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第70話 こうかんこ、はんぶんこ

 宇野屋が嫌いなわけじゃない。心底継ぎたくない、わけじゃない。  ただ、継ぐ、一生和菓子を作り続ける決意がないだけ。それを今の俺はまだ持てないだけ。もう少し時間が欲しいんだ。その時間を、決意が固まるのを大学とか専門とかどこかに通いながら待つのは贅沢なのかもしれない。でも、どこかで働きながらじゃ、いつか辞めるのにその会社にも失礼だし。お菓子作りをバイトとかで学ぶっていっても、好きな洋菓子じゃダメだし。和菓子なら……宇野屋で働けよって話だし。  ずっとこんな感じでぐるぐると考えが回りっている。  皆はどうやって決心するんだろう。決めているんだろう。 ――それではC組が文化祭でやるのは、スイーツカフェ、ということで決定しました。  ホームルーム中、俺がぐるぐるとそんなことを考えている間に、高校最後の文化祭でやる催しものが決定していた。もう引退したから「元」になるんだけれど、クッキング部の部長、副部長がいるC組がカフェをやらないわけがない。ということで、あっという間に決まった。 「あ、クレープかぁ……いいかも。ミルクレープってことだもんね」  決まったのはいいんだけど。 「和とのコラボとか! どうっ?」  女子のみんなが和菓子を好きかどうかはわからないけど。 「和菓子じゃ、そんなに人気にならないかもよ?」 「なる! 和菓子美味しいもん!」 「えー……」 「みつだって和菓子の中で白玉は好きだもんね!」  うん。白玉は昔から好きだった。特にうちの宇野屋のが好きなんだ。もちもち度が他の白玉の比じゃなくて、そればっかり食べて育ったから、一度ファミレスで食べた時にびっくりしたのを覚えてる。これが白玉なの? って、いぶかしげに見ちゃったっけ。餡子もきなこも苦手。あ、でも黒蜜はいけるかな。ほんの少しだけ黒蜜をかけて食べる宇野屋の白玉は――。 「って! そうじゃなくて!」 「へ?」  青が立ち読みしていたお菓子のレシピ本を持ったままきょとんとしてた。 「白玉じゃなくて! どうして、うちのクラスのカフェの厨房スタッフに俺の名前があるんだよ!」 「えぇ? 白玉、きっとすっごい重要だと思うんですけど」  いや、そこじゃなくてさ。問題はそこじゃないってば。爽やかな秋風に負けないくらいの爽快スマイルを向けないでよ。 「だって、仕方ないじゃん。島さん、総支配人なんだもん。でも、島さん、そういうの似合う気がしない?」  する。すっごく、する。そこでカフェのマスコット役をやらないところが島さんらしいと思う。可愛いしモテるのに、女子に嫌われない。というか、むしろ女子に人気な島さんらしい立候補だったと俺も思うけどさ。 「でも、厨房なんて……」  お手伝い役はいるけれど、ほぼ俺と青がメインになってスイーツ作りを任されることになった。他の子はチラシ配ったり、お客集め係りだったり、店内スタッフ役だったり。でも、厨房のメインがふたりだけって、けっこう大変だと思うんだけど。 ――和菓子屋さんと洋菓子屋さんの息子ふたりが作るんだよ? 本格スイーツと何も変わらないじゃん! クラスメートがワイワイしながら作ったクッキーとかとは、ぜーんぜん、レベルが違うの! 本格、スイーツ、カ、フェ! だから、ふたりが作らないでどーするの!  あの島さんに、そう断言されて「いやです。やりません」って言える人はきっといない。 「大丈夫だよ。みつ、俺よりもてきぱきしてるもん。ぁ、ごめん、電話だ」  大丈夫じゃない。お菓子作るったって、青に作ったお饅頭は丁寧に、丁寧に、時間よりも質を重要視したからこそできたんだし。時間よりも量! でも質は大事に! なんていうのは、宇野屋の手伝いをする時くらいのもの。