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第69話 洋食の定番は! ハヤシライス!

 思いっきり爆睡してしまった。青と一緒のベッドでぎゅっと抱き合ったまま。二学期になったけれど、まだまだ夏でこんなにくっ付いてたら暑いだろうにって思うくらい、ぴったりとくっついて熟睡していた。 「あ、青、ごめ、顎んとこ、赤いけど」 「あははは。ダイジョーブ」  若干、しゃくれてやいないか? ほら、こんなだったっけ? 青の顎って。 「……俺の頭ってけっこう固いんだ。ごめん、青」  ぎゅーっと抱き合って寝ていた俺たちは扉の向こうからお母さんに呼ばれて、びっくりして飛び上がった。そして、その瞬間、青の顎に豪快な頭突きというか、激突というか。頭で顎をかち上げてしまい、今――。 「……割れたりして、青の顎」 「えぇ? ど、どうしよう! 変になってたら! みつにフラられちゃう!」 「そんなことでふったりなんてしないって。俺、青のことカッコいいと思うけど、顔がへんちくりんでも好きだし」 「!」 「あ、青?」  え? ど、どうしたんだ? 青。なんで、急にそこでお腹を抱えてうずくまるんだよ。どっか痛い? それとも、抱き合ってポカポカで眠れた気がしてたけど、布団は被ってなかったから、お腹が冷えたとか? 痛いの、顎のはずなのに。 「青?」 「も……」 「も?」  もうダメ。痛すぎる? 「萌えすぎる」  あ、惜しかった。  じゃなくて、何を言ってるんだよ。どこにも萌え要素なんてなかったのに。まるで、お腹にボクサーから重い一発を食らった人みたいに、ぎゅっとそこを抱えながら、青が何か苦しそうにしてた。 「だって、俺のことへんちくりんでも好きって、好きって……このまま溶けちゃうかもしれない」  だって、本当のことだ。青がどんなにカッコよくても、どんなに変な顔をしても、青は青だから。好きなことに変わりはない。 「っぷ」 「え、なんでそこで笑うの? みつ」 「だって」  だってさ、俺が青のところで一番好きなところは? って訊かれたら、いっぱいあるけれど、でもひとつしか選べないのなら、そういう素直でちょっと天然な可愛いところ、だからさ。 「はーい。できたよー! 今日のご飯はハヤシライスね。豚だけど」  青のお母さんが元気に笑って、お皿から零れそうなほどにハヤシライスを盛って運んでくれた。 「あ、ごめんなさい! 俺、手伝います!」 「ありがとー! みっちゃんはやっぱり優しいわねぇ。パパぁ、ご飯」 「すみません。急に」 「いいのよいいのよ。宇野さんの奥さんにはさっき店のシャッター下ろす時にちょうど会ったから、勝手に言っといちゃったのよ。ね? 遠慮なく食べてって」  リビングでテレビを見ていたお父さんがふんわりとした返事をしてから、ゆっくりマイペースに歩いてきて、ビールをプシュッと開けた。青ののんびりしたところはたぶんお父さんに似たんだと思う。 「ほら、食べて食べて」 「いただきます」  青のうちのハヤシライスって、すごく久しぶりだ。 「みっちゃん、好きだったでしょ? ハヤシライス」  覚えててくれたんだ。青のお母さんがまた笑って、大きなスプーンで一口ぱくりと食べた。青の笑顔はきっとお母さん似。 「美味しいです」 「そ? よかったぁ」  うちの家はあまり洋食が出なかった。今は和食も美味しいと思うし、それで全然かまわないんだけれど、子どもの頃はもっと別のものが食べたかったんだ。ハヤシライスは宇野家ではかなりのレアメニュー。おばあちゃんもいるせいか、和食のほうが出る頻度は断然高くて、青の家がうらやましかった。  簡単だし、お店もあるお母さんにとってはお昼に作って温めるだけにできるハヤシライスは大助かりらしく、よく食べてたって。それを聞いてうらやましがってたら、食べさせてくれたんだ。 「みっちゃんとまた仲良しになれたの嬉しいわぁ。こんなにご近所なのに、ずっと疎遠だったから」 「……す、すみません」 「謝ることじゃないわよ。あ、おかわりしたかったら言ってね」 「はい」 「うち、ひとりっこで兄弟いないから、みっちゃんといると青も楽しそうだったし、兄弟がいるみたいで、私たちも嬉しかったのよ」 「……」  俺も青もひとりっこだ。兄弟がいないから、お互いが幼馴染でもあり、一番近い存在、兄弟みたいでもあった。  保育園がない日だって、数歩行けばそこに青がいる。家がお互いにお店だから、その店先でだったり、部屋だったり、公園だったり、とにかくずっと二人一緒にいた。お父さんたちが土日休みじゃなくても別に寂しいと感じなかったし、退屈にもならなかったのは青が隣にいてくれたから。  たしかに兄弟みたいなものかもしれない。 「猫も犬も飼ってあげられないしね」  うちもそう。猫も犬もダメだった。どんなに気をつけていても、毛があるから絶対にダメだった。商品に一本でも入ってしまったら大変なことになってしまうから。 「だから、ひとりっこの青に大親友ができて、兄弟みたいにずっと一緒で、でも、学校行くようになったら途端に離れちゃったのが寂しかったのよ」 「あ、あの、でも」  そうだ。一人っ子だから、家を継ぐのもひとり。俺は宇野屋を、青はFUKAMIを継いでいかないといけない。 「あの……青のし、」  そこで言葉を止めた。  どうしよう。青の進路のこと、お母さんたちは知ってるのかな。知らないのなら、俺が言っちゃいけないことだし。でも、青は宇野屋を――。 「もしかして、製菓の専門のこと? 知ってるわよ。和菓子やりたいんだって」 「あの、そのこと、やじゃないんですか?」 「あらぁ、どうして?」 「だって……」  そしたら、FUKAMIを継ぐ人がいなくなってしまう。 「私たちがケーキ屋やるのも大変だったのよ。失敗するかもしれない。ケーキ屋なんて個人で始めて儲かるとは思えないって、周囲に反対されまくって、でも、頑張ってふたりで作ったお店なの」  そんな大事なお店を青が継がないってなったらイヤじゃないのかな。反対、しないのかな。 「だからね、青がやりたい! って、本当に思ったことなら応援する」  ちゃんと自分で色々調べて、親を説得できるくらいの心構えと決意を話せるだけになれたら、その時は、どんな「進路」であっても見守りたいと思うって。そうお母さんが教えてくれた。 「俺、和菓子職人目指すから」 「でも、あんた、寝ぼすけだから通えるの?」 「ぐ……が、頑張る」  まだ、決心はついてない。和菓子好きじゃないのに、和菓子を一生、自分のお父さんみたいに作れるのかはわからない。青のお母さんたちみたいに、周りに反対されまくっても作りたいっていう思いを貫けるのかどうかも。 「片道二時間くらい、たぶん、きっと、へっちゃらだし!」  でも、青を起こして、一緒に片道二時間かけて通う自分を今、ほんの少しだけ想像してみてた。

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