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第66話 指輪とTシャツ

 夏休み最終日、最後のあがきというか、もう少し夏の思い出を詰め込みたいっていう人は少なくないらしい。屋外、室内ともに大型で種類豊富なプールがあるここは大混雑していた。 「うわぁ、すっげぇ、混んでんなぁ」  益田がそう言って目を輝かせて、あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ、目の前にあるメインになっている波のプールは真正面にあるのに、視線は辺りを見渡すことに忙しい。人口で作られた波のプール。その周囲に砂はないけれど、砂浜と似たような色合いのフロアがあって、潮の満ち干気なんて関係のないそこにびっしりシートが敷き詰められていた。  青を含めた数人はもうすでにその波打ち際に行っているはず、なんだけど。これ、見つかるかな。先に行ってシートを広げて陣地確保しておくって言ったけれど、この混雑じゃ陣地の確保どころか合流するのさえ大変そうだ。 「お、ぉ……水着……」  バスケはこれで引退。夏の大会が最後になると練習しまくっていたバスケ少年が、今、ただのスケベ少年、益田となって、そんなことを呟いた。  その益田と俺は浮き輪を膨らませるために、二手に分かれたんだ。早く陣地確保しないと、次から次に夏休み最終日を楽しもうと人が押し寄せてきてしまうから。 「ちょ、益田、恥ずかしいから」  夏の大会はちょうどお盆の辺り。それまでは青春真っ盛りって感じで練習に明け暮れる毎日。だからこそ、勝ち進めたんだけれど。お盆までだったから、俺たちの引退が決まった辺りから海はくらげがウジャウジャ。海水浴には行けずじまいだった。  だから、ほら、益田なんてダサいことに、ほんのり半袖焼けしてる。日焼け止め塗っておけばっていったのに。  そんな半袖焼けした男子高校生がフラフラとまるで夢遊病みたいに、あっちのお姉さん、こっちの女子って、寄って行こうとするから、慌てて捕まえて、益田が持参した大きな浮き輪を縄の代わりにしてひっとらえた。  こんなバカデカイ浮き輪、よく短時間で膨らませられたな。 「うほおおおお」  また、ゴリラになってる。っていうか、鼻息荒い。そりゃ、浮き輪もあっという間に膨らませられるかもしれない。 「うほっ!」 「ちょ、益っ!」  益田ゴリラが一番良い反応を示した先には、島さんがいた。 「あはは、何? 益田君、捕獲されたの?」  そして、その隣には青がいた。 「すっごいよ。もうプールサイド人がぎっしり。でも、すごい親切な人たちで、詰めてくれたんだぁ。だから、寝そべったりはできそうにないけど、でも座れるよ」  青が水着姿でそこにいて、なんか、どうしよう。 「島さん、めっちゃ可愛いっす!」 「あはは、ありがと。よし! 益田ゴリラ! プールに行こう!」 「うほ!」  もう何度も見た青の裸なのに、水泳の授業でいくらでも見たことのある水着姿なのに。 「あ、みつ……」  直視できませんけども。視線を向ける場所が定まらない。 「みつ……Tシャツ、着てるんだね」  落ち着いた先は、青の足の親指だった。青は青で落ち着かないのか、親指がたまにクイッと動いて、なんか、おかしな生物みたいだ。 「あ、うん。色、白すぎて、なんか恥ずかしいから。それに、ほら、指輪」 さすがにつけてると目立つかなって。 「青はそのままつけててよ」 「へ? なんで? つけてるけどさ」 「なんでって」  呑気な青の返事に思わず顔を上げたら、案外、青が近くにいて、逞しい肩とか首筋とか、部分ごとに目に飛び込んできて、眩しい。目を閉じてしまいそう。  だから、青は指輪をつけていて欲しいんだ。そしたら青のことをカッコいいって思って見惚れる女の子は気がつくだろうからさ。  あぁ、このカッコいい人には彼女がいるのかぁって思ってもらえれば、それだけで少しくらいはけん制できるかなって。 「じゃあ、みつもできるだけ着ててね」 「水入る時も?」 「はい。できましたら」  えぇー……それはさすがに張り付くし、そこまで来ると気にしすぎでおかしくないか? 「だって、みつの裸、やっぱ、見られたくないじゃん」 「!」 「さっきの浮き輪、益田が持ってっちゃったし」 「?」 「あれで、みつの大事なとこ、隠せるって思ったんだけどな」 「! っぷ、あははははは!」  笑っちゃったじゃん。 「いや、笑い事じゃないんです」  笑っちゃうよ。だって、想像してしまう。まるでコントみたいに浮き輪を肌身離さずにいる自分。 「あのね、みつはわかってないんだよ。本当にね、みつはモテ」  俺は指輪で、青はTシャツでお互いのことをどうにか独り占めしたいと思ってる。 「はいはい。わかったよ。俺も色白すぎて、恥ずかしいからちょうどよかった」 「もう、みつ、ちゃんと、俺の話を真面目に聞いてってば」  聞いてるよ。聞いてるし、わかってる。だって、今、俺が青のこと隠したいって思ったから。カッコいい青のこと、できたら見られたくないくせに、今、ここにいる数え切れない人の誰よりも青のことを好きな俺が直視できない。だから、皆も見ないでほしいなんて、わけのわからないことを思う程度には、隠したいって思ってます。  どこもかしこも人がびっしり。  益田が持っている赤と青のストライプの浮き輪を目印に探してたんだけれど、けっこうこの二色があっちこっちにあるみたいで、目が反応はするけれど、標的の浮き輪が見つけられない。 「あ、ちょ、みつ! こっち!」 「うわっ」  キョロキョロしていたら、グンって引っ張られた。よろけたけれど、背後にいた青の胸に受け止めてもらって、尻餅をつかずに済んだ。 「島さんたちあっちだよ。みつ」 「あ、うん」  島さんの水着可愛い。あんまりフリフリしてる感じじゃないのが島さんらしいっていうか。セクシーすぎなくて、センスがすごく良い。全然、見てなかった。青のことしか、見てなかった。 「ほら、行こう。みつ」  青しか目に入らないよ。だって、俺、この幼馴染にプロポーズをされてしまってからずっと、ずっと、ドキドキしてしまうんだから。 「うん」  俺の手を引く青の背中くらいだったら、直視できるのに、なんか今日の青は眩しすぎる気がするんだよ。

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