 「ひとつ問題を解く度に、キスひとつご褒美とか」 「また、何を、おかしなこと」 　ニッコリと楽しそうに笑いながら何を言ってるんだよ。そんな、キスがご褒美だなんて、したら、俺、溶けちゃうよ。青が話す度に吐息が唇に触れる。ただそれだけでもゾクゾクするのに。夏休みの課題どころじゃなくなってしまう。 「青、バカ、いくつ課題が残ってると思って」 「いっぱい」 　そう、いっぱいあるんだから、そんな楽しそうにしないように。 　小さなテーブルの角に座って、手を伸ばせばすぐに触れられるところにいる。少しだけ首を伸ばせば、キスできる場所に青がいる。この距離で、カッコよく微笑んで、今さっき、濃厚に交わしたキスで濡れた唇で俺の名前を呼んだりしないで。ほら、もうすでにシャーペンが動いてない。手、止まってる。 「あっ、ン」 「充ー！　青クーン！」 　ふたりして飛び上がった。益田が迎えに来たよって、下からお母さんが大きな声を上げた。 「ほら！　益田が来ちゃったよ！」 　慌てて立ち上がる俺を見て、青が寂しそうにしている。 「俺、今日、やめとく。全然、終わらなかったし、進路、学校とかちゃんとしたいから、課題やっとかないと」 　学校が始まったら進路、就職活動、それぞれがやりたい道を進んでいく。だから、夏休み明けの課題が全然終わってないようじゃ、進路に影響するかもしれない。だから、ちゃんと終わらせて、明日持っていかないと。 「いってらっしゃい。みつが帰って来る頃には、すっごい終わらせておくからさ。そしたら、ご褒美にキス、ちょうだい。それだけで頑張れるし」 「……」 　もう、そんな顔、するのズルだ。 「青、帰って来てから一緒にやろう」 「……え？」 「俺もちょっとだけ残ってるし、ひとりよりふたりのほうが居眠りしそうな時とか声掛け合えるじゃん。だから」 　手伝いたくなってしまう。 「だから、一緒にプール行こう」 「！」 　その言葉に目をキラキラ輝かせて、嬉しそうにされたら、手伝うよ。 「うん！　みつ！」 「はいはい。そしたら、もう行くよ」 　この先、進路のことを考えなくちゃいけないけれど、課題も終わらせないといけないんだけど。でも、夏休み最後の日はパーッと遊びたいから。だから、勢い任せに家を飛び出すと、益田とＣ組の皆が並んで俺たちのことを待っていてくれた。