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第67話 ラブが溢れる。絶叫はこだまする。

 益田は大丈夫だろうか。どこかで女の人の後ろをウロウロしていて、警備員に連行されてしまったりしてないだろうか。最悪、通報されてたりして!  でも、おとなしくキョロキョロしているゴリラで収まってくれている。周りを眺めて喜んでいる、健全な男子高校生ゴリラ。 「あれ? 深見は?」  島さんが浮き輪をベッド代わりにして、プカプカ水面を漂っていた。益田が邪な空気をいっぱい詰め込んだ大きな大きな浮き輪。  室内のメインプールは一定のリズムでやってくる波で揺れていて、ただ浮かんでボーっとするのにはちょうどいいかもしれない。 「あ、今、ジュース買いに」 「ひとりで行かせて平気なの?」 「俺が買いに行こうと思ったら、ダメって」  室内だと夏だし暑くて喉が渇く。プールから上がってジュースを買いに行こうとしていた俺を、水も滴る色男になった青が慌てて、必死に引き止めてた。カッコいいのにさ「ダメーッ!」なんて叫んで追いかけて来るんだ。可愛くて面白くて、呆気にとられてしまった。 「おー、彼氏に買いに行かせたんだ」 「そういうわけじゃないんだけど」  彼氏、って、なんかドキドキする単語だな。 「島さんは? か、彼氏とこういうとこ来なくてよかったの? 水着だしヤキモチとかさ」 「ぷぷぷ、やっぱり宇野君可愛い!」 「は? なんでっ!」 「大丈夫。今日は健全な水着だから」 「へ?」  じゃあ、不健全な水着もあるんですか? そんな、胸のうちだけで呟いた疑問が聞こえたみたいに、島さんが浮き輪の中から黒い笑みを浮かべている。 「指輪、してるんだね」 「あー、うん」 「深見、めちゃくちゃ嬉しそうにそれ眺めてた」  シートを広げる場所を探す間、何度も右手に視線を送って、ふわりと微笑んでいたらしい。 「あれじゃ、ナンパ対象からは外れるよね」  そのくらい、恋人とお揃いだろうシンプルなシルバーの指輪に嬉しそうにしていた。 「あ、ほら、彼氏帰ってきたよ」  島さんに促されて視線を向けると、青がブンブンと元気に手を振っている。  別行動でも大丈夫だからねって島さんが笑って、そのまま波に揺られながら離れていく。あんなに嬉しそうにヘラヘラ笑ってるモテ男子なんて目立つからすぐに見つかるって。ふたりっきりで行動してて、平気だよって。  島さん含め女子は日焼けがイヤだからまだ室内にいたいらしい。島さんが移動しないのなら、益田たちも移動するわけがない。 「ジュース、はい」 「ね、青」  外のプール、行ってみようかって、なんでか内緒話みたいになってしまった。たぶん、ふたりっきりになりたいって俺の気持ちがコソコソさせてしまう。まるでふたりだけで、学校を抜け出すような感じ。 「え? いいの?」 「うん」  だって、ふたりっきりで遊びたい。 「いいよ」  買って来てくれたジュース、まだ少しだけ持ってて。そう頼んでから、あまり得意じゃないんだけれど首の後ろに手を伸ばす。ネックレスに通して肌身からは離さないようにしていた指輪を取りたいんだ。 「あ、俺がやるよ」 「あ、うん」  今度はジュースを俺が持って、青の邪魔をしないように項垂れる。うなじに指先が触れるから、とてもくすぐったい。 「取れたよ」  右手の指に戻ってきた指輪に少しホッとする自分がいる。これをつけるようになって今日で二十三日目。 「外のほうが気持ちイイーっ! あ、ほら、みつ、ウオータースライダーある! 行ってみよう!」 「えっ、でも、ああいうのっ」  指輪が指に馴染んできていて、してないと物足りない感じがしてきて、それがすごく嬉しかったんだ。 「だから、他のでいいって言ったのに」 「ふへぇ……こ、こ、腰の力が」  すっごい悲鳴だった。きゃあ、とか、うわぁ、なんて可愛いものじゃない。というか人の声とは思えない。「ひひょほええええええええ」って不思議な悲鳴。 ウオータースライダーなんて絶対に青は無理だと思ったのに。子どもの頃だって、あまりそういうの得意じゃなくて、ジェットコースター、もちろん保育園児でも乗れるような幼児向けのやつでもダメでヘロヘロになってたくせに。 「大丈夫?」  それなのにやってみたいっていうから、もう平気になったのかと思ったじゃん。全然ダメで、今、プールサイドにへたり込んだままだし。顔、真っ青だし。 「み、みつ、た、楽しかったね」  強がっちゃって。 「そ? じゃあ、もう一回滑ろう」 「ひょえ!」 「冗談だよ。ほら、少し休憩しよう」  からかってしまった。だって、きっと、俺がこういうの得意だからって頑張ってくれたんだ。青はジェットコースター系苦手だけれど、俺は比較的好きでさ。でも、青が好きじゃないから乗らずにいようと思ってた。 「へ、平気っ」 「いいんだってば。青、休もう」  乗りたいけれど、俺はそれに乗って楽しむよりも、ニコニコ笑っている青と一緒にのんびりしているほうがもっとずっと楽しいんだよ。  だから、いいんだ。 「でも、みつ、せっかく」 「うん。せっかく来たから、青とふたりっきりになりたかっただけなんだ」  本当にそれが一番楽しくて嬉しいから、青は無理なんてしなくていいんだよ。笑ってて欲しいんだ。 「みつ」 「?」 「キスしたい」 「へ? は?」 「だって! みつのせいで、なんか猛ダッシュしたくなるくらい元気になっちゃったんだけど!」  さっきまで真っ青になってヘロヘロだったはずの青が真っ赤な顔して、そんなことを叫んで、益田顔負けの鼻息の荒さになるから、びっくりして、そして楽しくなる。青の隣にいると幸せで心地良くて嬉しくなるから、俺も猛ダッシュできそうな気がしてきてしまった。 「みつーっ! もう休ませて! 限界だよーっ!」 「はい。頑張って。まだ、半分あるよ?」  プールでいっぱい遊んで、いっぱい叫び声上げて、プールの中ではしゃぎまくった後は、げっそりするほどの課題が俺たちを待っているわけで。  今、俺の部屋で青とふたりで課題と時間と戦っている。時間的にもそうだけれど、体力的にも、今日一日プールではしゃぐのは勇者すぎる行為だったかもしれない。  すごく、猛烈に眠いんですけど。 「あ、ごめん。青、まだ、こっちのがあったから、半分以上あるかも」  眠気と時間と課題と戦っている最中、手元にあった、まだ手付かずの課題をテーブルの広げたら、青がウオータースライダーで滑り落ちる時以上の断末魔をあげていた。

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