厨房をたったふたりに任せられるのなんて、それこそレベルが違う。 「ぁ。島さん? うん、今、本屋でスイーツ研究……うん」  電話は島さんからみたいだ。青が雑誌を片手じゃめくれず、表紙をじっと眺めながら返事をしていた。 「そうなんだぁ……え? 今から?」  島さんたちもどこかで今日決まったカフェのことで打ち合わせとかしてるのかな。総支配人役だし。一番忙しく色々考えてるんだろう。島さんこそてきぱきしてるから。  合流するのかな。合流する、よな。だって、俺はとりあえず置いておいて、とは言っても、置いておかせてもらえなさそうだけれど、青は厨房の仕切り役として、その会合に出席したほうがいいんだと思う。  合流したら、それこそ島さんの仕切りのまま、やることになるのかな。なんか、なぁ。でも、あの島さんに「いやです」とか言えるわけが。 「え、やだよ」  いた。ここに……ひとり、いた。 「まだ研究したいから。うん……うん……良いレシピ浮かんだら連絡する。……うん。はーい。バイバーイ」  青が普通に断ってた。 「あ、の、今のって島、さん?」 「うん。反対側の駅前のファミレスで会議してるんだって。おいでって言われたけど、断った」 「い、いいの? だって、島さん」  青がスマホで塞がっていた手をようやく使って、お菓子のレシピ本をまたパラパラと捲ってる。小さな風がその手元からふわりと吹く度に本の中からカラフルで、見てるだけで楽しくなるお菓子の写真が次から次に現れた。 「いいに決まってるじゃん。マジで、レシピは決めてるけど、これも俺にとってはデートだもん」  その本をパン! って音を立てて閉じた青が、こっちに向けて、今さっき見ていた幸せそうなお菓子と同じくらい、華やかに笑う。 「それに、みつ、まだちょっと微妙でしょ?」 「……」 「さっきさ、でも、って言ってた」 「……」  島さんの言ってることはわかるんだ。誰が作るよりもきっとその本格スイーツが作れると思うよ。パートナーに青がいるんだから余計にそう思う。でも、そこにまだ気持ちがくっついていってなくて。なんかさ。  なんか、まるで進路と一緒だなぁって。  もうそんな時期だから早く決めないとって焦らされて、慌てて決める自分の道筋と同じに思えて、ちょっと待ってほしいと思ったんだ。もっと、自分で選びたいって。結局、そうなるんだとしても、それは自動的にそこに向かわされるんじゃなくて、自分の足でそこに飛び込みたいっていうか。 「俺はみつとやりたい」 「……」 「あのね。和とコラボ、してみたいんだ」 「……え?」  青がパラパラ捲っていた本を棚にしまった。そして、真っ直ぐに俺を見て、ニコッて、子どもみたいに笑う。 「みつも食べられて、俺も食べられる。ふたりが半分こできるの、作りたいんだ。これ、島さんには内緒ね。きっとそんな心意気で学年一位の売り上げ取れると思ってんの! とか言って怒りそうだからさ。でも、ホントそんな理由なんだ。あと……」  俺と青は好きなお菓子が違ってて、交換こ、ならしたことがたくさんあるけれど、半分こ、って、したことがないかもしれない。 「うん……」 「みつ?」  青と半分こできるスイーツとか楽しい、かもしれない。ちょっと、食べたい、かもしれない。 「俺、やってみよう、かな」 「!」  やってみよう、っていうのは変かもしれないけれど。もうすでに俺と青で厨房を仕切るのは決まってるし、ふたりで作ることになってたから、やってみたいかもしれないって感じは今更っぽいけど。 「ホッ! ホントッ?」 「うん。厨房、いいよ、やっても」  返事には遅いタイミングになったけど、今、自分の気持ちから頷いてみせたら、青が本屋じゃ怒られるくらいに大きな声で大喜びしていた。

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